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あとの祭り  作者: yukko
蓮の場合
51/122

黒雲

精神科がある総合病院の中の「発達障害外来」を予約した。

初診の予約日さえも2週間も後だった。

それを芽依に話すと「そう。」という一言だけだった。

⦅モヤモヤする……。⦆と蓮は思った。

初診の日は芽依が神戸に行った後だ。

芽依は神戸に向かう前夜、蓮に言った。


「蓮くん、初診が終わっただけなら来ないでね。」

「えっ?」

「神戸に行くのは、営業所開設の為なのよ。

 一応、1ヶ月という目安だけど、伸びることもあり得るの。

 忙しいのよ。だから、結果が出てからでないと困るの。

 プライベートを仕事に持ち込みたくないの。分かるわよね。」

「じゃあ、帰って来ないんだね。」

「ええ、そうよ。」

「判定結果によったら、帰って来るのか?」

「そうね。」

「そうか………。分かった。」

「今日はめっちゃ早く理解してくれて助かるわ。

 いつも、今みたいならいいのに、ね。」

「……………。」



蓮は芽依に話さなかったことが一つある。

「係長への昇進」……話せなかったのだ。

主任だった時にも部下は6人居た。

育休などを男性も取得する社員が増えてから、主任としての責任も大きくなったように感じていた。

芽依が何か話しても耳に入らなかったことは多かったのだろう。

その時に、蓮の頭の中は「部下の仕事の調整」だったりした。

それを蓮は一度も話さなかった。

話せなかったと言った方が良いのかもしれない。

「発達障害の判定」が蓮の心の重く圧し掛かっていたからだ。


そして、初診の日がやって来た。

医師の診察の前に他の医師からの問診と知能指数の検査を受けた。

そして、主治医の診察が始まった。


「う~~~ん。どうして来られましたか?

 何方からか何か進言されたのでしょうか?」

「はい。妻から……受けるようにと………。」

「貴方は事前に会社の方にアンケートを取られて持参されていますね。」

「はい。僕が自覚していないところで障害の特性が出ていたかもしれないので、

 就業時間を終えてから部下には迷惑をかけたのですが……無記名で……。

 部下は……もしかしたら評価対象にされてしまうと思うかもしれないので、

 同期にも書いて貰いました。」

「ご覧になりましたか?」

「いいえ、見ておりません。

 先生に見て頂くために書いて貰いましたので……。」

「全てを読んでいませんが……貴方への評価は良いようですね。」

「そうですか!」

「はい。」

「部下にも同期にも嫌われていないなら幸いです。」

「そうですね。……結論ですが、貴方は発達障害ではありません。」

「そうですか。」

「奥様は何をもって発達障害の判定を受けるように仰ったのですか?」

「僕が一度聞いただけで理解していないと……。」

「一度聞いただけで全ての人が理解する訳ではありません。定型発達でも……。」

「定型発達? それは何でしょうか?」

「発達障害ではない人……健常者のことですね。

 人は何かを考えている時に話しかけられても覚えられない場合は有ります。

 それは、貴方だけではないですよ。僕もそんな時はあります。

 奥様はネットなどで耳にした発達障害という言葉に振り回されたんでしょうね。

 ネットは全て正しい訳ではありませんし、精神科医でも充分に理解している医師

 が少ないんです。日本では……。」

「そうなんですね。………あの……判定結果を書面でお願い出来ますか?」

「書面ですか?」

「はい。妻が求めていますので……お手数ですが、お願い致します。」

「それは無理です。貴方は判定の結果、障害を持っていません。」

「はい。」

「何か不信であれば、こちらに問い合わせてくださいと伝えて下さい。」

「はい。」

「貴方は優しい方だと思いますが、あまり気持ちを吐露されていないようですね。

 このアンケートに書かれています。」

「そうでしょうか……?」

「成育歴が原因かもしれませんね。」

「成育歴ですか?」

「そうです。無理しているのではありませんか?

 自分を律しなければならないと……。」

「そんなことは……誰でもされています。」

「奥様から発達障害の判定の話を聞いて、貴方はどう思いましたか?」

「妻が求めるのだから受けなければと思いました。

 でも、受ける必要があるのだろうかと疑問でした。」

「それを話されましたか?」

「いいえ、話していません。」

「どうしてですか?」

「妻と揉めたくありませんから、僕は反論しないようにと思っています。」

「我慢されているのですね。」

「いいえ! 我慢と言うほどのことではありません。」

「それが成育歴から伺える貴方の生き辛さですね。」

「生き辛さ…ですか?」

「ええ、貴方は揉めたくないからと仰いました。それは、どうしてですか?」

「恥ずかしい話ですが、両親は喧嘩を良くしていました。

 だから、あんな夫婦になりたくないと思っています。」

「揉めるのと、話し合うのとでは違いますね。

 話し合うことが全て揉めることに繋がるのではないですよ。」

「……そうですね。」

「今回のことは奥様の誤解ですね。それは話し合うことが少な過ぎるからです。

 今後は話し合えるようになってください。」

「……はい。」

「自分の気持ちを家族に伝えることは大切です。

 マイ メッセージ そう思って話してください。」

「マイ メッセージ。」

「そう思いながら話したら、暴言は吐けません。

 強い言葉は出てこないのです。」

「はい。」

「そうして伝えて下さい。」

「はい。」

「では、お元気で!」

「ありがとうございました。」


帰宅してから、芽依にメッセージを送った。


「判定結果は、発達障害ではない。

 判定についての問い合わせに応じてくれるそうだ。

 不信なら、病院名と医師の名前も伝えるから、好きにしてくれていい。」


このメッセージと共に病院の住所、電話番号も記して送った。

芽依からの返信は直ぐに来なかった。


⦅離婚したいのかなぁ……。

 だから、発達障害とか言い出したんだろうなぁ……。

 離婚……他に好きな男……出来たんだろうなぁ……。

 負けたのか……俺は……。⦆


モヤモヤした気持ちが晴れた訳ではなかったが、蓮は芽依と話し合える良い夫婦になれるという自信が無かった。

それだけは、はっきり分かった。

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