告げた気持ち
オフィス街の色付いた街路樹の道を娘に会うために急いで歩を進めている章一。
急に「会いたい。」と唯が言うのは久し振りだった。
幼い頃は「会いたい。」と「パパと一緒。」は唯が何度も口にした言葉だった。
「会いたい。」と言ってくれて章一は嬉しかったのである。
ただ、家で待っているパートナーは少し不満のようだった。
「えぇ~~っ! 休日出勤だけでも寂しいのに、娘に会うの? 出来るだけ早く帰って来て。寂しいから……。」と言った。
家族と疎遠になっているパートナーは、章一にしか甘えられないことを章一は理解している。
「そんなに遅くならないから……晩御飯は要らないけど、晩酌は要るかな?」と言うと、彼は嬉しそうに「じゃあ、何か作って待ってる!」と声を弾ませた。
章一は年の離れたパートナーが可愛くて仕方なかった。
その電話でのやり取りを思い出しては、頬が緩みそうになってしまうのを引き締めるのに必死な章一である。
店に着いて案内された座敷で唯は待っていた。
唯の姿を見ただけで、章一は急いで来て息を切らしている身体の疲れが吹き飛んだ。
「唯。ごめん。待たせて。」
「ううん。そんなに待ってないから……パパ。
走って来たの? 息切れしてる。」
「そりゃあ、唯に会えるんだから……元気だったか?」
「パパこそ、息を整えてよ。」
「そうだな。……唯、何を食べる?」
「えっと……お蕎麦にする。」
「えっ? 御造り定食とか天ぷら定食でなくていいのか?」
「うん。……お蕎麦がいい。」
「じゃあ、天ぷら蕎麦にするか?」
「温かいお蕎麦でいいよ。」
「どうしたんだ?」
「ちょっとね。食欲ないの。」
「それなら、家に早く帰った方が……!」
「パパ、まだ病院へ行ってないんだけどね。
もしかしたら……赤ちゃん……なのよ。」
「えっ? 赤ちゃん! 赤ちゃんなのか!」
「病院へ行ってないから誰にも言わないで!」
「分かった。……じゃあ、あれだな。悪阻……それなら仕方ないな。」
「かけ蕎麦でいいんだな。」
「うん。じゃあ、パパも!」
「パパはちゃんと食べてよ。」
「そうか?」
「そうよ。お店、損するじゃん。」
「そうか……そうだな。じゃあ、パパは天ぷら定食にする。」
食事中も章一は唯を気遣っていた。
「食べられるか?」「気分はどうだ?」など……そんな章一を見て唯は⦅パパはパパなのよね。⦆と思った。
食事を終えて、唯は口を開いた。
唯の思いつめた表情を見て章一は「何かに悩んでいる娘」を案じた。
「どうした? 唯。何かあったのか?」
「……パパ……私ね。苦しいの。」
「悪阻か。」
「ううん。違う………パパのこと……パパのこと……
話せない。大輔に話せないの。」
「……それは、そうだろうな。話せなくて当たり前だ。」
「パパ……私、パパが好きなのに苦しいの。」
「うん。」
「パパが男の人しか愛せないって知った時……
私……本当は……理解出来てなかった。
出来てなかったのに大丈夫な振りしたの。」
「唯………。」
「パパ……ごめんなさい。
どうしても普通のパパが良かったって思ってしまうの。」
「……それが当たり前だ。唯は謝らなくていいんだ。」
「……パパを……許せないって思う時があるの。」
「うん。」
「私、ママと同じ立場なの。妻なの。
もし大輔が……パパみたいで……世間から非難されないように……
私と結婚……もし、そうだったら……私は死にたくなるわ。
ママはずっと一人で私を育ててくれた。
パパは……パパはどうだったの?
今の人だけ? それとも……。」
「……唯……。パパは……ママと別れてから何年か後に付き合った。
だから、今の彼だけじゃない。」
「何人? 何人と付き合ったの?」
「……今の彼が5人目。」
「5人目……。パパはモテるのね。
ママはずっと一人だったのに………。」
「………唯。」
「今の人……私の所へ来たのよ。」
「えっ? 来た? 唯の所へ?」
「そうよ。知らなかったの?
私の結婚式の前にパパのスマホから連絡があったの。
パパに会えるはずが、来たのは若い男の人。
そして言ったのよ。『参列させてあげて欲しい。』って……。
どうして? どうして言われなきゃいけないの?
無関係なのに!
パパと同棲してるかもしれないけど、私とは無関係よ。
知らない人に急にそんなこと……言われたくなかった。」
「……済まなかった。パパのせいだ。」
「パパ、私は二度と会いたくないの。
もう二度と……私の前に来させないで!」
「約束する。もう二度と姿を現さない! そう約束させるから……。」
「……パパ……どうしたらいいの?
大輔に知られたくないの……それが理由になって離婚……
それだけは嫌なの。嫌なの…よ。」
「……出来る限り会わないようにするしかない……な。」
「パパ!」
「唯の幸せを守る為なら、唯に会えなくても仕方ない。」
「パパ……。」
「赤ちゃんが産まれた時とか……そんな大きな出来事の時だけ……。
そんな時だけ連絡して……お祝いだけはさせて欲しいから……。」
「……パパ……酷いこと言ってごめんなさい。」
「唯、謝らないでくれ。悪いのはパパだから……。
……唯、パパはね。辛かったんだ。
周囲と違う。自分だけが変だと……。
だから、同じになろうとしたんだ。同じになれないのに……。
パパはママを嫌いだったわけじゃない。
パパはママを好きだったけど、愛せなかったんだ。
愛せたらパパも楽だった。ママも幸せだったと思う。
唯……唯が産まれた時、幸せだったんだ。パパもママも……
唯だけが幸せを運んできてくれたんだ。
生まれて来てくれるのを心待ちにしていたんだ。パパもママも!
愛し合った夫婦じゃなかったけど、唯をパパもママも愛してる。
ママのお腹の中に居た時から、ずっと…今も…愛してるよ。」
「ママは……ずっとパパを愛してるわ。
片思いの夫婦だったのよね。
ママの幸せを、パパ! 祈って……一生、祈って!」
「それは当たり前……祈り続けるよ。」
「パパ、ごめんなさい。」
唯は言いたいことの10分の1くらいしか言えなかった。
父を傷つけたと分かっているが、あの若い父の恋人には二度と会いたくなかった。
だから、これで良かったのだと自分に言い聞かせた。




