父親
赤や黄色に色づいた木々の葉を望むことが出来る場所に、父は眠っている。
墓所の近くの木々は美しい紅葉を見せてくれている。
清香は隼人と手を繋ぎながら、父の眠っている場所へ歩いている。
「安西家のお墓なの。」
「安西家代々のお墓?」
「そうみたい。」
「由緒正しいんだな。」
「潰れた本屋の店主が?」
「いやいや、経営者様だ。俺はしがない宮仕え。」
「宮仕えの方がいいわ。なんか楽……。」
「そっか……そうだな。」
「ここ。」
「お義父さん……覚えて頂けていないでしょうけど……
清香と結婚した隼人です。
今日はご報告に参りました。」
「ちょ……ちょっと隼人。声が大きい。」
「いいじゃん。誰も居ないことだし……なっ!」
「もぉ………。」
「えぇ―――っとぉ……隼人です。
俺は…もとい、僕は父親になれるそうです。
今、清香のお腹の中に俺たち夫婦の赤ちゃんがいます。
出来たんです!
お義父さん、おじいちゃんですよ。
どうか、俺たち家族三人も見守って下さい。
お願いします。」
「お父さん、無事に生まれて来てくれるよう……見守って。
生まれて来てくれたら家族三人で会いに来ます。」
父への報告が終わり、紅葉の景色を眺めながら帰路に就いた。
車に乗ってバッグの中のスマホを見た時に通知があった。
⦅唯ちゃん? 何かなぁ?⦆
読み始めると⦅会った方がいいかもしれない。⦆と清香は思った。
唯が何かに悩んでいる。
他にも友人が居るはずなのに、会社のたった1歳上だけの先輩に悩みを打ち明けるのは勇気が要るはずである。
⦅それなのに、何故?⦆と清香は思った。
唯と会う約束をした。
「唯ちゃん、私は話を聞くくらいしかできないけれど……。
可能なら、今から会わない?」
「はい。お願いします。」
「ご主人には?」
「先輩に会うって話します。」
「分かった。じゃあ……。」
時間と場所を指定して、清香はそこへ向かった。
車の中で隼人は「清、俺が同席するのは?」と心配して聞いた。
清香は「大丈夫よ。」とだけ答えた。
待ち合わせの場所に唯は早く着いていた。
唯は俯いていた。
「唯ちゃん!」
「先輩……ありがとうございます。
休日なのに……。」
「気にしないで。
それから、実は主人と出掛けてたから……
この近くのスタバで待ってくれてるのよ。」
「済みません。」
「一応、話の内容によっては主人に聞きたくなるかもしれないし…。
所謂、男の気持ち?」
「……ありがとうございます。」
「どうしたの?」
「……父のことなんです。」
「離婚した後も唯ちゃんを大切にして下さったお父様よね。」
「はい。…………父の離婚………は………。
父が同性愛者だと分かったからなんです。」
「え?」
「私が両親から父のことを聞いたのは大学生でした。
ショックだったのに、私、ショックじゃない振りしたんです。
感じていた。って父に言ったんです。
なんとなく、本当になんとなく父は女性に関心がないかも……と……
感じてはいました。
父と映画を見た時に女優さんが奇麗だと私が言っても……『そうか?』も
言わない……『俺は……。』と別の女優さんの名前も出てこない。
それなのに……男優さんについては違ってました。
そういう些細なことを思い出したんです。」
「……そう。」
「美容院で週刊誌かなんかを読んだことがあって、その中に……
父親がゲイで、子どもが二人で、離婚して……子どもが父親を理解してる。
そう書かれてて……それを読んだ時に、パパも、もしかしたら?って……。
その後でパパとママが話して……
私、あの週刊誌の子どもみたく……理解しないといけないと思って……
でも、理解は難しくて……。」
「その気持ち、お母さんにも話せてないの?」
「はい。一番の被害者は母ですから……。」
「このこと、第三者に話したことは?」
「ありません。……今日、初めて……話しました。」
「苦しかったよね。誰かに話して楽になりたかったよね。」
「……はい。済みません。先輩。
先輩しか思い出せなかった……。」
「いいよ。私に話してくれてありがとう。
……ご主人様は? 石原さん……違う。向井さんだった。ごめんね。」
「いいえ。」
「向井さんは知らないの?」
「はい。話せてません。
知られるのが怖いんです。
知られたら離婚……されてしまうかもしれないです。」
「そんなことは…。」
「あります! 偏見、ないですか?
娘の私でも……パパの相手には会いたくない!」
「お相手がいらっしゃるの?」
「はい。同棲してる若い男の人が居ます。
母は一人なのに……不公平です。
母を利用して結婚して子を儲けて……離婚して……
自分が先に同棲する? 勝手すぎる!
父には父の人生だって頭では分かってるのに……
身勝手だって思ってしまうんです。
それに、離婚してから……今の人が初めてじゃないかもしれないって…
思ってしまうんです。
もう何人とも付き合って、今の人とは同棲したから話したのかも……
そう思ってしまう自分が嫌い……。」
「……思ってもいいよ。」
「……先輩?」
「思ってもいいの! だって傷ついたんですもの。
親の行動で……いいのよ。暴言吐いたわけじゃなし。
自分を嫌いにならないで!」
「……うっ……う……。」
「その週刊誌の記事、子どもが取材を受けた記事?」
「……確か……父親……。」
「じゃあ、今の唯ちゃんのお父さんの立場ね。
子どもの気持ちを知らないで話してた、って可能性もアリでしょ。」
「……そうですね。」
「唯ちゃんのお父さんも娘の気持ちを知らないんだから……。」
「そうです……ね。」
「バージンロード……嫌だった?」
「それは、母とも歩きましたから……。」
「お父さんとは歩きたくなかった?」
「分からないんです。分からない……嫌いじゃないのに……。
モヤモヤしたままなんです。」
「そっか……それを、そのままお父さんに話そうよ。
出来たら…ね。出来なくてもいいし……。
でも、知って貰う方がいいじゃないかな?」
「そうですね。」
「出来なくてもいいんだからね。」
「はい。」
「向井さん、知らないのよね。」
「それが一番怖いんです。
……私、妊娠したかもしれなくて……。」
「えっ? そうなの?」
「まだ病院へは行ってません。
だから、間違いかもしれないんですけど……。」
「先ず、病院へ行こう。
そして、それから考えようね。」
「先輩、妻の父親がゲイだって分かったら、夫はどう思うんでしょう?」
「うぅ~~ん。それは向井さんでないと分からないんじゃ……
まぁ、一応、聞いてみる? 隼人に……。」
「お願いします。」
「隼人だったら、であって、向井さんは違う反応だよ。
それでもいいの?」
「はい。」
「公言はさせませんから、その点は安心してね。」
「はい。」
「じゃあ、ちょっと待ってて。」
清香は隼人にメッセージをして来て貰った。
店に向かいながら妻のメッセージを読んで隼人は思った。
⦅親子って難しいんだな……。
俺は【いい父親】になれるのだろうか?
清のお父さん、守りたかった家族を守れなかったんだよな。
元は大量に持ち去ってしまう万引きのせいで、サラ金から借金した。
書店を維持するため、家族を養うためだったのに……。
ってか! 万引きかぁ? 窃盗だろう!
大量にって転売するために盗んだのかぁ!
悪いのはそいつらだろう!
サラ金さえ……サラ金に借りなければ……って、【あとの祭り】だよな。
清のお父さんは理解しやすいけれど……ゲイか……。⦆




