夏休み
花々が次々に咲いてバルコニーを彩っている。
唯が植えた種から芽生えて今を盛りと咲き誇っている朝顔。
その隣で向日葵が明るい黄色の花を咲かせている。
⦅これがバルコニーだなんて……どう見てもベランダでしょ。
章ちゃんの実家の団地のベランダと同じくらいの大きさなのに……。
マンションはベランダって言わないのかしら?⦆
洗濯物を干す度に加奈子はそう思った。
夏休みに入ってからは唯と二人の時間が長くなっている。
章一の帰宅時間は、夏祭りから遅くなった。
章一は「残業。」だと言っているが、加奈子は「違う。男の人に会っている。」と思っている。
加奈子はどうしても疑ってしまうのだ。
疑ってしまうと「諦めるしかないのではないだろうか?」と思い詰めてしまうのだ。
⦅相手が女性だったら、もしかしたら自分が変わることで戻って来てくれるかもしれないけれど、相手が男性だから章一は絶対に戻ってこない! いいえ、最初から居なかったのだわ。私の隣に居たことは一秒もなかったのよ。⦆と思う時間が長くなってしまったのだ。
⦅どうしよう。別れるしかないのかしら?
もう真面に視線すら……会話も……これじゃあ夫婦じゃないわよね。
でも、仕事をしていないから今は無理だわ。
それに…… 唯は? 唯は…? 唯の心は?
離婚したら……唯の心を壊してしまうのかしら?
でも、私は……もう無理なの……ゴメンなさい。唯……。
……親には……親にはなんて言おう。
私………離婚の原因を話すわ。親に……。
話さないと理由がないもの。
お義父さん、お義母さんを傷つけてしまうのね。話すと……。⦆
離婚しかないと思い詰めながら加奈子の脳裏には、笑顔の章一が浮かんでくるのだった。
章一の笑顔に唯の笑顔が重なって見えるのだ。
それが加奈子の頬を涙で濡らした。
「ママぁ~、どうしたの?」
「唯!」
強く強く唯を抱きしめてしまっていた加奈子の耳に唯の「痛いよぉ~。ママ、痛い。」が聞こえて来た。
「ごめん。ごめんね。」
「ママ? どうしたの? お腹痛いの?」
「……ううん、痛くないわ。」
「でも、ママ泣いてる。」
「嬉し泣きよ。」
「嬉し泣き?」
「そう、嬉しくて涙が出てしまうの。」
「嬉しいことあったの? ねぇ、ママ何があったの?」
「……あ……それはね。」
「うん。」
「それは……それは…唯が元気で大きくなってくれたことよ。」
「ふぅ~~ん。唯が大きくなったらママは嬉しいの?」
「そうよ。ママは……ママは唯の笑顔を見れたら幸せなの。
元気で大きくなってくれて……笑顔の唯を見られたら……
ママは嬉しくて泣いちゃうの。」
「じゃあ、唯、いっぱい食べて大きくなる。」
「うん。」
「元気になる。」
「うん。」
「それから……? なんだっけ?」
「唯……ありがとう。幸せよ。ママ……。」
離婚のハードルは果てしなく遠いように加奈子は感じていた。
離婚の文字を浮かべながら、加奈子は⦅それでも、私はあの人を愛している。⦆という夫への想いを振り切れないでいたのだ。




