Part6 クラスメイト
紫織ちゃん、真奈ちゃん、綾香ちゃん、瑠璃ちゃん。
クラスメイトの4人グループに仲間入りできた私は、孤独なクラス生活から一変した。
「もう寂しい思いはしたくない」私の中にある思いは、それだけだった。
桜花学園には食堂があり、大抵の学生はここで友達と一緒にご飯を食べる。メニューは少なく、基本的に日替わりメニューだけれど、和食から洋食までパターンは何通りもあって飽きることはない。学年、クラス問わず集まれるから、学生達の交流の時間でもある。わざわざお弁当を持参して食堂で食べる生徒もいる。食堂で食べない生徒は、教室でお弁当を食べるけれど、少数であり、お弁当を教室で一人で食べていると「友達がいない人」というレッテルが張られる空気感があって、みんなそれはなるべく避けるようにしている。私はいつも奏ちゃんのいる6組まで足を運び、奏ちゃんと一緒に食べていた。
「こころちゃん、今日一緒に食堂行こうよ」
3時限目の授業が終わると、紫織ちゃんはクラスメイトの綾香ちゃんと一緒に私を誘ってくれた。綾香ちゃんは大人しくて目立たないタイプだけれど、友達はいて紫織ちゃんのグループと一緒にいることが多い。綾香ちゃんとはまだまともに話したことはないけれど、紫織ちゃんと一緒ならいいかな。もしかしたら友達になってくれるかもしれないし…。でも、奏ちゃんはいつも通り私が来るのを待っていてくれると思うけど、どうしよう…。
「あ…何か用事とかあるならいいんだけど…」
紫織ちゃんは私がすぐに返答をしないから、何か行けない理由があるかもしれないと思ったらしい。
でもここで断ったら紫織ちゃんはもう食堂に誘ってくれないかもしれない…。食堂、入学してまだクラスメイトと一緒に1回も行ったことない、憧れの場所…!
「ううん、用事はないよ。一緒に食堂行こっ!」
「よかった!じゃあ授業が終わったらまた来るね」
笑顔が戻った紫織ちゃんは、綾香ちゃんと一緒に自分の席へ戻っていった。
ああ…行くって言っちゃった…。
今更引き返せない。
奏ちゃん…ごめん、今日だけは食堂に行くよ。でも、今日だけだから…。
奏ちゃんが悲しそうな顔をして、一人でお弁当を食べる姿が目に浮かぶ…。
今日は食堂に行くって連絡しよう…。
私はスマホを起動したけれど、なかなか文字が打てなかった。
「全然大丈夫。帰りは練習できるよね?」
奏ちゃんからの返信。4時限目がもうすぐ始まる。
「ありがとう。本当にごめん。帰りはいつも通り練習できるよ!また帰りね!」
返信を打った後、先生が入ってきたからスマホを鞄の中へしまった。
全然大丈夫…奏ちゃんはそう返信してくれた。
「昨日の「まるかじり」みたー?」
真奈ちゃんは頼んだ日替わりAランチのハンバーグをパクリと一口食べながら言った。
「みたみたー!超笑ったー!」
真奈ちゃんの隣りに座った瑠璃ちゃんは、同じくAランチのコーンスープにスプーンをつけて食べようとしていた。同じ席に座った紫織ちゃん、綾香ちゃん、真奈ちゃん、瑠璃ちゃんの4人は、4種類ある日替わりランチの中で、4人とも同じAランチを頼んでいた。まるでみんな同じものを頼まないといけないように。「まるかじり」とは、「日本まるかじり」というTVのバラエティ番組で、人気芸人とイケメン俳優が出て若い女性に人気のある番組らしいけれど、私はそういうものには一切興味がない。
「俊太くん、イケメンだったよね」
綾香ちゃんは控えめに言った。大人しそうな綾香ちゃんがイケメン俳優に興味があるなんて。
「だよねー!あたし、俊太くんみたいな人と結婚したいなー!」
真奈ちゃんは周りを気にすることなく、大きな声を出して頷いた。
「こころちゃんは?」
きた…!
紫織ちゃんはしばらく黙っていた私のことが気になったのか、話題を私に振った。
「私も…みたよ。俊太くん、かっこよかった」
「だよねー!」
咄嗟に嘘をついた。
真奈ちゃんは私の返答にも大きく相槌を打った。
紫織ちゃんはどこか安心したように、会話を続ける。
私が嘘をついたことに、誰も気づいていない。いや、気づいているかもしれないけれど、そんなことより私がこの会話に同調したことの方が重要なのかもしれなかった。瑠璃ちゃんは真奈ちゃんと同じように頷いていた。
大体真奈ちゃんと瑠璃ちゃんが会話をリードし、紫織ちゃんと綾香ちゃんがたまに口を挟む程度であまり話さない、というこのグループの会話の傾向が見えてきた。私は会話を楽しむ余裕なんて全くなくて、知らない俳優の話題が来ないように、静かに祈っていたぐらいだった。
流行に敏感なクラスの女の子達は、大抵同じような話題でいつも盛り上がっているのを、いつも教室の隅で聞いていた。それぞれみんな趣味が違うし、マイナーな話をしてもみんな盛り上がらないのは分かっている。でも、かといって興味のないメジャーな話に無理矢理ついていくのは苦痛だった。
「じゃあまたね」
「バイバーイ」
下校の準備をゆっくりしていた私に、昨日と同じように紫織ちゃんと真奈ちゃん、瑠璃ちゃんが挨拶をして先に帰っていく。今まで私に挨拶をしてくれる子なんて1人もいなかったのに。真奈ちゃんと瑠璃ちゃんはバスケ部、紫織ちゃんは生徒会に行く用事があって、先に教室を出た。
「こころちゃん、ここいい?」
綾香ちゃんは私の前の席が空いていたから、そこに座っていいか聞いた。綾香ちゃんは私と同じでどこの部活にも所属していなかった。帰りの準備は終わっていたみたいだった。
「うん、いいよ」
「こころちゃんっていつも本読んでるけど、どういう本読んでるの?」
かけていた丸い眼鏡を右手でクイっと上げて、綾香ちゃんは聞いた。度がきつそうなその丸い眼鏡は、まんまるの大きな綾香ちゃんの瞳を更に大きくさせていて、可愛かった。綾香ちゃんと2人きりで話すのは初めてだった。
「漫画だよ」
私は素直に答えた。綾香ちゃんは他の3人と比べて大人しく、なんとなく「波長」のようなものが合うのが、綾香ちゃんのように思えた。話していても、そんなに違和感はない。
「漫画なんだね。いつも熱心に読んでるから何かの参考書かと思ったよ」
あははっと綾香ちゃんは声を出して笑った。普段他の3人と一緒にいる時には見せない、素直な笑顔だった。同調と相槌が混じった作り笑いのようなぎこちない笑いは、そこにはなかった。
「私も漫画好きだよ。「十字の誓い」とか「サスペンスデイ」とか」
十字の誓いとサスペンスデイは少女コミックではなく、大人が読むミステリー系の漫画だった。綾香ちゃんはフワフワした少女系の漫画ではなく、そういうゴリゴリのマニアックな漫画が好きみたいだった。
「ごめん、全然分かんない…」
お昼時間は咄嗟に嘘をつけたけれど、1対1で話すと何故か嘘はつけなかった。お互いに目が合っていて、同調するよりも本音で話す方が大事に思われた。
「そっかー…あ、じゃあ貸してあげる。好き嫌いは分かれるから、おもしろくなかったらすぐ返してもらっていいから」
ゴソゴソと鞄の中に手を入れて、十字の誓い1巻を取り出した。
「えっ⁉いいの?」
「うん、面白くないかもしれないけど」
「ううん、面白いよ、きっと!」
その内容よりも、愛用の漫画を貸してくれることの方が嬉しかった。
「私も貸すよ、これ」
私は机の奥にしまってあった少女系の漫画を取り出した。
「えっ?いいの?」
綾香ちゃんは嬉しそうに応えた。
「うん、綾香ちゃんの漫画に比べるとちょっとお子ちゃまだけどね」
「全然いい。私も結構こういうの好きだから」
私達はお互いに漫画を交換した。綾香ちゃんとは趣味が合いそうな気がした。
「ありがとう。じゃあ練習頑張ってね」
綾香ちゃんは手を振って帰っていった。
好きな漫画の交換。私がクラスメイトとやってみたかったことの1つだった。
「あ、いけない!」
奏ちゃんとの約束の時間を少し過ぎていたことに今気がついて、慌てて鞄に教科書をしまって教室を出た。
6組の教室に着いた時、奏ちゃんは1人でいつものように窓際で漫画を読んでいた。
傾きかけた赤色の夕日が、真横から奏ちゃんを照らしていた。
「遅くなってごめん!」
奏ちゃんのもとへ駆け寄った。奏ちゃんは私に気づくと、ニコリと笑って小さく手を振った。
「全然大丈夫だよ」
いつものようにスマホを見せる奏ちゃん。
いつも通りの奏ちゃんの様子に、ちょっとホッとした。
「お昼、来れなくてごめんね」
クラスメイトの5人で食堂に行ったことは、話さなかった。
「うん、大丈夫」
奏ちゃんは昼前に返信をしてくれた言葉通り、全く気にしていない様子でいつものようにミニスピーカーを鞄から取り出した。
「じゃあ練習しよ」
「うん」
私達はいつもの通り練習を始めた。
今日もいろんなことがあった。
紫織ちゃん、真奈ちゃん、綾香ちゃん、瑠璃ちゃんと一緒にお昼を食べて、綾香ちゃんとは漫画を交換した。学校が終わって家に帰っても、グループチャットで会話が続いている。ここ数日で、クラスでの寂しい独りだけの私から、一気に様変わりした。
こんなこと、過去の私には全然想像できなかった。
もう、これでいい。十分満足してる。
このままずっと学校生活が続いてくれればいいと私は思った。
ご愛読ありがとうございました!
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