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18.義弟の想い

 そこは暗く広い、星空の下のような部屋だった。


 高さを強く意識した間取り。

 濃い青と黒を()り交ぜた重い色彩に、切なさを加える白の差し色。

 全体を照らす光源は食事や読書を楽しめる程度の明るさで、穏やかさよりも静けさを際立たせている。


 よくいえば神秘的。

 人によっては夜の闇を思わせる一室で、落ち着きを保てずに逃げ出す者もいるだろう。


 静寂こそ、この部屋の色そのもの。

 そんな空間の中で、ラズラピスは椅子へ座って自身の心に問いかけていた。


「ノエル・サンライト。彼はいったい何なのか」


 声に出さずとも脳に響いた自分の声。

 それは心の声という名の疑念の(かたまり)


 目の前のテーブルに三つのティーカップ、そしてラズラピスの隣には合わせてラズベリーのタルトが一ピース。

 少年のために準備されたティーカップには、ミルク入りの紅茶が淹れられていた。


 紅茶にこの場にはいない義姉が映るも、同時にノエルの姿も隣に見えてしまう。


 自分と出会う前に隣にいた、自分に似た立場の少年。

 しかし分かる範囲の経歴からして、持っているのは自身の方であると確信を持っていえるのに、持たない彼に苛立ちを覚えてしまう。


 彼にも義姉にも無いものを、ラズラピスは持っている。

 でも二人が持っているものを、少年は持っていない。


「──それで。ユノはどうした、ラズラピス」


 落ち込みは、怒りに。

 白が混ざった紅茶の赤を、自分の顔に塗りそうになった少年に、低く情の抜けた声が話しかけた。


 弾かれるように顔を上げたラズラピスは、心に溜まった色を振り払い。

 対面する相手に向き直る。


「はい、父様。姉様は昼間の件で用事が出来たので、今回は同席を控えるそうです」

「嫌われたものだな」

「いえその……はい。申し訳ありません。姉様は、父様に会いたくないと」


 一言。義姉が不在な理由を取り繕ったラズラピスの言葉を、相手は簡潔(かんけつ)に言い換える。

 文面通りではなく、今までの事から出た発言に少年は返せるものがなく、頷くしかなかった。


 ラズラピスが向かい合っているのは、彼の実父。そして私の義理の父親。

 大貴族サファステリアに一席を置く男性で、髪色を含めて顔つきのパーツだけならば、息子によく似ている人だった。


 しかし纏う空気の色が、質が、深さに純度とあらゆるものが異なっている。


 濃い(くま)のある光なきバイオレットの瞳は、人心が抜け落ち。

 冷徹(れいてつ)で塗り固められた表情は、いわゆる非情な人殺しのそれ。

 絢爛(けんらん)に飾られているはずの貴族服は、最低限の施しにとどめているが故に彼の異端さが際立っている。


 表舞台で踊る貴族でもなければ、刀剣銃器を振るう軍人でもない。

 大貴族の看板を背負いながらも、最も関わってはいけない類の人物。


 ──死神。

 それが彼を示す最大表現で、この部屋で最も暗い色。


「構わん。お前がいれば(くだん)の用は片が付く。それに今頃は、老人たちの(はかりごと)に付き合っているだろうからな」

「また本家の方たちですか。今度は姉様に何をさせていると?」

「監視だ。マリアナイトという少女のな」


 父親の口から今日知り合ったばかりの人物の名前が挙がり、ラズラピスは目を見張る。


 相手がその少女だったから、驚いた訳ではない。

 どうして監視という物騒な名目を使われたのかが、少年にとっての衝撃だ。


 有能な人材となる予想の者を、あらかじめ人脈に取り込み独占する。

 これは貴族関係なく、集団を運営する上で一つの正解だ。


 ならば使うべき文言は、説得に交渉。協力を持ちかけるとするべきだ。

 だが眼前の父親が告げたのは、監視の二文字。

 まるで罪を犯すかもしれないと疑っている警察だ。


 あの優しい少女とは縁遠い言葉に、ラズラピスは尽きない疑問を頭の中で整理していると、ふと浮かんだ彼の名前を思わず口に出してしまう。


「それはノエル・サンライトの間違いではないのですか。どうしてマリアさんなのですか、父様」

「彼の実力は認めている。しかし仮面舞踏会(マスカレイド)での褒賞(ほうしょう)に人脈を欲し、我々が動く前にユノが紐を繋いだ。その時点でもう彼に向ける駒はない」

「父様、それはあの人に対する話です。僕が聞きたいのは、マリアさんをどうして監視するのか、それだけです」


 マリアナイトのどこに危険をもたらす要素があるのか。

 少年でなくとも彼女を知った人たちは全員、罪を連想するかといわれたら首を振る。


 相応の理由がなければ納得は出来ないと父親に迫るラズラピスだが、赤い感情は青に混ざることなく素通りした。


「老人たちの言葉を並べただけだ、私は。マリアナイト・カレンデュラは学院滞在中、ユノと相部屋とする。理解しろ、ラズラピス」


 父親から暗に告げられる、表に出せない暗い理由の存在。

 それを感じ取ったラズラピスは追及を続けられず、身を乗り出そうとしてた体を椅子に戻して、口を閉ざした。


 沈黙は了承。息子が(つぐ)んだことを認めた父親は、付け加えるように言葉を放った。


「一度過去の貴族を調べると良い。ヘルディメス辺りは、お前の興味を引くだろう」

「父様、それは……」


 どういう意味ですか。

 聞こうと出かかった言葉を戻すラズラピスは、挙げられた家名を心の中で反復する。


 聞き覚えがある名前だった。

 義姉が育ったとされる都市の、領主の名前。

 しかしそれ以外のことで聞くことがなく、言われなければ意識すらしない名称だ。


 ヘルディメスという家が、マリアナイトに関係がある?

 だがその家が何をしたのかは知らないし、仮に関係があったとしてもその程度で監視をつけるのは、いささか理不尽だ。


「──それよりもラズ。お前の調子はどうだ」


 少年の熟考に水を差したのは、他でもない父親の声。

 変わらない音調だが、息子の呼び方が愛称になったのを気づいたラズラピスは、いったん思考を棚において明るく前を向いた。


「悪くはないです、父様。しかし一族の魔法はやはり難しく。父様と母様。そして姉様みたいにはいかないのが、悔しいです」

「幸運、幸福、連帯。サファステリアに必須のこの魔法。一つでも保持すれば名乗ることを許されるが、未だにお前は獲得できていない」


 ならばどうすると、会うたびに聞かれる彼の問いに、少年は胸を張って答える。


「覚えてみせます。良血の名に恥じないため。そして姉様の許嫁(いいなずけ)として、誇りを持つために」


 良いだろう。そう意思を確認した父親は、ブルーベリーのジャムを溶いた紅茶を口にした。


 ──サファステリア家を継ぐことは、血縁であろうと難関だ。

 家名を名乗ることを許されるのは、特定の魔法を覚えた者のみ。


 そうでない者はたとえ両親が一族であろうと家名を剥奪(はくだつ)され、さらには落第の烙印(らくいん)すら押されてしまう。

 逆に貴族どころか平民貧民だろうと、条件の魔法を覚えてさえいれば、迎えられることもある。


 前者がラズラピス、後者がユノ。


 血筋を重視しない在り方は、貴族として異端中の異端。

 魔法を継ぐことに重点を置く形式は、武芸や芸道などの師弟による流派の継承が近い。


「あの人には負けません」


 ラズラピスが足した言葉は、父親には届かない。


 義理の弟しても、将来を誓う相手としても、想い人の隣に立つ異性としても。

 ノエルには勝つとラズラピスは気を引き締めた。


 幼馴染(おさななじみ)なんか知らない。

 僕の方が幼い頃からずっと、彼女の背中を追いかけて来た。


 強力な魔法なら僕も覚えてみせる。

 彼女を背に戦う覚悟は、学院に通うことが決まったその時から済んでいる。


 彼女への想いが強いのは、僕の方だ。

 姉様を幸せにする魔法を覚えてこそ、一族として最高の名乗りを上げられるから。


 だから──


「僕の方が、姉様を好きなんだ」


 過去はそのままでいてくれ。

 その願いを左手の中指に込め、ラズラピスは一族が継ぐべき魔法の獲得を改めて誓った。


 ユノの幸せ。それがラズラピスが心から想う、少年としての祈り。

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