Part7 先輩
ミス桜花学園選考会まで残り10日。
期日が迫っているのにあまり緊張感なく過ごしていた私は、突然、現ミス桜花学園の先輩に会うこととなった。その機会をつくってくれた紫織ちゃんは、前から私のために準備をしてくれていた…。
ミス桜花学園選考会まで残り10日を切った。明日、その1次審査がある。1次審査はイベント担当の先生と生徒会が、出場者の確認のために行う場であり、余程のことがない限り落選したりしない。ただ、今までやってきたことをはじめて「評価」される場面であることは間違いない。どうせやるなら、自己満足で終わらず、何かが相手に伝わるようなことをしたい。
歌もダンスも一通りできるようになり、奏ちゃんとの練習時間も少なくなっていた。私は授業が終わると6組の教室へ行き、奏ちゃんと一緒に漫画を読んだり、スマホアプリゲームをやったり、日にちが迫っているにも関わらずのんびりしていた。
「昨日、キノコ取れたよ!」
奏ちゃんは嬉しそうにスマホ画面を見せた。食べるキノコではなく、スマホゲーム「ハッピーガーデン」に登場するレアアイテムのこと。
「すごいっ!どこにあったの?」
「ステージ9の未知なる洞窟の中」
このゴールデンキノコを取ると、コインがたくさん増え、ガチャをまわすことができる。毎日出現する場所が違い、SNSでプレイヤー同士その話題で盛り上がる。
「いいなー、いいなー」
私はハッピーガーデンを起動し、ゴールデンキノコを探し始めた。教室の時計は午後6時を少し過ぎていた。
「こころちゃん、ちょっといい?」
教室の外から突然声が聞こえた。振り向くと、紫織ちゃんが立っていた。
「紫織ちゃん!どうしたの?」
私と奏ちゃんしかいない教室の空気が、突然変わる。奏ちゃんは紫織ちゃんの方を振り向かず、スマホをいじっていた。
「香澄先輩が会ってくれるって言ってるけど、行かない?」
「えっ⁉」
今朝、前回ミス桜花学園に入賞したダンス部部長、2年生の知床香澄先輩がアドバイスをくれるかもしれないと紫織ちゃんが言っていた。まさか本当に会ってくれるとは思わず、そのことは奏ちゃんには言っていなかった。
「本当…?」
「うん、今から少しの時間だけならって…」
紫織ちゃんは走ってきたのか、少し息が切れていた。紫織ちゃんが私のために確保してくれた貴重な機会。でも私が行くと奏ちゃんはこの教室に取り残されてしまう。全く面識のない先輩に、奏ちゃんと2人で行くのはちょっと気が引けた。
「行っていいよ」
奏ちゃんは私の袖を引っ張ると、そう伝えた。
「でも…」
「私は先に帰ってるね」
奏ちゃんはニコリと笑うと、静かに帰る準備をしだした。
紫織ちゃんはそのやり取りを無言で見つめている。
「…ごめん、ありがとう」
「大丈夫、頑張ってね」
奏ちゃんは軽く手を振って、教室から出て行った。
かすかに外から、遠くでソフトボール部の練習する声が聞こえる。
誰もいなくなった6組の教室が、こんなに静かだったことに今更気がついた。
「行こう」
「あ…うん」
紫織ちゃんに促されて、私も荷物をまとめる。
これから先輩に歌や踊りを見てもらうかもしれない。そう思うとすごく緊張してきた。
私達は6組を離れて、ダンス部の部室へ向かった。
「紫織ちゃん、ありがとう」
急ぐ紫織ちゃんの後ろ姿に、声をかけた。
「ううん、大丈夫」
歩きながら振り返って微笑んだ。
ダンス部の部室は、グラウンドの隅に建てられている小さな2階建別棟の一室にあった。桜花学園各部の部室がこの棟に集約されていて、名前もその通り「部室棟」だった。
紫織ちゃんはダンス部と書かれたプレートが付いているドアの前に立ち、コンコンと小さく、でもはっきりとノックをした。
「入れ」
中から声がした。ちょっとハスキーがかった、低い声だった。
「失礼します」
少し緊張したような声で紫織ちゃんは言って、静かにドアを開けて入室した。
「し…失礼します」
私も後に続いて中に入った。
「キミが夕凪こころさん?」
部室の奥で、机の前で腕組みをして、片足を組んで座る1人の美少女。他に生徒はいない。短髪に切れ長の目は、その性格を物語っていたけれど、どこか清々しさがある。短髪のせいか顔が小さく、細身でスタイルも良く見えた。
「は…はい!そうです」
「ふ~ん…思っていたより地味なタイプだな」
香澄先輩は組んでいた腕を解いて、机に頬杖ついた。
「ふっ…緊張し過ぎだろう」
私が緊張のために棒立ちしているのを見て、少し笑った。
この人がミス桜花学園…。
受賞するだけあって、その風格が備わっていた。
「ミス桜花学園は、生徒会長と並ぶ、この学校の顔だからな」
「はい…」
何となく分かっていたけれど、面と向かって言われると何か自信なくなってくるな…。
その覚悟は、私にはない。参加することだけを考えてた。
「わたしの前でそんなオドオドしていては、本番なんてボロボロだぞ?」
「はい…」
フッと先輩は鼻で笑った。
「まあいい。参加する度胸だけでも大したもんだ。紫織だって参加するかどうか迷っていたもんな」
「先輩…!そう…ですけど…」
隣りに立っていた紫織ちゃんの顔が赤くなった。
「自分は参加できなかった代わりに、夕凪に頑張ってもらおうってやつか。いい友達を持ったもんだな、夕凪」
いい友達…。
確かに紫織ちゃんは私にはもったいないぐらい、いい友達。
「わたしが一つだけアドバイスできるとしたら、本番で恥をかかないために心構えだけ一つ…」
言いながら、椅子から立ち上がった。
「本番では小さな失敗は気にするな。わたしだって小さな失敗はいくつもあった。だけど、自信を持ってそれを微塵も顔に出さないことだ。桜花学園の代表として、恥ずかしくない生徒ですと胸張って主張しろ。それに値するかどうかは自分ではない他人が決める。それだけだ」
先輩は一年生の時、そんな心構えで挑んでいたのか…。
私、落ちたな…。
「どうした、夕凪。自信を持てと言ったろ?」
ポンポンっと軽く肩を叩く。
「は…はい。ありがとうございます!」
「先輩、ありがとうございました」
紫織ちゃんと私は深く一礼、部室を出ようとした。
「頑張れよ」
先輩が、最後に後ろから声をかけてくれた。
「は…はい、頑張ります!失礼します」
私と紫織ちゃんはもう一度一礼して、部室を後にした。
「緊張した~」
部室棟を離れて校門まで来たとき、やっと緊張が解けた。
「先輩はオーラがハンパないからね」
紫織ちゃんは自分の身内を自慢するように言った。
「ダンス部の部長で頭も良くて美少女。まさに完璧少女だもん」
そうなんだ…。
やっぱりそういう人じゃないとなれないんだ、ミス桜花。
「でも先輩は、一年生の時はあんな性格じゃなかったみたい。こころちゃんみたいに…大人しい性格だったみたい」
「そうなの?」
「うん。でもミス桜花学園に応募して頑張った結果、いつの間にかああいうオーラのある人格が備わったって、香澄先輩をよく知る他の先輩が言ってた」
そっか…。
性格って変わるんだね。
「だから香澄先輩も昔の自分とこころちゃんを重ねたんじゃないかな。あの一瞬で」
「そっかぁ…じゃあ頑張ろうかな」
頑張らないと、何だか先輩にも申し訳ない気がしてきた。
「うん、頑張ろう!」
紫織ちゃんは私の手を握って、笑顔で言った。
その手は温かくて、柔らかかった。
「受賞できるよ!きっと!」
「う…うん!」
手を繋いだまま距離が近い紫織ちゃんに少し戸惑いながら、一緒に帰宅した。
その日の夜、奏ちゃんから何も連絡がなかった。
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