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刻舟求剣エッセイ

本屋の思い出

作者: イトウ モリ


 つらいときに自分を救ってくれたのは、偶然手にとった本だった。


 苦しくてしょうがないときに、優しく語りかけてくれたのも、たまたま目についた本だった。


 心が折れそうなときに、立ち上がる強さをわけてくれたのも、やっぱり本だった。



 本って不思議だ。


 本はもしかしたら、人の心が読めるのかもしれない。

 そんなことあるわけないのに、そんなことを信じてしまう僕がいる。



 だって、本はいつだって、そっと呼びかけてくれる。


『今のあなたが探しているのは、私だよ』って。



 その"声"に惹かれて、その本を手に取ると、自分が欲しかった言葉にあふれている。


 どうしてなんだろう。

 どうしてわかるんだろう。


 僕自身だって、自分が何を求めていたのかなんて分からなかったのに。



 何度助けてもらったか、数えきれない。



 誰にも聞こえない僕の悲鳴。

 僕自身にも聞こえない僕の悲鳴。



 本だけには届いていて、本だけが答えてくれた。


 


 そう思わせてくれるような偶然の出会いが、本屋にはあった。



・・・・・



 学生のころ、歩いて行ける距離だけでも、本屋はたくさんあった。


 本屋によって品揃えが違うので、ハシゴするのが楽しかった。


 文庫本であれば、だいたい1時間程度で読み終わるので、下校中に立ち寄ると、とりあえず1冊立ち読みで読了してから家に帰っていた。(買わなくてごめんなさい)


 ちなみにハードカバーの本は、数日かけて読破した。(買わなくてごめんなさい)



 もちろん、立ち読みだけしてたわけじゃない。



 買わずにはいられない本とも出会った。


 誰かに買われる前に絶対に買わなくちゃって思って、ダッシュで家に帰って、財布をひっつかんでチャリ全速力でその本屋に戻ったこともあった。


 そして買ったあと、別の本を立ち読みして帰った。(買わなくてごめんなさい)




 本屋は好きだ。


 たくさんの本たちが、自分を買ってくれる相手を待っている。




 僕は、本に()()()()瞬間が好きだ。



 目に止まった瞬間、自分が呼ばれたことに気づく。



 目が離せなくなって、不思議な引力で、僕をそこから動けなくする。



 手に取ってしまったら最後だ。


 中を見た瞬間、その文字列の(とりこ)になる。


 もう本棚には戻せなくなってしまう。

 どうしても連れて帰りたい。


 だって、そこには僕の欲しい言葉たちがたくさん詰まっているのだから。





 学生のころはお金がないから大変だった。


 買いたい。

 うわあぁ、でも高い。

 帰って親と相談するか。

 でもその前に誰かに買われたらどうしよう。

 ずっと悶々としてると、仕事帰りの親と本屋で出くわす。


 おっしゃあああぁっ! 母上殿! これを何卒お願い申し上げまする!!



 本屋で待ってると、高確率で帰宅中の親と遭遇することができた。



 両親ともに本好きだったから、基本的に文芸作品はおねがいすれば即買ってもらえた。


 恵まれた環境だったと思う。



 本屋には、いい思い出しかない。



・・・・・



 いま、本屋は減っている。


 ネット通販や電子書籍の普及で、小売業としては厳しい局面に立たされている。



 欲しいものが明確である場合、通販の方が早いし確実だ。


 僕自身も、仕事の本はAmazonで購入している。

 医療関係の専門書だと取り扱い店舗が非常に限られてしまうからだ。


 若手の頃は、職場が近かったのもあって、医学書専門書店に月一回は通うようにしていたけど、もう年単位顔を出せていない。



 でも、運命の本と偶然出逢えた時の感動は、本屋で味わうのが一番だと思う。




 僕の生活拠点周辺にも、本屋はなくなってしまった。


 すごくさみしい。




 だけどこの前、久しぶりに有休を取得して遠出をした。

 そして、ずっと行ってみたかったブックラウンジに立ち寄ってみた。



 1日ゆっくり過ごせて、食事もできて、ティータイムも楽しめる。


 建物のいたるところに本があって、椅子もたくさんあった。

 どれをどこで読んでもいいし、気に入った本は購入もできる。



 ……ここに住みたい。


 思わずよだれが出た。





 本に囲まれた空間ってすごく好きだ。


 森の中にいるときみたいな、澄んだ空気を感じる。


 心が浄化していくような、心地よさを感じる。


 すごく幸せなひとときだった。





 きっとこれから先、本屋という形態はブックカフェやブックラウンジのようなものへ変わっていくのだろう。


 本屋が減るのはさみしいけれど、知らない本と出逢える環境が残るのであれば、僕としてはすごく嬉しい。


 素敵なブックラウンジが増えていってほしいと思う。



・・・・・



 そんなブックラウンジで、ゆっくり時間を過ごしていたら、思い出すことがあった。



 昔、どうしても仕事が嫌で嫌でしょうがなくて、脱サラしてカフェを開こうと、本気で勉強していたことがあった。



 店で提供するメニューの試作品もたくさん作ったし、スイーツメニューも研究した。


 外食するたび、使ってる食器や盛り付けとかすごいチェックしていた。


 いろんな数字と格闘してみた。

 単価とか、売価とか、回転率とか、収支とか……。


 ん? あれ? これって今やってる仕事で一番嫌いなやつじゃん。


 あれ? 結局やんなきゃいけないこと、今やってることとおんなじじゃん? って思ったこととか。




 そのときに考えた店名を、いまだにメールアドレスとして使用している。


 いつか自分の店ができたときに使用するためだ。



 店に置いてある本を、時間を気にせずゆっくり読める喫茶店をやりたい。そんな夢がある。


 回転率は最低だけど。笑


 読み切れない分は、ボトルキープみたいに(しおり)キープをしてもらったりして。


 他の人の栞を見つけて、どっちが先に読み終わるか競ってもらったり。


 おすすめの本を喫茶店に置いてもらったりして。


 そんな本好きの集まる、こじんまりした喫茶店をやってみたい。


 



 そんな夢がある。



 コーヒーの香りと共に、素敵な本と出逢ってほしい。



 人生を変える本に。


 勇気をくれる本に。


 優しくなれる本に。


 あなたの世界を、もっと深く、もっと鮮やかなものへと変えてくれる本に。





 そんな手伝いができる場を作りたい。



 晩年はそんなふうに、好きなものに囲まれて、心穏やかに生きたい。



 そんな夢を、実はひっそりと持っている。


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― 新着の感想 ―
[良い点] アナログなもの、面倒なものが駆逐されてますけど、そこにしか無い良さってありますからねー。 今はギターを練習したけりゃ、YouTubeでお手本みながら、ネットでコード表探せばいい。 僕…
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