勝手に異世界召喚されたけど、そちらのご都合主義には合わせません!5
すっかり闇に染まった森の中でリンウは周囲を見渡す。
「どっちから来たか覚えているか?」
「まぁ、一応」
そう言ってシエが森に入ってきた方向を向くと、それを見てリンウははっと気付いたように目を見張り、そして口元を歪める。一瞬戸惑った後、意を決して動いた。
「どうしましたっ!!わっ!?」
突然上がる視界に驚くシエは自分がリンウに抱き上げられている事に気付いて反射的に逃れようと手を彼の肩にあて、突っ張らせると背を仰け反らせる。
「うわっ!暴れるなっ!」
支えている足もバタつかせるシエに、思わず落としそうになってしまうのを堪えてリンウはどうにか抱き上げたまま固定する。
「何だっよっ!突然!」
「悪かった」
「何が!」
尚も逃げようとするシエをしっかりと抱え込みながら謝るリンウに、シエは混乱しながら視線が同じ高さになったリンウを見る。
「お前裸足のままだったんだな」
「はぁ?」
何を今更とシエは疑問を返す。
「…それにシャツ一枚で…下、何も履いてないのか?」
確かに今のシエは垢と土埃で薄汚れてしまった元々は白かった名残だけを感じさせる膝上までの長いシャツ一枚しか身に纏う物は付けていない。下着さえも排泄物でどうせ汚れるからと与えられなかった。
奴隷商人に捕まった時に最低限身に着けていた衣服も道具も全て剥がされてしまった。
「当たり前だろ!それが奴隷なんだから!」
「…そうなのか」
奴隷売買さえも知らない。奴隷がどの様な扱いをされるのかも知らない。恐らくは今まで関わる事さえ無い所で生きてきたのだろう事が伝わる、同情した眼差しで見つめてくるリンウにシエは溜息を吐いた。
「あんた…今までどんなトコで生きてきたんだ」
そう言うとリンウは視線を落とした。
「ああ、ベツノセカイとか言ってたっけ。分かった。俺は俺が知ってるこの世界の事をあんたに教える。あんたはあんたの世界の事を教えてくれ」
「え?」
「俺はあんたの奴隷だ。どうせ死ぬまであんたの傍にいなきゃならないんだ。だったらあんたの知っている事を俺が知らなきゃ、あんたに分かるように俺の知ってる事教えられないだろ」
そうシエが言うと、リンウは言われている意味が一瞬理解出来なかったのだろう、呆けて、そして嬉しそうに微笑んだ。
「そうか。そうだよな」
当然の事を言ったつもりでしかないシエからしてみれば何が嬉しいのか分からず、ずっと不安そうな表情しか見せなかったリンウが初めて笑う姿を見て、首を傾げた。
「分かった。まずは街へ行こう。実を言うと持ち合わせは多分もうそんなに無い。それでもまずシエの衣服を揃えよう」
「堂々と言える事じゃないな。まぁ俺を買う時点でそんな気はしたが」
そうぼやくシエに「それは違う」とリンウは反論する。
「あの奴隷たちの中でお前がいいと思ったんだ」
「…そうか」
リンウはゆっくりとシエを地面に下すと、代わりにシエの手を握った。
「汚いんだから無理に触らなくていいぞ」
そうシエが言うと、リンウは一瞬ショックを受けたように表情を歪めると、首を横に振り、ぎゅっと更に強く彼の手を握り込んだ。
「すまないが。俺の体力じゃお前を街まで抱っこし続けるのは無理だ。そこまでは裸足のままだが歩いてくれるか?」
「…奴隷に気を遣う必要は無いし、裸足なのは慣れてます」
手を繋いだまま街に行こうと思っているのだろうかと思うと、シエは流石に気恥ずかしくなって手を引き抜こうとするが、またもやリンウにがっしりと握られ阻まれる。
「そうか。—―ああ、それと敬語はいらない。さっきまでみたいにタメ口で頼めるか?」
「はぁ?」
次から次と奴隷に対してあり得ない待遇を主張してくるが挙句の果ての主張にシエも呆れて思わあず声が出る。
元々敬語を使うような生まれではない。だから下手糞だろう事は分かっているが主従関係にあるのだから、それなりに使っていたのだが、それさえも不要だと言われれば呆れるよりももう返す言葉が無い。
「敬語を使われ慣れていないからその方が安心するんだ」
「…そうか」
主人がそう望むのならそれでいいか。とシエは思考するのを止めた。
この主人は今までの他の奴隷を買っていった人間とは違うのだ。いや、『違う世界から来た』と最初から言っていたから、そういうものなのだろうと納得する事にした。
その方が楽だからいいか。と思う事にした。
既に陽の落ちた森の中を入る時に覚えてきた僅かな目印を頼りに街道へ戻る。
「ところで…」
隣で迷いなく歩くシエに驚きながらも、リンウはふとずっと気になっていた事をやっと問い掛ける。
「シエは男の娘だったりしないのか?」
「はぁ?」