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その者、端役という。  作者: るー。
第一章
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勝手に異世界召喚されたけど、そちらのご都合主義には合わせません!6

 シエとリンウが立ち寄った街は大きかった。

 夜になっても街頭に火が灯り、大通りを出れば足元まで明るく、大小様々なお店が夜遅くまで開いていた。

 老若男女、子どもが一人で外に出て歩いていても不安そうな様子見も見えず、この街の治安の良さが伺える。

 森からこの街に到着するまでの道程、奴隷商人たちと鉢合わせしないか緊張感を常に抱きながら、人が土を踏み締めて出来た道から、途中石の敷き詰められた街道に変わり、街壁に立つ門番の検問にて何も言われず無事街中に入れた時は二人でほっとしたものだった。

 そうすると今度は街中の人々の雰囲気や様子と自分たち二人の違和感に気付いた。

 シャツ一枚のシエの恰好はとても浮いていたのだ。

 門番の目の前を通る時も不審な目を向けられたが、様々な人間が出入りするのだろう、その際には何も言われる事も無かった。

 元々所持している残りのお金で何が出来るだろうか。食事や宿、そしてシエの衣装を一揃え出来るだろうか。優先順位をリンウが思案していると、シエがくいと彼の服の裾を引いた。

「こっち」

 そう促されるのは大通りから外れた道。街頭の数が減り、灯りの間隔が段々と広くなり、最終的には星の僅かな光を頼りに足元も碌に見えない場所へと誘われていく。

「あ、おい、シエ」

 奴隷契約をしているからシエに危害を加えられる事は無いはず。そうは思っても無言で進むシエにリンウは警戒心を徐々に高めていく。

「ここ、に来た事、あるのか?」

 迷いなく進んでいく姿に怯えながら、けれどそこで万が一にも付け込まれない様に虚勢を張りながら問い掛ける。

「ない」

「無いのに何で…」

 より警戒心を高めるリンウにシエは淡々と答える。

「どの街も大体同じはず」

 そう言って後は無言で進むと、街の端にある一つの家の前に辿り着いた。

 すぐ横には街全体を大きく囲む外壁があり、外敵に侵入された際、真っ先に狙われやすい防犯上良い立地条件とは言えない場所に建つ、小さな二階建ての建物。白い壁の端には雑草が生い茂り、繋がる石畳を押し上げている。ドアノブに触れると鍵が掛かっていて開かないが、一階の窓は割られており、小柄なシエであればそこからの侵入も可能だった。

 割れたガラスを避けながらシエは軽く窓枠に飛び乗り、中に入ると、内側から鍵を外し、リンウを中に入れた。

「…誰も使っていないのか」

「恐らく。盗賊にでも襲われたんだろ。色んな物がその辺に散らばってる」

「…殺されたりとか?」

「それはどうだろ。暗くて見えないけど」

 ぶるりと震えるリンウを横目にシエは周囲に人の気配がしないかを確認しながら奥の部屋へ進む。

 照明は無いので微かに入ってくる月明りを頼りに見渡すと、足元には少なくとも泥棒、盗賊、強盗の類が入ったのであろうか、それで無ければ家族総出で夜逃げでもしたのだろうか衣服や生活小物類がその辺に転がっていた。

 どのくらい放置されていたのかもシエには分からない。埃の匂いが漂うが、一方で血が壁や床に染み込んだような独特な鉄臭い血の匂いはしない。獣が入り込んだ場合にする獣臭さも無い。

 入口に鍵が掛かっていたので管理する者はいるのだろうが、少なくとも暫くの間訪れている様子は無かった。

「お化け屋敷みたいだな…」

 隣でそんな事を言うリンウに、シエは周囲を見渡し、今ここで人間と出会う方が余程怖いなどと思うが敢えて言葉にはしない。

 こんな廃屋に隠れ潜む人間が疚しい事がないはずがない。

 シエは無言のまま二階に上がり、数部屋しかないが一部屋一部屋誰もいないか確認をしていく。

一頻り探索をし、誰もいない事を確認した上で、その中の一つに元々は寝室だったのだろうベッドのある部屋を見つけると、ほうと一息吐いた。

 ベッドには整えられたままのシーツと毛布が掛かっており手を付けられている様子はなくただ埃を被っている。そのベッドから毛布を引き剝がすとリンウの手を引き部屋の隅に腰掛け、二人で毛布に包まった。

「シエ?」

「取り敢えず今日の寝床はここにしよう」

「ここでか?」

 リンウは改めて見渡す。もう随分と使われてない屋敷の一室。棚に並べられていただろう本や調度品がぽっかりと抜けたように不自然な隙間を作って並べられており、床には箪笥から引き出して選び抜いたのものだけ持ち去ったのか様々な衣装が投げ捨てられていた。既に毛布を引き剥がしていたが綺麗に整えられていたベッドが雑然とした部屋に逆に異質を感じさせ、何処かそこはかとない不気味さを煽っていた。

「多少ならまだ金もあるし、きちんとした宿にも泊まれるぞ。それにお前の服も整えてだな」

 その言葉にシエは首を振る。

「服は別にいい。その辺の適当に着ればどうにかなる」

「適当にって…」

「どうせこの家の人間はいないんだ。置いて行ったもの一つや二つ無くなったところで気付かない」

 そう言ってシエは床に散らばった服の一つを取ると、埃を被った成人男性向けのズボンだったそれを中空で埃を払うように引き延ばす。そして徐に履くと立ち上がって見せた。

「…だぼだぼ過ぎだろ。ズボンの意味を成してない」

 ウエストは勿論ぶかぶかでベルトをしたところで何の意味も無いくらい、股下もシエの膝下に股分かれする部分が来ており、仮にハサミで切った所で何の意味も無い事はリンウが指摘をしなくても一目瞭然だった。

「取り敢えず、今日はここで過ごして明日もう一度服屋に寄る」

「けど」

「俺はシエの主人だ。お前を整えるのは俺の役目だ」

「奴隷なんてどんな恰好してたっていいだろ」

「街の中歩いていて思ったんだ。この街の経済水準はそれなりに高い。シエのような恰好をさせて歩いている奴がいなかった。誰が奴隷とかそういうのは分からなかった。という事はそれなりにちゃんとした恰好してなければ俺自身の他人から見た評価が落ちる。誰かと話そうとしても対等に見て貰えない可能性が高いんだ」

「そういうものなのか?」

 シエは理解が追いついていない表情を見せ、首を傾げながらも素直に頷く。

「そうだな」

 そうリンウが頷くと、「分かった」とだけ答えて、シエは履いていたズボンを脱いでまた座りなおした。

「それでな。俺はまずこちらの世界の金の価値が分からない。教えてもらえないか?」

「…森で俺が知っている事を教えるとは言ったが、悪いが俺は数を数えられない。大人のやり取りを見てどの位の金を渡してるか覚えている程度だ」

「それでも十分だ。今ある金でどんなものをやりとりしていたか教えてくれ。俺は代わりに数の数え方を教えてやる」

 リンウの提案にシエは目を見開く。

「数の数え方教えてくれるのか?」

 その反応にリンウも驚かされてしまう。シエの表情が嬉しそうに見えたからだ。ずっと無表情で淡々としていた表情と声に初めて感情が乗っていて、出会ってからずっと冷静で何事にも表情を変えず、何処か感情の乏しい人形の様な印象を持っていたシエのその変化にリンウは動揺してしまった。

 恐らくは今までのシエの生きてきた環境的に学ぶ機会が無かったのだろう。

「そうだな。シエは俺の世界の事を知ってくれるんだろう?まずは数の数え方からだ」

 リンウがにやりと笑って見せると、シエは大きく頷いた。

 その姿を見るとリンウにとってシエが初めて年相応の子どもに見えた。


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