娘の結婚
春は桜が咲き乱れる見事な桜並木がある河川敷。
花見客で春は満員になり、夏には花火が上がり露店が並ぶ夏祭り見物で満員になる。
今年も桜は満開で多くの花見客が訪れている。
今はその桜も散って、河川敷はゆっくりとデートを楽しんでいるカップルが多い。
夜のデートである。
手を繋いでいるカップル。
肩を寄せているカップル。
中には同性のカップルもいる。
⦅仕事帰りのデートかな? 俺もデートしたなぁ……。⦆
そう思いながら一人帰路についている向井章一。
帰路を急ぐ理由もない章一は、懐かしむように歩いている。
⦅ここで……見たよな。桜……夏祭りの花火……。
あの頃、同性のカップルって居ただろうけど……
あんなに堂々と恋人繋ぎしてなかったよな。
だから、同性のカップルって居ないのと同じだった。
今は出来るんだなぁ……堂々と……。⦆
章一は手にしている紙袋を優しい眼差しで見つめた。
空いているベンチに座り、紙袋の中から小さな箱を取り出して開けた。
箱の中には「紅白饅頭」が入っていた。
「唯、結婚おめでとう。
参列させてくれて本当にありがとう。」
そう小さな声で言った。
章一は「紅白饅頭」の紅い饅頭を取り出して口にした。
「甘い……甘いなぁ……。
甘い物が嫌いな俺だけど、この饅頭だけは美味しい。
美味しいよ。唯……。」
そう小さな声で言った章一は涙を流していた。
⦅参列できるとは思わなかった。
妻を裏切り続けていた10年もの間。
妻を傷つけ、娘も傷つけた俺……なのに……。
ありがとう。加奈子。
ありがとう。唯。
……俺は……俺は……
愛せなかったのに結婚してしまった。
女性を愛せなかったのに……本当に済まなかった。
親の為に、世間体の為に、酷い結婚を…俺はしてしまった。⦆
涙を拭いて章一は呟いた。
「唯。幸せになって!
加奈子。唯をいい子に育ててくれて、ありがとう。
本当にありがとう。
加奈子。幸せになってくれ。」
章一の耳に加奈子の声が聞こえるようだった。
あの日の加奈子の泣き声が……。