勝手に異世界召喚されたけど、そちらのご都合主義には合わせません!4
「!?」
奴隷紋が丁度刻まれた位置をぎゅっとシャツを握り締めるシエに、リンウははっとする。
「—―本当に?」
「本当」
「俺が命令したらシエはその通りに動くのか?」
「死ねと言われるのは嫌だけど、それ以外を命令してみれば」
「…」
そう言われても、そもそも人を従わせる事に慣れていないのだろうリンウは命令そのものをしてもよいのか戸惑い、何と言っていいのかも分からず目を泳がせてしまう。
「死ねと言うか?」
「それは駄目だ!」
シエを信じられず、けれど命令を出せずとぐるぐる思考するリンウにシエが問いかけると、その言葉に対してはすぐさま反論し、逆にシエの方が驚いて目を丸くした。
「奴隷紋が本当か嘘かを確かめる為だけに死ねなんて言えるはずないだろう」
リンウは首を横に振り、そしてシエをまっすぐ見据える。
「シエは俺の奴隷で、術に掛かっているので、間違いないんだよな」
こくりとシエが頷くと、リンウは寂しそうな表情を見せ、そしてほっとしたように息を吐いた。
「あいつらが追って来る事が分かっていたのか?だから俺に木に登れなんて言ったのか?」
リンウからの問いに、シエはまたこくりと頷く。
「リンウの前に奴隷を買った客の何人かは連れ戻されて、自分も奴隷にされてたり、嬲り殺されてるのを見てたから」
「見たのか!?」
こくんとまたシエは頷く。
「…ここは奴隷を売り買いもすれば、客が自分より弱い立場だと分かればそいつも容赦無く突き落とすんだな」
苦虫を嚙み潰したような表情を見せて呟くリンウに、シエはことりと首を傾ける。
リンウはそれを見て、また表情を歪める。
目の前の子どもは、リンウが何に嫌悪しているのかも分からず、奴隷商人がする事に何の違和感も感じずに受け入れ、寧ろ不思議そうな表情を見せている。それがこの世界で生きる者の現実だからだと示しているのだ。
「—―異世界でチート能力全開で、冒険とか思っていた自分が本当に馬鹿みたいだ」
知らない言葉の羅列にシエは益々首を横に傾けていく。
「そうだよな。シエには分からんないもんな。けどシエは俺の奴隷だから、俺の言う事には絶対だし、俺には嘘を吐かないんだよな」
シエは首を傾けたままリンウを見上げる。
「この世界で俺は生き延びてやる。そして絶対元の世界に戻ってやるんだ!」
リンウの漆黒の瞳が深まり、揺れる。
「あいつらの思い通りになんてならない。世界なんて救ってやるもんか!」
決意を声に出し、強く誓うリンウの見つめながら、シエはふんふんとただ頷く。
「取り敢えず、この世界を生きていく術を知りたい。シエが知っている事何でもいいから教えてくれ」
「街へ戻る」
力強く求められる最初の命令に対して、すっぱりと返したシエの回答に、リンウはびくりと怯む。
彼は奴隷商人のテントを離れた後すぐさま森へ向かい、街へ戻る様子が無かった。街には戻りたくない理由があるのだろう。シエは分かっていながらも「街へ戻る」ともう一度告げた。
「戻らなくてもこの森で暫く生きていけないのか?」
その問いにシエは首を横に振る。
「森で生き抜く為の道具を一つも持ってない。ここは野犬が出るってさっきの人たちが言ってた。それなのに俺たちは武器を何も持ってない。食われて死ぬだけ」
ザワザワと木々が風に震える。
陽の落ち始めた森は一気に闇を深くし、リンウ自身の姿さえも木々の陰が一気に覆いつくし、動かす指も足も、今体を支えている幹の感触さえも全て闇に吸い込まれ、中空に浮かぶような無重力の感触に襲われ始める。
恐怖が一気にリンウを吸い込んでいく。
「…分かった。街へ行く。ここからそんなに遠くない筈だから」
「うん」
シエがほっとして頷くと、ゆっくりと木を降りる。彼の降りる姿に習ってリンウも気を付けながら後に続いた。