表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

風に吹かれて

作者: 大学用

 大学での講義を終え、立ち上がる。今日の授業を全て終えたので帰る準備をすることにした。今日一日、座ったまま同じ姿勢だったので肩や腰が凝り固まってしまっていた。ストレッチをすると筋がグーっと伸ばされ、固まっていた部分ほぐれていく感じがした。ふと講義室の窓を覗いてみる。すると外はすでに暗くなっていた。窓は講義室内の明かりをギラギラと反射する。今は何時なのかと疑問に思い時計を覗くと、針は17時10分を指していた。


「あれ?17時10分ってこんなに暗かったっけ?」


気づいたときには声に出していた。今は10月の上旬に差し掛かっている。つい一週間前はまだ太陽が沈まずにビルの上に浮かんでいた、そんな気がしていた。

 

 ウィーン。自動ドアが開き、大学を出て夜の街へ歩き出す。外に出ると夜を照らす街頭が視界を明るく彩った。昨日までの気温と打って変わって肌寒さをうっすら感じる。

「さっむ、マジで夜は冷えるね。」

大学でいつも一緒に過ごす友人Aが言った。

「それは君が薄着だからじゃないの?テレビで今日は寒いって言っていたよ。」

彼は上下、長袖であるものもとても風通しのよさそうな恰好をしていた。

「ふつう、一日でこんなに下がるとは思えないよ。天気予報なんてあてにならない方が多いんだから」

「それは君の主観だぞ。雨の予報はたまに外れるけど気温が低くなるって言われて外れたことなくない?」

「うーむ・・・・」

Aは考え事をするため黙り込んだ。これまでの天気予報と実際の天気を比べているのだろう。何か気づいたという表情を見せ僕に大きな声で言う。

「そういうお前だって主観じゃないか!」

「バレた?まあこっちのほうはあまり感じたことないでしょ。」

「そりゃあ・・まあ」

少し不服そうな顔をしていたが僕の意見には納得したようであった。言い負かしたような快感を覚え、Aを煽るようににっこりする。Aはうるせぇよ、という表情で僕の煽りに応じてきた。そのやり取りが面白おかしく感じられ、二人は笑い合いながら夜の道を歩いて行った。



ヒュオーーーーンビューーーーーーー



風が僕らの間を吹き抜ける。面に出ている皮膚がヒリヒリするような感覚を覚えた。ああこの感覚どこかであるな。


少し前の夕方、ああ、あのときの・・・・

ある回想が僕の頭の中を流れ出した。


僕は高校の時野球部に所属していた。この時期になると日が落ちる時刻が早くなるためボールを触る時間が短くなる。秋の大会に負けてしまうと冬を越えるまで公式戦は無くなることもあり、反復練習、ランニング、トレーニングを行う。練習は普段の練習と比べ、疲労度が大きい。この季節は試合がないので一冬を越えてどれだけ成長したかを楽しみに練習する季節である。その中のランニングメニューを僕は思いだしていた。

このメニューはスタート地点からダッシュをして、50m地点に置かれているコーンを折り返す。そして帰りもダッシュをする。30秒休憩しまた走り出す。これを20本行うというメニューだった。

このメニューを行う頃には空はすでに暗くなっている。公立高校であり、ナイター設備も乏しいため薄暗いグラウンドを僕たちは走ることになっていた。

「よーいスタート!」

一つ後ろに並んでいる部員の掛け声で僕は駆け出す。踏み出した前足が地面を強く蹴る。いっきにトップスピードに達した足の回転を落とさず、足音は一定のリズムを刻んでいる。

タッタタッタタッタッタタ

勢いに乗りさらに加速する。身体は風を切り、体の表面がヒリヒリする。風の音で周りと僕の音は遮られる。音が遮断された世界は己との戦いとなり、孤独の世界にとじ込まれたようであった。

もっと速く、もっと、もっと、風を切るように・・・・

スタート時よりいっそう気を引き締める。力が入り、少しバランスを崩すがスピードは落とさない。よろけた足に気を取られていたらゴールの直前であった。勢いのままゴールした。

 ゴールに入ると、切っていた風が止み周りの音が入ってきた。立ち止まった瞬間疲労が顔を見せ、全身の血液が体中を駆け巡る。血管が酸素を取り入れようとしているらしかった。立ち止まった方が疲れると言われているがその通りであると思った。だから少し歩きながら次のスタートを待つ。

 3本目を終え、すでに疲れが見え隠れしている。

「ハアハアハア」

次の一本を待っているが、息が激しくなっている。前がスタートしたため次は自分の走る番である。息を整えながら準備を始める。笛の音と共に僕は走り始めた。


 あの頃は必死に頑張っていたな。


今では大学の空き時間はツイッターに居座り、課題のために夜更かし、体重も5キロ増えてしまった。自堕落な今の自分を高校の頃の僕はどう思うだろうか。


Aと別れを告げたあとの電車の中で自問自答する。電車の窓から見える景色の街の明かりがずっと輝いて見えていた。電車の中の生気がなくなってしまったサラリーマンを見る。まるでいつも自堕落な自分を見ているようであった。(もちろんサラリーマンは仕事を職場で頑張っているので僕よりもずっと偉いのだが)このままじゃきっと駄目になる。走ることは案外いいかもしれないな、そう思った。

重い腰を上げて僕は決心する。


走ってみるか・・・

 

家に帰るとまずは自分のたんすを漁る。高校のときに使っていたグラコンを見つけた。羽織ると肩のあたりは緩くなっているが腹のあたりが突っかかる。鏡を見ると胸のイニシャルが目に入り、高校の頃に戻ったような感覚になった。

 運動する服装に着替えた僕は、そのまま自宅のドアを開け外へ足を踏み出す。戸を開いた瞬間に風が隙間から舞い込み、体に体当たりしてくる。夜の寒さは体に応えるが久しぶりの運動に胸をときめかせていた。

 最初は体が寒さに慣れていないためゆっくりゆっくり歩いた。50mほど歩いてくると寒さに慣れ、体も熱を帯びてくるようになった。街頭を背景に流しながら徐々に足の回転を速めていった。小気味のよいリズムでアスファルトを打ち鳴らしていく。まだ風を切っていない。まだあの頃と同じ走りができていない。僕は足を動かすスピードをさらに上げた。スローモーションに見えた景色の流れも徐々に速まってきた。四方には住宅が並んでおり、家から漏れる灯りが行先を明るく照らしている。さらにスピードが上がると光は線となり、瞼は光に包まれた。目は光で眩み、風は周りの音を遮断する。

部活で走っていたときのことを思い出していた。


この感覚だよ。


僕は風を切っていた。風に当たる皮膚が痺れてくるあの感覚だ。あの頃のように頑張って必死に走っている。それだけで胸が熱くなった。ずっと先に十字路が見える。そこまでは頑張って走ろう。そう思った。

その時だった。


左足に微かに稲妻が走った。


左足を痛めてしまったのだろう。これ以上、無理はできない。左足をかばいながら速度を落としていく。走りを終えるとだんだん疲れが見え始め、息が荒くなってきた。久しぶりに走ったことを忘れて少し無理をしてしまった。今思えば、準備体操も行っていないし足を痛めてしまうことは自業自得だと思う。息切れも足の痛みもあるが、それ以上に体に怠さを感じる。走った距離は300mもないだろう。少し運動しただけでここまで疲れてしまう自分に寂しさを覚える。しかし顔は前を向いている。胸の奥にいた自分と別れることでき、心は晴れている。自分で見てるわけではないからわからないが怠惰な自分には出すことができなかったすっきりとした表情になっていたと思う。


いい夜だった。私を変えてくれたみんなありがとう。そう思い空の大四角形に目をやる。星空は変わった自分を祝福するかのように強く鮮明に輝いていた。


ヒュオーーーーンビューーーーーーー


風が僕に吹きかける。面に出ている様々な場所がヒリヒリする。


気づいてしまった。 

外は寒い。 


だから家に早く帰ろう。


あったかい我が家が僕を待っているだろう。今の僕なら心よく家に受け入れてくれるだろう。

そんな淡い期待を胸に秘め、ここまで来た道を折り返し家に帰ることにした。左足をかばいながら僕はまた夜の街を駆け出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ