勝手に異世界召喚されたけど、そちらのご都合主義には合わせません!7
「リンウが言っていた『男の娘』の意味は分かったが、俺には女装する趣味は無い」
「分かってる。だからちゃんと男子の服を買ってきただろう」
一夜を廃屋で過ごした後、二人は昨日も通った店通りに出た。
身形をきちんと整えないと店でも相手にしてくれない可能性があるという言葉に身に覚えのあったシエは買出しに出る際にリンウ一人でまずシエの服を買って来る事を提案したが、当のリンウが一人で行動する事を嫌がった為に、荒れた屋敷内でシエに一時的にでも合う服を見繕う事になった。
しかしその家に男の子がいた様子はなく、恐らくは夫婦と娘がいたのだろう成人男性と女性の衣服そして女児の衣装だけだった。
今着ているシャツ一枚よりは余程いい。と、朝早くに街中の井戸へ行き、体を水で清めた後に女の子の恰好をしたのだ。
奴隷商人にとっては奴隷も商品だった為に、水浴び等は不定期であるが最低限見られるようにと髪や爪の長さを整えられているのは幸いだった。
今はシャツにパンツ、ジャケットを着付けて靴を履き、勿論きちんと下着も身に着けて、何処を見ても平民の男児に見える姿に身を整えた。
平服ではあるが森に再び向かう事もあってそこで過ごせるような装備をシエと合わせてリンウも整えた。
「けど、皆間違えていただろう。可愛い。可愛いって。おまけまでしてもらって」
買出しの為に街中に出てから、最初に服屋へ入店した時の店員の喜び様はなかった。
最初に出された衣服は女子用ばかりで、本当の性別を伝えると驚いた後に溜息を吐きながら男子用の服を出して貰ったのだ。しかしながら男装したシエも店員の好みの容姿だったのか、結果的に何着もの男子・女子用の服を着せ替えされて、必要以上に着せ替えされせられた対価に割り引きして貰ったのだ。
リンウも気に入ったのか、味を占めたのか、結局シエは服屋で着替える事無く女装のまま、道具屋や食材屋にも立ち寄った。幼い女の子が兄と一緒にお買い物をする姿に、しかも女の子が一生懸命大人たちに買いたい物を伝え、一人で出来ると言ってお使いに来たのだろう兄は隣で懸命に大人の店員とやりとりする妹の姿を見守るという微笑ましい光景に、周りの大人たちは和まされ、割引して貰えた上におまけを沢山付けて貰えたのだった。
「ご主人様が望むなら女装のままでいるか?」
先程までの出来事を思い出してはにやにやするリンウに溜息を吐いてシエが問うと、途端に驚いた表情を見せ、首を振った。
「そのままの恰好でいい。悪かった」
「もしかして俺を買ったのも女だと思ったのか?」
ふと思い出したようにシエが問うと、リンウはびくりと肩を震わせた。
「…悪かったな」
「違うんだ!男の格好しているけど実は女の子だったっていうパターンが王道であってな!」
「王道が何かよく分からないが、俺を持ち上げた時変な顔をしたのは俺のモノが当たったからか」
「う」
「まぁいいけど」
「それはそうとシエの物覚えも早いよな!昨日の今日で数の数え方覚えて!」
話題を変えようとそんな話をリンウは切り出す。
シエの知識への吸収力は並外れたものだった。元々生きていく中で感覚として数字に慣れていたのだろう。
リンウが今所持している硬貨を見せ、その硬貨の色形から価値が違う事と枚数によって店で何と交換されるのかを分かっていたのだ。分からないのはそこに数字という単位が存在し、数え方を知らないだけ。
数字さえ覚えてしまえば十、二十と、銅貨、銀貨、金貨の価値も直ぐに判断出来るようになった。
奴隷になる前までシエは街を歩いている時に人のやり取りを注視し、硬貨が必要な事もそれを用いて物の取引をしているところもずっと見てきたらしい。そして時には落ちている硬貨を拾って集めては、それで食べ物を買う事もしていたらしい。
「別に元々の大人のやり取りをよく見ていたからだ」
そんな風にシエは言うが、リンウには尊敬でしかない。
「そもそも俺はこの世界の人のやり取りを見てここに馴染もうという努力も無かったから凄いと思うよ。シエのような奴隷を買ってどうにか絶対服従の味方を作ろうとするし」
「…ここの人間は奴隷を買う事にそんなに疚しく思ってない奴が多いけどな。自分の奴隷を褒める奴もいない」
「そうなのか?というか俺はシエの事奴隷とは思ってなくてでな――」
「あんたの言っていた格好一つで相手の出方が変わるっていうのは大したものだな」
リンウの言葉を途中で遮り、シエは思い出したように己の今纏う服を見て呟いた。
「そうか?」
「俺はそんな風に考えた事無かった。服なんて何でもいいし、周りに合わせて何か着てればいいんだろうくらいに思ってた。元々手に入れられる方法も無かったけど」
「…周りに合わせなきゃ裸でいそうだな。お前」
「そうだな。服を着ると寒さとか草で傷作る事が減るからいい事だな」
「合理的過ぎる」
何事でも無く言うシエにリンウの生きてきた世界と違い過ぎて、そして恐らくは街中を歩いてみても感じるシエとこの世界の人間の一般的な感覚とさえも違うであろう彼の考え方にリンウは唖然としてしまう。
「こんな風にちょっと見た目にいい恰好したり、女の恰好したりするだけで周りの人間の俺への態度が変わるなんて知らなかった。俺の事何も知らないくせにちやほやしてくれるんだな」
「穿ち過ぎる。本当に五歳児かお前」
「多分?」
「多分なのか?」
「年数えた事無いから」
「そうか…」
こうして前日からシエと会話する事で見えてくる彼の生い立ちや背景がぼんやりと推測されてしまい、リンウは息を吐いた。
「俺が来た世界はそういう世界なんだな」
「?」
わしゃわしゃとシエの髪を撫でると、リンウは立ち上がる。