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マーズの涙  作者: 黒心
それは雨
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1

 メガロポリスを作り上げた失政者はすでに地球へ退いている。空白地帯を支配したのはかつて一企業として政府にこき使われていたチルターク社だった。

 ならず者が住まうビリアンタの治安はどん底であり、企業の暴虐がまかり通る無法地帯。有り余る鉄でつくられ並び立つビルはホログラム装置を無理やりつけて広告を流し、陰部のモザイク処理を突破するゴーグル型アンチシステムが飛ぶように売れた。建物を繋ぎ合わせる道路は本来の目的を忘却され、旧型車はホームレスの貴重な生活圏となり果てる。隙間道は重犯罪者にとって絶好の狩場と化し、武装した警官との抗争が絶えない。


 その日、火星は雨だった。


 テラフォーミングの最中で放棄され循環システムに異常をきたし、直す技術者もさじを投げて帰還船に乗り込んだが、残ったチルターク社の匠な宣伝により地球政府は企業自治権を認め、いくつもの分国法が制定された。中には麻薬・覚醒剤に関するものもあった。


「ゼノン、エージャーは無事か?」


「大丈夫、ほら、これ」


 ポーチを覗くとセルナルガ社製の半透明なポリ容器の中身は黄色の蛍光色で仄かに光っている。

 ガンツは満足げに頷き、手でついてこいと合図した。

 チルターク社が作った一番街は野蛮な警備員が多く、ハナソン社との交戦が続いている。今すぐにでも逃げ出すべきだった。


「いい稼ぎになりそうだね」


「ああうん、一週間は遊んで過ごせる」


 エージャー、アンチシステムの一種である。ブレンナットが開発しチルターク社が製造法を奪い取った汎用型モデル。機器にぶっ掛ける形で使用するが、エージャーの真骨頂は直接血管内に入れた時である。体内に埋め込まれるナノロボットが体内の栄養により自己増殖を行い、接種者の脳に作用してドーパミンを異常分泌を促す。チルターク社は麻薬の代替としてブレンナットから簒奪したナノロボットの設計図を独占、地球にも販売し巨万の富を得ていた。


 絶賛逃走中。

 フードを被る兄妹は黙って建物の隙間を縫って速足で一帯から離れようと努力をする。しかし、薄汚れた警備ドローンは無造作に突き出す構造物を破壊しながら二人を追跡した。

 コヨーテとあだ名がついている旧式ドローンは耐久年数を超えてもなお、身に宿る使命を実行する。


「右だ!」


 より狭い路地に入りドローンを巻こうとドラム缶を蹴り飛ばし幅一人分の道を進む。が、その先で待ち構えていたのはチルターク社の追手だった。

 雨をはじく白い制服を着ている追手は嫌でも目立つ。ズボンのぽっけに手を突っ込むと実弾銃を取りだし、容赦なく発砲を開始した。


 兄のコアシールドが光の点滅を繰り返すたびに銃弾が地面にぽろぽろと落ちていくも、コアシールドのエネルギーが目減りしていく。ゼノンも拳銃で応戦するが素人の弾は何発打っても何もない中空を貫く抜くだけだ。その点、兄の得物、メガシー2149Eは高精度をいかんなく発揮、追手の一人が鉄っぽい味の水たまりに沈んだ。


 追手は遮蔽物に身を隠し、兄妹はコヨーテに挟まれ後ろに下がることもできず状況は最悪と言っても過言ではない。

 妹が放った数十発目の弾丸が追手の脳天を貫くが、奥から赤い光とけたたましい警音を響かせ増援がやってきた。


「どうする!やっぱり!」


「バカっ!返しても命ねぇって!」


 絶体絶命……かと兄の思考が真っ赤に染まったそのとき、追手のホバー車両が爆発、板のように空中をくるくる回った。


「くそ、ハナソンか!」


 最前列にいた追手は苦渋の表情で悪態をついた。

 妹が振り返ると後ろで発砲の機会を窺っていたドローンは一瞬でいなくなり、代わりに煙から現れたのは新品のフレームを輝かせる機械化戦闘員だった。


 人の骨格をタングステン合金で覆われ、背中に重たいエネルギーモジュールを背負う彼らはハナソン社の傭兵として企業間紛争の最前線に立つ精鋭だ。対して追手はコソ泥を私刑に処す程度の装備しか持っておらず、戦力比は想像するまでもない。


 吹き飛ばされたホバー車両は丁度兄妹に付近に墜落し、妹が自身の運動神経をいかんなく発揮しビルの二階へ登る。触発された兄も後を追うように慌てて駆け上った瞬間、ホバー車両は二度目の攻撃で木端微塵に爆発した。


 追手は絶望的な戦いをするまでもなくホバー車両を急発進させて逃げ出す。戦闘員も単独では追わず、手元の火器へのエネルギー供給を止めて戦闘は終わった。

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