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10.魔法の指輪 - 3

 開かれた扉から聞こえてきたのは、革靴がリズムよく床を蹴る音。


 よく仕立てられたクラシックなファッション。中肉中背だが姿勢はしっかりとしていて、整えられたブラウンの毛髪と(ひげ)には隙がない。

 そんな格好の中年男性が一人、講義室全体の様子を観察しながら教卓へと足を運んでいく。


 身なりは綺麗だが、まとう雰囲気に圧はなく。

 服装が違えばどこにでもいそうな男性は、教卓に立つなりわざとらしく咳払いをした。


「んん。皆さん、お(そろ)いかな。であれば、ようこそ諸君。我が国が誇る学院へ。まずは歓迎の意をここに示させて頂こう」


 話を始める男性の言葉に、歓迎されている新入生も見学をしている面々も、返すのは沈黙だけ。

 意味合いとしては様々だが、反応のなさに怯むことなく男性は続きを述べていく。


「私はラザフォード・ロックロビン。まずは今年入って来た君たちに、ある物を渡すようお歴々(れきれき)から仰せつかった。どうか粛々(しゅくしゅく)と受け取って欲しい」

「ある物、ですか?」

「指環よ。私たちの中だったら、受け取るのはマリアだけね」

「ゆびわ……」


 いまいち威厳のない男性──ラザフォードの言葉に、マリアナイトは首を傾げていた。


 講義室に集められて早々に、新入生へ指輪を渡していく。

 その行為は、字面だけでは疑問に感じるのは当然だろう。


 学院という名前であるからには、新入生へ向けた初めの案内はどこも同じはず。

 例えば必要な教材の配布、施設案内、新入生同士の交流会など。

 一般的に考えられる新人にすべきことは他にもあるが、ここではそれらの事柄は二の次。


 この塔で暮らし、学び、自己の成長に繋げるためには、ラザフォードのいう指環は必要不可欠だ。


「この道にさほど明るくない者もいるだろうから、一度説明しよう」


 そういうとラザフォードは右手を掲げると、何もない素手だったその手に突如指輪が現れた。

 位置は親指。古めかしい金のリングで、素朴な造りは彼そのものを連想させる。


「この指環を知らない者は挙手を。……結構、話が早いのいい事だ。しかしコレをどう手に入れるのか、どう使うはどうだ? ……実によろしい。素直さは美点だ」


 この指環が何なのかは、この学院に足を踏み入れている以上は知らないという人の方が少ない。

 しかし手に入れ方、利用方法などを問われると、マリアナイトを含めて講義室の前側ではまばらに手が上がる。


 それを笑うことなく頷いて受け止めるラザフォードは、変わらぬ調子で話を続けていく。


「コレはアイテールの指環(ゆびわ)。空から降る特殊な鉱石に、人が触れる事で変異した物だ。これは知っているな。ではその石は、使い方は? ──今、お見せしよう」


 ラザフォードは宣言と同時に手をさらに高く掲げると、彼のつけている指環が輝きだした。


 指環から生み出されたのは光だけではない。

 数式に似た文言の羅列。独特な言語の譜面(ふめん)が彼の周囲を踊り、引き起こそうとしている現象を楽しげに空中へ綴っている。


 派手な演出に新入生たちが目を奪われる中、降り下ろし、生み出した光が教卓に叩きつけられると、衝撃を受けた影響か光はより強く、講義室全体にまでその明るさを広げた。


 一瞬、白に染まる視界。

 再び目が見えるようになった頃。ラザフォードが触れた教卓の上には、青空でできた透明質の石が置かれていた。


 大きさが片手で収まる程度の、常識外れな見た目の石。

 あれがこの学院で……ううん、この世界で持っていなくてはいけない力の象徴。


 魔法の原石──アイテール。


「とまあ、これが指環の材料だ。採取量の少ない貴重な鉱石でね。そしてこの指環を使い特別な力……魔法については、これから学んでいくことなので割愛しよう」


 注目を集めるような力の使い方をしておいて、アイテールの指環の材料である原石を手元に呼び出してからというもの、ラザフォードは砕けた態度を取り始めた。


 まず最初に持ってきた一個以外は呼び出す際の演出はなく、次々と味気なく無から出現させている。

 そして新入生たちへマジマジと見せる為に原石を宙に浮かせて、彼らの前を散歩させるも、その力──魔法を使うためにやはり光るとかの演出は省いていた。

 それはまるで糸を巧みに扱うマジシャンのようだが、勿論糸の類はなく、光景としては念力といった方が納得する人もいる。


「魔法って、ああいうことも出来るんだ」

「出来ないの? ノエル」

「うん。練習はしたことあるけど、どれも上手くいかなかった。ユノはどうなの」

「余裕よ。昔と違って優秀なんだから、私」

「そうは見えないんだけど」

「喧嘩売ってんの?」


 ごめん、違うよ。

 そう言って謝るノエルだが、きっと昔の私と違いすぎて齟齬(そが)が大きいままなのだろう。


 私だってそうだ。

 器用不器用でくくるのなら、いつかの日の少年の方が細かな作業は好きだった。


 肝心の私といえば、貧しい街中を駆け回り、いつも食べ物を探し回る役で。

 料理とか、大した感心すら持つことがなかった。


「では早速、新入生の中からこの指環を持っていない者へ配布を行う。貴重な物だ。礼節をもって受け取るように」


 指環の材料である原石を使い、最前列に並ぶ新入生たちの注目を集めたラザフォードは、今にも手を伸ばしそうな彼らを制止しつつ、必要数を教卓へと並べた。


 その数は七つ。

 つまりはこの場にいる中で、指環を一つも持っていない人物が七人はいるということ。


「ちなみにこの石の価値だが。私の給料では手が届かず、一介の貴族の方でも保留をかける値段だ。この指に()められるだけでも光栄な限りだよ」


 アイテールの指環の値段を想像したのだろう。

 自分から話題を出しておいて、これ以上はよそうと話を区切ったラザフォードは、テキパキと受け渡しの準備を進めていく。


「ユノさん、ラズくん。指環ってどれくらいのお金がいるの?」

「家、一軒分だっけ」

「例年の取引価格でいえば、豪邸一軒ですね」

「いえ……。三人の指に豪邸が……」


 違うからと、苦笑する私とノエル。

 箱入り娘で金銭感覚が狂っているかと思っていたマリアナイトだが、意外にも指環の値段に不安を感じている様子だった。


 値札を見ないイメージは、見た目の印象に引っ張られ過ぎているせいか。

 今の時点で指環を持っていないことから、出身は地方の田舎貴族などだろう。


「──今から名前を呼ぶ七名。私が立つ教卓の前へ。並ぶときは私から見て左から右へ、そう右に進む形で並ぶように。決して左へは行ってはいけない」


 奇妙なくらい、自身の右側に進むことを推奨(すいしょう)するラザフォード。

 事情を知らない新入生たちからすれば、意図が理解できない指示。


 後々彼の過去を知れば納得することだが、今は疑問符を浮かべながらも新入生たちは言われた通りに並んでいく。


 教卓前に並んだのは最前列から六名、真ん中からマリアナイト一名。

 計七名、きっちりと左から順に右へ足並みを(そろ)えた。


「結構。まずは一人目、そう君からだ。……焦らず、落とさないよう手に取りなさい」


 長身で赤髪の少女から始まり、原石の受け渡しは順調に進んでいった。


 大半の者は教卓に置かれた石を両手で受け取り、光となった石が彼らの中に取り込まれていくと、十の指のどれかに様々な形態の指環が形成されていく。

 一人、二人。教卓に立つラザフォードすら緊張した面持ちで新入生を見届け、最後の一人になった。


 最後は日光のような長髪を持った少女、マリアナイトだ。


「マリアナイト・カレンデュラ、君で最後だ。受け取りたまえ」

「はい」


 マリアナイトの緊張は、表情どころか声にすら現れている。


 当然だ。何事も注目を集めるのは最初と最後。

 知り合いである私たちは注目せざる負えないし、新入生の偵察をしにきた最上部の観客たちも、当たりが出るかどうかを見極めている。


「お願い。わたしの指環になるのなら、力を貸して」


 ポツリと呟いたマリアナイトの祈り。

 誰にも聞こえないように、でも世界には聞いて欲しい少女の内なる願い。


 それを一心に手に込め、ギュッと目をつぶりながら両手を前に差し出した。


 包まれる青空の鉱石。

 象徴たる日を取り戻したといわんばかりに原石は澄んだ青を放ち、光の粒子となって彼女の右の薬指へと絡んでいく。


 空色の粒子は色が抜け、乳白色の金属質に。

 描かれていく柄は双子の蛇が輪を駆け抜け、頭を三日月へと変えた蛇たちは、中央の宝石部分に顎を広げて衝突した。


 最後に生まれたのは、透明感のある青白い真珠に似た宝石。

 中には百合の花が彫られ、全体として女性的なデザインへと原石は生まれ変わった。


「実に似合っている指環だ。私はまだ君を外見しか知らないが、この指環が君の本質であることを期待しているよ」

「あ、ありがとうございます。……これが、わたしの指環」


 優しさを詰めたような、白の指環。

 ラザフォードのいう通り、指環が彼女の本質と同義であるのなら、闘争とは無縁の力が宿るはず。


 こうして指環を授かった新入生たちは、ラザフォードの左側へと順にはけていき。

 自分の席へ戻る僅かな時間、受け取ったばかりの貴重品に思い思いの感情を向けていた。


 重圧、期待、歓喜、自信、安心、平常。

 そしてマリアナイトは、重く強く指環を()めた右手を抱き締めていた。


「──これで助けられるよね、お母さん」


 入り乱れる感情たちに背を向けて、一人少女は指環に思いを寄せる。


 自分を犠牲にしてでも欲しかった、希望の光。

 しかし手に入れて終わりではないと、喜ぶ心の内を引き締めて。


 ほんの少しだけ、朝焼けの光を表に見せた。

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