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環ル魔法は少女の指に  作者: 薪原カナユキ
3章 容易く飛ぶは紅の翼
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20.赤い羽根の少年

 飛んできたボールがぶつかった横顔の痛みは、しばらくすると鳴りを潜めた。

 けれども無理に曲げられた首はそうもいかなく、喋れるようになっても熱を持ち、下手に動かすと痛みが戻るので片手を当てておくしかない。


 そして目の前ではマリアナイトがパニック状態のまま、涙目になっていて。

 ノエルは直前のこともあり、心配する雰囲気に満ちているのに目が合わない。


 そんな二人を当てにできる筈もなく、仕方がなく自分の指環を出して痛みだけでも和らげようとしたところで、聞き慣れない声が騒ぎの中をかき分けてきた。


「怪我、で良いんだよな。ならオレが治してみる」


 女性にしては低い声が提示したのは、おそらく魔法による治癒(ちゆ)(こころ)み。

 その事が分かったため、私はちょっと待ってと声の主に確認を取ろうとしたが、痛みを我慢(がまん)して行動しようとした時にはもう遅かった。


 チラリと視界に映った紅白の指環。

 雄々しい(わし)流麗(りゅうれい)な白鳥。その二つの印象を持つ一対の翼で造られた指環は、魔法の発動とともに羽根を散らした。


 右の人差し指から舞う赤色の羽根は、穏やかな白光をお供にして、私の首と頬を撫で去っていく。

 羽根が触れる度に静まる痛み。過ぎ去った彼らは地面に達する前に燃えるように空へと消え、跡も残さない。


 マリアナイトに似た(いや)しの力。

 これを使ったのは誰だと、治ったばかりの首を向けると、数日前に見かけた顔がそこにはあった。


「貴方……イオ、でしたよね」

「ああ。上手くいったみたいだな。大丈夫か?」

「ええ、ありがとうございます」


 私に魔法を使ったのは、数日前の新入生向けの講習で暴行を加えられた人物。

 中性的な雰囲気を持つイオと呼ばれていた少年だった。


 気持ち伸ばされたカーマイン色の髪、童顔と合わせて目立つ牡丹(ぼたん)色の目。

 背丈はノエルよりも高く、一見すると線が細く思えるが、近くだとカッチリとした男性らしさがある。


 遠目では長身のモデル体型な女性、寄ると幼さが強く残る十代後半の男性。

 後ろ姿だけなら街で男性に声をかけられていそうだと、中性的、少年的というしかない彼に、私は治してもらったお礼として頭を下げた。


「しかし治療(ちりょう)を施すのなら、まずは相手の了承を。魔法によるものは全て危険が伴う行為。今回のような安易な行動で、重大な責任を貴方は負えるのですか?」

「えあっその、すみません。あれ、オレなにか不味いことしたのか」

「考えて魔法を使うべきという事です。……それとは別に。治して下さった事には、本当に感謝しています」

「いや、オレの方こそゴメン。確かに初めて使う魔法を、他人に使うもんじゃないな」


 感謝は伝える。けれども同時に迂闊(うかつ)な魔法の使用による危険性も、私は彼に伝えた。


 魔法は自由自在な奇跡の力ではなく、あらゆる分野で使われる道具の一種だ。

 医者が、猟師が、農家が、軍人が。

 自分たちの扱っている道具を何一つ知らずに使っていると想像すれば、理解できていない魔法を使い、使われる感覚の恐ろしさが分かるだろう。


 今回は上手く傷が治った。

 だけどもし、本人の意図とはかけ離れて傷を悪化させる効果となっていたら?


 救いの手を差し伸べたつもりが、瞬く間に傷害事件になる。


「……ユノさん。他の人と話す時って、たまによそよそしくなるよね」

「貴族はやっぱり、ああいう態度を取らないと駄目なんじゃないかな」

「ノエくん、ノエくん。わたしも貴族の令嬢(れいじょう)なんだけど」

「マリアはそのままで良いよ」

「そこ。というより、マリア。貴女にもこの話はいえるってこと、理解してる?」


 私がイオと話をしている最中、コソコソと二人が話をしているので、にこりと笑ってそちらへ振り返った。

 マリアナイトはうにゅと鳴いて黙り込み、隣にいるノエルは責めないでと甘い考えを顔に張りつけていた。


「素はやっぱり、そっちなんだな。あの二人……いや三人か。話す時だけ雰囲気が違う」

「……まあ、アンタなら良いか。富裕層じゃないみたいだし。一般推薦(すいせん)でしょ」

「合ってる。地元の領主にいきなり言われて来たんだ。正直、この生活がまだ実感わかない」

「一般推薦(すいせん)ですか? なんですか、それ」


 私がよくやっている他人と身内の切り替え。

 大貴族の養子として作った仮面。ノエルにマリアナイト、ラズラピスに対する素の私。


 これはできる限り学院にいる時は作った側を見せているが、二人と一緒に居たため、イオに素を見られてしまったのは仕方がない。

 彼も数日前の事件の際に、素の私を見ているからか今も特別驚いている様子はなかった。


 それよりもと、ひょっこり間に混ざるマリアナイトは、イオの出身について察せていないようで、興味津々に前へ出てきた。


「学院に入るには、アイテールの原石の都合で多額の入学金がいるの。額は教えたよね。そんなお金、一市民では借金しても払えないでしょう?」


 アイテールの原石は豪邸を建てられるほどの価値がある。

 それを知っているノエルとマリアナイトは無言で首を振り、イオも把握しているのか厳しい表情で肩を(すく)めた。


「かといって、貴族だけだと不健全っていう名目でできたのが、一般推薦(すいせん)。ようは国民だったら、誰でもチャンスがありますよっていうアピール」

「結構ハッキリ言うな、アンタ」

「ただそれって、貴族側からすれば邪魔なだけ。だから一枠しかない一般推薦(すいせん)でも、毎年不幸が起こるのよね」

「……不幸ってなんだ」


 学院支給のローブ以外、衣服の材質からして誇りある貴族とはいえないイオは、これまでも多くの人から庶民と内心(さげす)まれていただろう。

 そんなイオも一般推薦(すいせん)で学院に来た以上は、例外なく貴族たちに狙われる。


 それはとても簡単なこと。


「簡単よ。貴重な石を使われたくない、推薦(すいせん)した王侯貴族のメンツ潰し、単純に庶民を嫌っている。そんな感じで命を狙われるの、貴方たちは」

「この前のやつ、それ絡みだって言いたいのか」

「さあ。あれぐらい馬鹿だとどうだろう」


 本当にハッキリ言うなと、魔法で撃たれた右肩をさすりながらイオは話しているが、例年が不幸なら彼は紛れもなく幸運だ。


 私の後ろにいるサファステリア家はさておき、彼を後押しした領主も相当な地位にいる。

 なにせ現状はイオへ危害を加えたのが、トリスタンだけというのが証左となる。


 謀略(ぼうりゃく)を好む貴族たちが黙って見ているはずはなく。

 無事に学院にまで辿り着き、こうして数日も生き永らえているのだから、背後の領主は国の中心にいるような名家でもおかしくはない。


「というか、貴方。どうしてここに? 何か用があったの?」

「えっいや……。用というか、探してはいたけど」

「なに、ハッキリ言いなさい。めんどくさいわね」


 たまたま居合わせて、怪我をした私に魔法を使ってくれた。

 それでも良いのだが、それなら立ち話を長くしている理由はない。


 案の定、私たちに用事があって探していたのか、イオは途端に口ごもり始める。

 視線は私よりもノエルとマリアナイトを行ったり来たりしていて、少女と目が合うときに不思議そうな顔を向けられたら、彼は口元をきつく締めた。


「オレも魔法、教えて欲しい。ほら今日自習だし。けど教わる相手っつったら、アンタ以外思いつかなかった」

「それで私たちのところに、ね。──まあ引っかかる所はあるけど、良いわ。マリアと同じでいい?」


 私が彼に引っかかりを覚えるのは、ここまでの動向。

 塔の内部は空間が歪んでいるので、後ろ姿を見かけたから追いかけるも無理な出鱈目(でたらめ)な通路ばかり。


 それなのにこうして私たちの下に辿り着いているのは、不可解な点がある。

 だがそんな疑問は、マリアナイトの名前を聞いた彼の明るさに誤魔化(ごまか)された。


「ああ! むしろそれで良いというか。あれだよな。ボール飛ばすやつ」

「飛ばさないで、操って。ラザフォード先生みたいなことする練習だから」

「んっと……あの時のだよな。なら、こんな感じか?」


 こういう風に。

 そう実演をしようと指環の準備を始めようとした直前に、気軽な掛け声でイオは出したままの指環へ指示を飛ばした。


 指環が嵌められた彼の人差し指が、指揮棒のように宙を舞う。

 私を()いて遠くに行ったボールを、釣り上げるがごとく曲線を描く指。


 何も教えていない。

 なのに離れた場所にいるボールは、イオの命令に従って過剰な緩急もなく彼の手元にまでやってきた。


「こうだったよな」

「ちょっと。私が教えなくてもできるじゃ──」

「すごい! どうやったんですか!」


 難なくこなされた念力の魔法。

 イオ本人は簡単とばかりに行ったが、マリアナイトが苦戦していたように指環を貰って数日でできる人は限られる。


 人は手の届かない場所の物を、動かすことはできない。

 この常識があるから私も一か月はかかったし、ノエルと同じくサッパリだっていう人も多くいる。


 それなら練習しなくてもいい。

 なんて言おうとしたところで、自分には無理だったものを披露されたマリアナイトが食いつき、体が触れそうなくらい無遠慮にイオへ近づいていた。


「ちかっ……待って。いやオレ、できたけど説明とか無理だから」

「すごいです。こんなポーンってやって、スーって来て、ポンって取っちゃって」

「話聞いてくれ。なあ、ええっと……見てないで止めてくれ!」

「──そういえばアンタの名前、聞いてなかったわね」


 イオの名前。

 この言葉をマリアナイトはしっかりと聞いていたのか、質問攻めをしていた彼女は期待を溜めながら動くのを止めた。


 彼のことはあの事件の日に、トリスタンとラザフォードの口から聞いたものしか私たちは知らない。

 だからまず名前から。そう思ったから言ってみたものの、マリアナイトの反応は予想外。


 本当に凄いと思っているから。

 紛れもない好意で迫る少女に、少し頬を赤らめながら戸惑っているイオは、場に流れる待ちの空気に負けて口を開いた。


「イオ、イオ・カーマインフェザー。よろしく……マリア、ちゃん」

「はい! よろしくお願いします、イっくん!」


 色々と距離感が近いマリアナイトに、彼女と話すたびに嬉しさを隠し切れていないイオ。


 そんな二人を見ながら、良いのあれと私は指をさしてノエルに聞いたら。

 返って来たのは、良いんじゃないって和やかな少年の言葉だった。

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