勝手に異世界召喚されたけど、そちらのご都合主義には合わせません!3
「何か?あるのか?」
「あると言えばあるし、――無いに越した事はないです」
森はまだ静かだ。
聞こえるのは葉擦れの音だけ。
「リンウが来たのは街から?」
口調は変わらないのに、周囲を見渡すシエの動作にリンウは不安を覚え始める。
彼は何かに警戒しているようだったからだ。
「…街だけど」
「俺はテントが場所を動く度にずっと檻に布を掛けられてて、万が一道を覚えて逃げ出さないようにされていたんだ」
質問した理由に、リンウははっとする。
「森の中を抜けてそこに行ける?人混みに入れる?」
「…いや。途中見晴らしのいい原っぱだった。街はそれなりに大きいから人混みに紛れる事は出来るけど、街には行きたくない」
「分かった」
何かを思い出したのか、また顔を伏せるリンウにシエは頷き、そして周囲を見渡した後に上を見上げた。
深い森は空を覆い隠し、落ち始めている太陽の光が斜めに差し込んでくる。
「リンウ。木登りは出来ますか?」
「木登り?」
「ここでいいから、その木の幹に足を掛けて上に登る」
「子どもの時にじーちゃん家の庭で何回か登った事はある位で…」
周囲を見渡しながら木登りの指示を出すシエに戸惑いながらも、リンウは言われるがまま目の前の木に足を掛けた。
「取り敢えず大人の身長より上に登れればいいです」
言いながらリンウを追ってシエも木の幹に足を掛け、登り始めた。
数メートル登ると木の幹や枝、葉に隠れて地面が見えなくなる。逆を言えば地面から見上げても早々にこちらを見つけられなくなっているはずだ。
「シエ…。まだ登るのか?これ以上登っても降りられなくなるぞ」
リンウが大きく息を吐きぼやく声が聞こえると同時に地面の草がガサガサと音を立てる。
「っ!?」
自分たち以外誰もいないだろうと思っていたリンウは息を飲み、説明を求めるようにシエを見るが、シエは首を振った。
獣か何かが近づいているのかと思っていたリンウにもそれが人間が靴で草や葉を踏み締める音だという事に気付き、はっと顔を上げ、シエを見る。
「何処へ行った。あの男とガキ」
重なる葉の間から覗き見ると、真下に男が二人、木陰から現れた。
リンウはその二人に見覚えがある。
ついさっきシエを奴隷として渡した奴隷商人の背後に護衛として立っていた男二人だ。
こちらからははっきりと捉えられた姿にリンウは思わず、ひっと息を飲むが、男たちは近くの草叢を蹴るか屈んで覗き込む等して木の上を見上げようとはしない。
「そう遠くには行かないと思ったんだがな。お頭は街じゃなくて森に入ったって言ってたがあんな体力無さそうなひょろひょろと骨みたいな子どもなら森に入ってもすぐにへたばると思っていたんだがな」
「さっさと野犬にでも食われたか?」
「だったらもう少し何かそれらしい痕跡があってもいいだろうよ」
周囲を見渡しながら男の一人が「チッ」と舌を鳴らす。
「これ以上深く入るのも日が暮れちまうし面倒だな」
「お頭もそこまで無理言ってなかったからいいんじゃないか。もし見つかったらそのまま二人とも奴隷として捕まえる程度だしな」
その言葉聞いた瞬間、リンウは目の前が真っ暗になるような気がした。
この世界に来てから何度目の感覚か分からない。
怒り、悲しみ、憎しみ、負の感情が一気に全身に降りてきて、そしてそれらを昇華する術を持たない自分に絶望する。
今二人の目の前に降りても、リンウには制圧する術を持たない。反対にむざむざと奴隷にされるだけだ。
「あの兄ちゃんも馬鹿だよなぁ。何処かいい所の坊ちゃんだろうがな。相場も分からずあんな死にぞこないの子どもに大枚叩いてよ。お頭の後ろで見てて笑ったぜ」
「ああ。しかも奴隷紋も見た事無いんだろ。あんな嘘っぱちの魔法で本当に奴隷にしたと思ってよ!」
ばっと顔を上げ、リンウはシエを見る。けれどシエの視線は男たちに向けられたままリンウに返される事は無かった。
「何も出来ねぇ子どもだから丁度いい口減らしだったよな。あ。今頃あの子どもに殺されてるんじゃないのか?クソみたいな命令でも言いなりだったが、幾ら躾けてもあの反抗的な目だけは変わらねぇガキだったからな!」
「ああ。それな!ありえるぜ。って言うかお頭もあの場で男の有り金全部巻き上げれば良かったのによぉ」
「後ろ盾が本当に付いていないか念の為様子見てたんだってよ」
「成程な。余程の馬鹿か、世間知らずのお坊ちゃん以外、俺たち奴隷商人に一人で声を掛けて来る奴なんかいないよな。下手したら自分が売られる側になるってぇのに」
笑いながら男たちは草叢を掻き分け、時にリンウたちが隠れていないか周囲を見渡しながらもと来た道を戻っていった。
終始無言のまま、彼らを見つめるだけだったシエをリンウは覗き見る。
彼の視線に気付き、ふと視線を上げるシエにリンウの肩がびくりと跳ねた。そんな彼の様子にシエは何を言う事も無く、ただ怯えるリンウを見据える。
「…俺を殺すのか?」
「…」
先程男たちが意図なく置いていった言葉が耳に焼き付いてしまったのだろうリンウは怯える瞳そのままに威嚇する。
シエは少し考えこみ、そしてこてりと首を傾げた。
「俺はあんたの奴隷なのに?」
不思議そうにそう返すシエにカッとなってリンウは反論する。
「お前だって聞いてただろ!嘘っぱちの奴隷の魔法だったって!俺を置いて行く事も殺す事だってできるはずだ!」
「そんなのあいつらが勝手に言ってるだけだ。本当かどうか分からないじゃないですか」
「そんな筈ない!」
「主人側はどうか知らないけど、ここに黒い変な入れ墨みたいな痣は残ってるし、俺は焼き付けられる時痛かったし、偽物だと言われても信じられない」
まだ皮膚を焼くようなちりちりした痛みはシエに残っているし、シャツの下を覗き込んでも契約紋様は未だくっきりと刻まれている。試しに拭ってみても消える様子も無い。
「そんな筈ない!」
「主人側は偽物って分かるんですか?」
「…それは俺だって分かんないけど」
口籠るリンウにシエははぁと大きな溜息一つ零す。
「—―俺、今リンウに死ねって言われたらどうやってでも死ななきゃなんない気がするんですよね」