Part8 1次選考
ついに1次選考が始まる。
当日を前に、担当先生と生徒会長の2人で候補者を見て問題がないかどうかを確認する。
落選もあり得るこの選考を前に、私は何故かあまり緊張していなかった。
ミス桜花学園、1次選考当日。
奏ちゃんからの「頑張ってね」というスマホメッセージを再び読んでから、選考会場の生徒会室のドアに手をかけた。
私は何故か直前まで全く緊張していなかった。それまで奏ちゃんと十分練習して、心配がなかったからかもしれない。でも、他のミス桜花候補者と会った時、緊張が一気に高まりだした。
同じ1年生で候補者は私含めて3人、紫織ちゃんの事前情報通りだった。予定時刻に生徒会室に行くと、他の2人はすでに到着して用意されていた椅子に着席していた。
「夕凪さんね、ヨロシク」
私の姿を見ると、椅子から立ち上がって気さくに握手をしようとしたのは、4組のローレン友里子ちゃんだった。フランス人と日本人の両親をもつハーフ人種の子で、お人形のような可愛らしい顔をしていて学校では有名だった。
「あ…よ、よろしく」
いつも遠くから可愛いなって見ていた本人が、目の前で私に握手を求めている。あらためて、何となく場違いなところに来たと感じた。
「よろしく…」
もう1人の候補者の3組片桐ララちゃんは、やや硬い表情で座ったまま会釈だけした。ララちゃんは合唱部で歌がとても上手く、次期部長候補としても有力らしい。顔も可愛く、他の部員から人気がある。
2人とも他の生徒とは一線を画した人気生徒。一方の私は、友達が少ないただの普通の生徒…その違いは明らかだった。
急に緊張感でいっぱいになった私は、落ち着かないまま着席していた。
「みんな揃っているようね」
急にガラッと勢いよく部屋のドアが開くと、生徒会担当の岸本先生が部屋に入ってきた。その後ろには生徒会長の二条先輩もいた。
「今日は1年生の1次選考ね。…どうしたの?夕凪さん、顔色があまり良くないわね」
岸本先生はその綺麗な目で私を見ると、カチカチに硬くなっていた表情を見て言った。
「あ…すみません、大丈夫です」
「クスっ…」
後ろに控えていた二条会長が、左手の人差し指を少し折り曲げて、唇に当てながら上品に笑った。
「分かりますわ。わたくしも1年生の時それぐらい緊張していましたもん」
二条会長は現在3年生。1年生の時、ミス桜花に応募して見事勝ち取った経歴を持つ。スラリとした華奢な身体に、可愛く結んだおさけの髪型が特徴だ。
「そんなに緊張しなくていいのよ、夕凪さん。それに2人も。今日は選考と言っても、落としたりしないから。余程のことがない限りね」
岸本先生と二条会長は並んでいた奥の席に座り、机に綺麗に書類を出した。
「じゃあ早速始めるわね。誰からいく~?」
軽い感じで言って3人を見る先生。岸本先生は若くて綺麗で、どんな生徒でも気さくに話しかけるところが生徒ウケして、人気のある先生。
「私からヨロシイでしょうか?」
ローレン友里子ちゃんがワンテンポ置いて、スッと手を挙げた。
「あ、じゃあ次私!」
片桐ララちゃんは急いで次に続いた。
私だけ…手を挙げてない…。
「じゃあ最後は夕凪さんね?最後だけどいいかな?」
「はい…大丈夫です」
今更だけど、先に手を挙げて終わらせた方が楽なのかな?なんて考えた。
緊張のし過ぎで苦痛で、いつの間にかこの選考会を終わらせることだけを考えていた。
「夕凪さん…ホントに大丈夫?顔色、悪いよ?帰ってもいいんだよ」
先生は机越しに私の顔を覗いた。
逃げたいけど…ここで逃げたら、元も子もない。そう思った。
チャレンジすることが、大事…!
頭の中で、応援してくれる奏ちゃんや紫織ちゃんの顔がフッと思い浮かんだ。
そうだ…私、ひとりじゃないんだ…!
「大丈夫です!私、頑張ります!」
「急に元気になったね…じゃあそのまま進めるよ。ローレンさん、前に出てくれる?」
「ハイっ!」
大きな声で返事をすると、私達が座っていた席の前の広いスペースに一人で立ち、深く礼をした。始まりの合図だった。
「1年4組、ローレン友里子です。私はフランス人の父親と…」
ついに始まった!
私は友里子ちゃんの後ろ姿を見つめる。
数分後には、私は同じようにあの位置に立ち、自己アピールを行う…。
「ではフランス語とイタリア語で自己紹介をします」
日本語で自己紹介が終わると、友里子ちゃんは流暢な発音でフランス語とイタリア語であらためて自己紹介をし出した。何を言っているのか全然分からないけれど、流暢な西洋の発音でまるで歌うように話す友里子ちゃんの品位が一気に上がったように感じた。
「すごい…!」
思わず見とれてしまった…。
「はい、そこまで!ローレンさん、ありがとう!」
イタリア語の自己紹介が終わったところでタイムアップとなり、終了した。
友里子ちゃんは、ふぅっと一息ついた。
堂々と話していた友里子ちゃんでも、やっぱり緊張していたらしい。
「素晴らしいフランス語、イタリア語だったわ」
岸本先生と二条会長は一緒に友里子ちゃんに向かって拍手をした。
「ありがとうございます」
友里子ちゃんも終わって安心したのか、ニコリと笑って応えた。
「じゃあ次、片桐さんね」
「はいっ!」
ララちゃんは緊張した表情で、でもしっかりとした足取りで歩き、友里子ちゃんと入れ替わってスペースの真ん中に立った。
「片桐ララ、歌います…!」
ララちゃんは自己紹介を飛ばして、急に歌い出した。
目を閉じて、静かに…優しいメロディで、知らない歌。
だけど心地いい歌声で、思わず聞き入ってしまう。
先生と会長も、この場にいる全員が何も言わずに聞き入っていた。
ちょうど歌の終わりとともに、制限時間がきたみたいだった。
ララちゃんは歌い終わると、ゆっくりと口を閉じた。
「さすがね、片桐さん。とても上手だった。自己紹介がなかったけれど、問題なさそうね」
パチパチパチと拍手する先生。
「ありがとうございます」
ララちゃんは一礼して後ろに下がった。
次は…私…!
そう思った瞬間、緊張が頂点に達した。
前2人の素晴らしい自己アピールに思わず見とれて、聞き入ってしまったけれど、ついに自分の番が来たとき、恥ずかしさでいっぱいになった。急に自信が無くなった。
「じゃあ次、夕凪さん」
呼ばれた…!
「ばい…!」
今更引き返せない。もう、やることをやるだけ。
奏ちゃんの心配そうな顔が、頭をよぎった。
奏ちゃん…。
私、やるよ…!
「1年1組、夕凪こころと言います」
緊張し過ぎて、話している自分と心の中の自分が分離して、自分が自分でないような感覚を覚えた。今話しているのは私であって、私ではない…そんな感覚。たぶん、表情はカチカチに硬くて、声も震えている。
「…歌います。カラフルダイアリーで「Rainy alone」」
泣き続けた夜
誰もいなくて
私、濡らす雨
冷たい…
立ちつくしたまま
雨音だけが
私の心を
慰めたの
モノクロの夢抱いて
眠るように
未完成のパズルは
欠けたままで
「ありがとう!夕凪さん!」
気が付くと、岸本先生と二条会長は笑顔で拍手をしてくれていた。
「あ…ありがとうございます」
「ちょっと時間オーバーしちゃったけど、全然問題ないわ」
やっと、終わった…。
張り詰めた緊張が一気に解け、脱力感と達成感の両方でいっぱいになった。
「素晴らしかったけど、敢えて一言いうなら、緊張し過ぎね。表情がガッチガチだったから、もっと笑顔で歌った方がいいね」
岸本先生は暖かい笑顔でアドバイスをしてくれた。
「まあ仕方ないわね。よく頑張ったと思うわ」
二条会長も同じように笑顔だった。
「3人とも特に問題なし…っと。みんな、お疲れさま!それぞれとても素晴らしかったよ。後は当日、頑張ってね!」
岸本先生が締めたあと、候補者3人は生徒会室を出た。
「はぁ…終わったーっ!」
両腕を上に挙げて、大きく伸びをした。
終わったという実感はあるけれど、まだ緊張が解けきっておらず、緊張感が残っていた。
私が終わるの6組の教室で1人で待っていた奏ちゃんと合流した。
「おつかれさま。どうだった?」
私の顔を見るなり、駆け寄ってすぐにスマホ画面を見せた。奏ちゃんも結果を心配して、少し硬い表情をしていた。
「何とか合格…」
「…!」
それを聞いた瞬間、奏ちゃんは私の手を握り、ぴょんぴょん飛び跳ねた。
私もそれを見てやっと実感が沸いて、嬉しくなって同じように飛び跳ねた。
奏ちゃんのとびきりの笑顔が、私を癒してくれた。
「やった!やった!」
うんうん、と何回も頷く奏ちゃん。
「ただの1次選考だけど、とりあえずよかった…」
「あとは、明後日の本番を待つだけ」
ミス桜花学園の開催準備は着々と進んでいた。生徒会を中心に実行委員会が組織され、何ヶ月も前から少しずつ準備されている。私は準備されたそのステージに立ち、披露するだけ。
「大丈夫、大丈夫だよ」
奏ちゃんは私の目を見ていた。
「うん、今日の選考でやってみて、少し安心したよ。やっぱり他の2人はすごい人ばかりだけど、私は負けてもいいと思ってる。やるだけのことをやって、「自分」を出せれば、それはそれで私は合格!」
私は大きなチャレンジをした。このことは、きっと一生忘れることはないと思う。
奏ちゃんは、うんうんと何回も頷いていた。
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