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あとの祭り  作者: yukko
清香の場合
17/122

父との永遠の別れ

桜は散ってしまい、木々の緑が目に鮮やかな季節を迎えつつある。

もう間もなく風香る五月。

ゴールデンウィーク直前の日曜日、清香は挙式を終えて、加藤から坂本に苗字も変わった。

少し前に結婚した職場の後輩は、夫が苗字を変えたと聞いた清香。

清香は苗字が何になろうと気にならなかった。

一度、苗字が変わったからだ。


小学生の頃、ある朝、父が失踪した。

父は多額の借金を残して失踪した為に家には借金取りが押し寄せた。

母は父と離婚をすることが最善だと思ったが、当時の法律では10年間行方不明の場合「離婚」を認められた。

10年間、父が行方不明だったら「離婚」出来る。

それでは遅すぎるのだ。

借金取りから逃げることも出来なかった。

母は自分の実家を頼るしかなかった。

他の親族には頼れなかった。

既に父が親族からも友人知人からも借金をしていたからだった。

やっと落ち着けたのは、清香が小学5年生の時だった。

どこに居るか分からない父から母に「離婚届」が届いたからだった。

父の欄は署名捺印済みだった。

母は署名捺印して、直ぐに役所に提出した。

やっと「離婚」が成立し、借金のことを考えなくても良くなった。

………とは言っても、借金取りはやって来ていた。

母は少ない給与から返していたのだ。

借金取りに帰って貰う為に……。


清香の母は高校までは何とか……卒業させたいとの想いで必死になって働いた。

進学先は、公立校である。

私学には進めなかった。

清香は高卒(18歳)で就職した。

直ぐに働いて、少しでも家族を養いたかったのだ。


下に弟と妹が居る。

清香は結婚など考えたことも無かった。

そんな清香の心を射止めたのは、同じ会社の坂本隼人だった。

隼人の真っ直ぐ前を見る目に惹かれた清香だった。

弟妹のことも母のことも全て受け入れてくれた隼人を愛していると……清香は幸せに浸っていた。



結婚して新婚旅行から帰って、母から連絡があった。

母からの電話で父が生きていることを知ったのだ。


「どういうこと?」

「お父さんから電話があったのよ。」

「いつ?」

「今日………。あのね、清香。

 お父さんね、子どもに会いたいって…言ってるの。」

「はぁ~~~っ! 今更?」

「考えてあげて、お願いだから……。」

「なんで? なんでよ。あんなに苦労させられたのに……

 なんで、そんなに簡単に許せるの?」

「許すとか……そんなんじゃないのよ。」

「じゃあ、何故なの?」

「お父さんね、今、病気なんだって……。」

「それがどうしたのよ。 

 今更、会いたいだなんて……非常識よ。」

「清香、お父さん、余命宣告を受けたのよ。」

「余命宣告?」

「そうなの。長くて2ヶ月。

 許されないって分かってるけど、大きくなった姿だけでも見せて欲しいって

 そう言ってるのよ。」

「そんな……自分の命を……脅しみたい……。」

「分かったわ。会わなくてもいいのよ。

 ただ、清香の結婚式の写真を見せてもいい?

 清香の写真は花嫁姿の写真を見せたいの。

 下の子達の写真は高校の写真を見せたいの。

 勿論、渡さないわ。

 見せるだけよ。見せるだけ………。」

「ちょっと考えさせて……。」

「分かったわ。お願いね。」


何が起こったのか分からないくらい頭の中が真っ白だった。

呆然としている清香に声を掛けたのは会社から帰宅した隼人だった。


「どうした? 電気も点けないで……。」

「隼人………。」

「えっ?」


帰宅して声を掛けた隼人に清香は抱きついていた。


「嬉しいよ。抱きつかれて嬉しいけれども……どうした?

 何かあったのか?」


清香は泣きながら、ゆっくり父のことを話した。

清香を抱きしめながら隼人は清香の言葉を聞いていた。

清香が想いを伝え終わった時に、隼人は口を開いた。


「なぁ、清。

 お父さんは確かに非常識って言われても仕方ないことをしたよ。

 でも……もし100分の1でも『会ってみたい』という気持ちがあったなら、

 あったならだよ。

 会わなかったら、あとの祭りにならないか? 清にとって……。」

「会ってみたい……気持ち……。」

「うん、その会ってみたい気持ちは『会いたかったから嬉しい。』でなくて……

 『会って文句を言いたい。』の会ってみたいでもアリだと思うよ。

 その場合、会わない選択をしたことで清香が先になって、【あとの祭り】って

 思わないかって俺は思うよ。

 それは俺、嫌だなぁ……。」

「文句を言ってもいいの?」

「勿論!」

「死に面しているのに?」

「会わないのと文句を言うは、あまり変わらないと思うけどな。

 清は写真をお父さんに見せるのも嫌か?」

「……分からないの。

 お父さんが居なかったけど、私はこんなに幸せです!って言ってやりたい……。

 そういう気持ちも奥底に沈んでいるわ。」

「じゃあ、沈んでいる奥底の気持ちを出そうよ。」

「えっ?」

「出せたら出せるだけ出そうよ。

 そしたら、何か変わるかもしれないしね。」

「隼人……。」

「うん。まだ抱きしめてるよ。」

「もう、離していい……。」

「ええ―――っ! 残念だなぁ……。」

「ご飯の支度するから……。」

「そう? そうなんだ。もうちょっと、くっ付いててもいいのになぁ……。」

「もお~~っ。」

「いやいや、新婚特典でしょう。イチャイチャは……。」

「今はしないの!」

「じゃあ、後でするってことだな。」

「隼人ぉ~~。」

「楽しみだ。」

「もぉ………。」


翌日、清香は会社から帰宅してから母に電話を架けた。


「会ってもいいわ。文句の一つくらい言いたいもの。

 写真もいいわ。見せても……。

 でも、私が帰ってからにして、お願い。」

「ありがとう。清香の言う通りにするわ。」


そして、日時を決めて清香と弟妹は父に面会をした。

弟と妹の記憶の中には既に父は居なかった。

清香は言いたいことが分からなくなっていた。

ただ、瘦せ細って謝り続ける父に、言う言葉を見失ったのかもしれない。

今の父は僅かに清香の記憶に残っている面影がなかった。


「……幸せに………。」


それが、父が子に残した最後の言葉だった。

余命宣告通りに父は旅立って行った。

借金を返し続ける生活で、父の身体はボロボロになってしまったのかもしれない。

ボロボロになるまで働き続けた父は、多額の借金を返し終わっていた。

それを母に伝えたかったようだった。

父の名は、安西健吾。

亡くなったことで、弟と妹は父親の名前を知ったのだった。


清香は隼人の腕の中で「良かった。【あとの祭り】にならずに……。」そう言った。

その清香を隼人は優しく抱きしめていた。

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