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Part9 ミス桜花学園

ついにミス桜花学園が始まった!

大勢の歓声、熱気…会場となる体育館は今までにない独特の雰囲気に包まれていた。

私はこの中で、舞台に立って、自分を表現すること…私は、きっとできる!

挿絵(By みてみん)


 昨日の夜あまり眠れなかったけれど、朝起きた時は不思議と眠くなかった。

 逆にずっと興奮状態で、目がパッチリしている。

 授業が始まる前に最後の打ち合わせがあると岸本先生から連絡を受けて、早めに登校した。

 学校の時計はまだ7時30分より前を指していた。

 教室には誰もいない。

 窓の外を覗いて、対面の6組の教室を見てみたけれど、6組も誰もいない。小鳥が中庭で数羽群れて雑草をつついているのが見えただけだった。

 奏ちゃん、そろそろ起きたかな…?

 いつもの「おはよう」チャットは、送ったままずっと既読がつかずにいた。

 奏ちゃんと出会ってから、学校で1人でいることは無くなった。

 窓の外を覗くと、6組の教室の窓際に必ず奏ちゃんが見えて、目が合うと笑顔で手を振ってくれた。

 こうして誰もいない教室に1人でいると、出会う前のことを思い出してしまう。

 ミス桜花学園への参加も、奏ちゃんと出会わなければ、絶対に参加なんてしていない。

 いつものように観覧側から、冷めた目で見ていたんだろうと思う。

 もう二度とあの日の自分には戻りたくない。

 私には奏ちゃんがいる。独りじゃない。

 それに、クラスメイトの紫織ちゃんや綾香ちゃんもいる…。

 急に心細くなった私の心は、少しずつ明かりが灯り始めた。

 私は薄い手提げ鞄をおろして机にひっかけると、そのまま生徒会室へ向かった。

 

「朝早くにゴメンね~。これで全員かな?」

「はい、先生」

 生徒会室に入ると、私以外の生徒は全員揃っていた。全員で9人、ちょうど1年から3年生までの各学年で3人ずつの参加となっていた。学年問わず、みんな緊張した表情をしていた。担当の岸本先生の横で、二条会長が生徒の数を指で数えていた。

「今日はあなた達のハレの舞台よ。元々は生徒会が企画した生徒だけのイベントだったんだけど、今では学校や父兄、社会までも巻き込んだビッグイベントになっているわ。でもあまり緊張し過ぎず、楽しんでいこう!」

 ガチガチの空気感の中、先生は部活のコーチのようにみんなを励ました。その後、みんなで体育館へ行き、朝練の部活動をしている横で、進行の最終チェックを行った。

 時間が刻々と迫るたびに、緊張が増してきた。

 正直、逃げてもいいなら、逃げ出したい気持ちだった。

 私の頭の中は、早く無事にミス桜花が終わることだけを祈るばかりだった。


 今日は午後から雨予報で、弱い雨が降る中、二条会長の冒頭挨拶を皮切りにそれは始まった。

 出番は1年生からスタート、私は3番目。

 授業が終わって体育館に集められた生徒達は、夕方過ぎて夜も近いのに興奮気味だった。

 舞台袖から生徒達の顔が見える。体育館は全体的に暗かったけれど、一人ひとりの顔ははっきり見えた。

 出場者はみんな無口で、自分と戦っていた。この特別な舞台、絶対に失敗できない…と。

「それじゃあローレンさん、頑張ってね!」

「ハイ!」

 岸本先生に背中を押されて、トップバッターのローレン友里子ちゃんが舞台へ進む。

 友里子ちゃんはすごく緊張していたけれど、凛として前を向いていた。

 本人が舞台に見えた時、生徒達から歓声が上がった。

 特に所属する4組からの応援もあったけれど、全体が湧き上がっていた。

「すごい歓声…」

 隣りにいた片桐ララちゃんは固唾を飲んで見守っていた。

 私にもあんな歓声、あるのかな…。

 人気のない私に。

 そう思うと、突然またすごく不安になった。

 最悪のシチュエーションが頭をよぎった。今まで湧き上がっていた会場が、私の登場によって突然冷めて静かになる場面を…。

「神様…!」

 祈らずにはいられなかった。

 歓声の中、悠々と踊る友里子ちゃん。とても楽しそう。まるでもう彼女に決まったかのような雰囲気があった。

 こんな中で私が出ていくなんて…無理。

 友里子ちゃんの次はララちゃん、その次が私。ララちゃんも人気者だから、きっと同じような歓声の中で上手な歌を無事に披露すると思う。

 そしてその次にやる私は…。

「ありがとうございました!」

 あっという間に友里子ちゃんの持ち時間は終わり、舞台袖に戻ってきた。

「はぁ…はぁ…ああ~…緊張したッ!」

 運動神経が良い友里子ちゃんが、たった1分もない時間踊っただけで息が切れていた。

 友里子ちゃんは緊張感がまだ続いている中で、やっと終わったという安堵感が表情に現れていた。

「ララちゃん、頑張って!」

「うん…!」

 極度の緊張感が、お互いにライバル同士なのに不思議な共同認識を作り出していた。まるで同じ戦場で戦う戦友のようだった。

「次は1年3組、片桐ララさんです~!」

 生徒会の司会がララちゃんを呼ぶ。

「頑張ってね!」

「はいッ!」

 ララちゃんも友里子ちゃんと同じように、前を向いて迷いがなかった。

 舞台に本人が登場すると、更に大きな歓声が沸いた。

「すごい…」

 私はもう圧倒されていた。この雰囲気に。

 不安で押し潰されそうになった時、袖から、体育館の一番奥の方に奏ちゃんの姿が見えた。

 奏ちゃんは私に気づいたのか、小さく手を振ってくれた。

「奏ちゃん…!私、やるよ!」

 ララちゃんの素敵な歌声が体育館中に響く。

 私はそれを聴き入って楽しむぐらいの余裕が生まれていた。

 奏ちゃんの存在はそれぐらい私にとって大きな存在だと、あらためて認識した。

「片桐ララさんでした~。ありがとうございました~」

 ララちゃんは深く一礼して、舞台袖に小走りで戻ってきた。

「ああ~っ!終わった~っ!」

 ララちゃんは小さな顔を両手で覆って、その場にうつ伏せにしゃがみこんだ。

 その背中を友里子ちゃんが優しくさすってあげた。

「次はこころちゃんね!頑張って!」

「うん…!」

 奏ちゃんのおかげでさっきまで少し気持ちに余裕があったけれど、また一気に緊張が高まった。

 いよいよ、私…!

 自信を持て!という知床香澄先輩の言葉が一瞬頭をよぎった。

 うん、私ならできる!

 だって奏ちゃんと一緒にあんなに練習したんだから!

「それでは次、1年1組、夕凪こころさんです~!」

「こころちゃん、頑張って!」

「はい…!」

 舞台袖から一気に走って、舞台センターのマイクまでたどり着くと、体育館の天井からの強いライトで、あんなによく見えていた体育館内が舞台上からほとんど見えなかった。

 私の登場によって、観覧席から拍手が起きた。

 拍手が鳴り終わらないまま、私はマイクを持って自己紹介をしようとしたとき、一瞬で頭が真っ白になった。

 あ…。

 えっ…?


 …。

 最初に何を話すんだっけ…?


 全然思い出せない…。

 どうして…?

 ここにきて、本当は自分の事が話したくないの…?


「頑張ってー!」

 私の沈黙によって体育館は静まり返り、その沈黙を破るように1人の少女の声援が館内に響いた。声の主は、紫織ちゃんだった。

「わ…私は1年1組の夕凪こころと言います…」

 何とか絞り出した言葉。

 私はここに何しに来たの…?

 不甲斐ない自分に怒りを覚えた。

 そのままのこころちゃんでいいよ、と文字にしてくれた奏ちゃんの笑顔をふと思い出した。すると、スラスラと言葉が出てき出した。でもそれは事前に何回も練習した台詞じゃなかった。

「私は桜花学園に入学して、しばらくずっと友達が出来ませんでした。いつも寂しい気持ちで校舎の外を眺めていたら、1人の素敵な少女と出会いました。彼女は生まれつき声が出ないけれど、アイドルになりたいという夢がありました。夢もやりたいことも何もない私は、彼女のことが羨ましく思うのと同時に、彼女の夢を叶えたいと思うようになりました。私は彼女、彼女は私。2人で練習したこの歌を聴いて下さい」


 暗闇の中で

 膝を抱えて

 怯える心と

 震える身体


 弱い自分から

 抜け出したいと

 一筋の光

 掴みたいよ


 動き出した夢抱いて

 心強く

 未完成のパズルは

 ピース埋めて



 …。

 パチパチパチ…。

 歌い終わると、沈黙の中で小さな拍手が聞こえ、次第に大きくなった。

「ありがとうございました!」

 私は深く一礼すると、司会の案内を待たずに舞台袖まで歩いて戻った。

 やった…!

 何とか乗り越えた、私…!

 前の2人ほどの歓声なんて全然なかったけれど、それでもいい。

 ちゃんと舞台に立って、自分を出せたことが私にとって1番の成果。

「おつかれさま。すごくよかったよ!」

 岸本先生は優しく声をかけてくれた。

「ありがとう…ございます」

 私は自分の声が震えていることに、今気が付いた。

「こころちゃん、素敵だったよ」

 友里子ちゃんとララちゃんは、私の手を取って無事に終わったことを喜んだ。

「こころちゃんの話、私聴き入っちゃった」

 ララちゃんは私の目を見て言った。嘘じゃないらしかった。

「うん、私も。なんか素敵だな~って」

 友里子ちゃんも同じような感想を言った。

「あ…うん、そうかな…ありがとう」

 私の気持ちが2人に伝わったみたいで、嬉しかった。


 その時、舞台裏に走ってきた1人の影。

 薄暗いライトに当てられた顔の主は、紫織ちゃんだった。

 全速力で走ってきたようで、息が切れていた。周り暗いせいか、表情が青ざめて見えた。

「奏ちゃんが…!」

 えっ…?

 青ざめた紫織ちゃんから発しようしている言葉に、とても嫌な予感がした。

 理由はない。だけど、とても嫌な予感…というより、直感だった。直感が稲妻となり、体の中を走った。

「奏ちゃんが…自殺したって…!」


 え…


 奏ちゃんが…?


 何…?


 奏ちゃんと聞いて、体育館の奥で手を振ってくれた姿を思い出した。

「奏ちゃん…?だって今、後ろの方で…」

「今日はお休みだよ…!」

 紫織ちゃんが何を言っているのか、全然理解できなかった。

 大音量で響いていた館内の音が私には何も聞こえず、降り続く弱い雨音だけがかすかに響いていた。

ご愛読ありがとうございました!


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