Part5 エントリー
ミス桜花学園の出場にエントリーした
奏ちゃんと、誰もいない教室で2人きりで練習するのはすごく楽しい
他の桜花学園の生徒達も参加者の噂をして、密かに盛り上がりをみせていた
衣替えをして冬服に戻ると、黒とグレーの地味な制服の色が成長途中の私達を落ち着いた雰囲気にさせる。
桜花中に入学してもう半年も経つのか…。
未だにクラスに友達はいないし、浮いた存在だけれど、私には奏ちゃんがいるから平気。鞄に付けたションボリ猫のキーホルダーが、私が独りじゃないことを証明してくれている…。
制服に袖を通して、いつものように静かに机に座って本を読んでいた。こうして生徒達が部活や帰宅をしたのを見計らって、少なくなった6組の教室へ行って奏ちゃんと会うのがいつもの私のルーチン。奏ちゃんも私の到着を同じように待ってくれている。
授業中、チラチラ視線を感じていた同級生の紫織ちゃんが、私が教室に1人になったのを待っていたかのように待ち伏せして、私の方へ近寄ってきた。もちろん普段はほとんど話さない。何で私を気にしているんだろうって少し疑問に思っていたけれど、あまり気にしないようにしていた。
「ミス桜花学園、出るんですって?」
私の机の横に立つと、真っ直ぐ私の目を見て言った。
紫織ちゃんは学級委員長で、真面目だけど明るい性格でクラスのみんなから人気がある。誰とでも仲良くできて、授業中、仕方なくできたグループで友達のいない私に、気を遣って話を振ってくれることもある、優しい子。私も好感を持っていて、友達になれるのならなりたいと思っている一人だった。
一瞬、私は固まった。
すぐに返事をしようと思ったけれど、緊張して何を言っていいのか分からなくなった。
「あ…ごめん。なんか気に障った?」
私が黙っているのを見て、怒っていると思ったみたい。
そんなわけないよ!
私にせっかく話しかけてくれたのに、怒るだなんて…!
「う…ううん、全然!私、ミス桜花に出るよ」
私の応えを聞いた瞬間、驚いたのと同時に「やっぱりね」というような何かを納得したような表情をした。
「凄いね!1年生ではこころちゃん含めて3人らしいよ」
「そう…なんだ」
学級委員長でもある紫織ちゃんは生徒会と繋がりがあるのか、ミス桜花について詳しかった。ただ私は、他の人の動向にはあまり興味がなかった。
「うん…そうらしいよ。でも…頑張ってね!私、応援してるから」
紫織ちゃんはニコリと笑うと、そのまま教室を出ていってしまった。
応援…してくれる…?
私を…?
ホント…?
紫織ちゃんは優しいから、エントリーすると言った私を、話の流れで応援すると言っただけなのかもしれない…けど、嬉しかった。
紫織ちゃんが私のことを応援してくれるらしい。それが分かっただけでいい。
…はあ、でも緊張したな…。
友達のいない私は、クラスの誰かに話しかけられると、それだけで困惑してうまく会話が出来なくなる。
今みたいに、たとえ何度か話したことのある子でも。
いつからこうなったんだろう…?
ちゃんと会話できてた…?
できてないよね。だって、すぐに返答できなかったし。
紫織ちゃん、緊張してドギマギした話し方で話した私のこと、気持ち悪いって思ったかな?
そんな子じゃないか…たぶん。
奏ちゃん以外の子と、久しぶりに会話したな…。
まだドキドキしてる…。
ブルブルっとスマホのバイブが鳴った。奏ちゃんだ。
スマホの時計を見ると、いつもの待ち合わせ時間をとっくに過ぎていた。
「紫織ちゃんが私のエントリーのこと、知っていたよ」
遅刻したことを奏ちゃんは全く怒らず、さっきの紫織ちゃんとのやり取りの話を、先日買ったという漫画を読みながら聞いていた。その目線を私に戻して、驚いた顔をした。
「なんで?」
「たぶん学級委員長だから、生徒会から聞いたんじゃないかな」
奏ちゃんは「ふーん」というような顔をして、あまり納得のいかないような表情をしていた。
「3人ってことは、あとは誰なんだろう?」
「あ、聞くの忘れちゃった」
忘れるどころか、全然それどころじゃなかったけどね。
「まあ、誰が出ようとも私は私」
エントリーしたメンバーの中から、ミス桜花学園が決まる。競争ではあるけれど、直接お互いに干渉するわけじゃない。自分のできることを、精いっぱいするだけ。
「じゃあ、練習しようか」
「うん」
ミス桜花は、1次選考に担当の先生と生徒会の前で自己アピールをする。自己アピールは、例年簡単な自己紹介と自分の得意なことやアピールできるものを一つ披露する。
自己紹介はもう大丈夫。…たぶん。
それより問題は自分をアピールする「何か」だった。
例年、エントリーした生徒は歌を歌ったり踊ったりするのが多いらしい。
数日前、その「何か」を何にするかで2人で話し合っていた。
「カラフルダイアリーでいいじゃん」
奏ちゃんは目をパチパチさせて、スマホを見せた。それ以外に何かあるの?とその表情は言っていた。ミス桜花に出る本当の目的は、本当の自分をさらけ出すこと…それも含まれていた。自分をさらけ出すというのは簡単なようで難しい。さらけ出した自分を否定されるかもしれないという不安から折れない心の強さも必要。ここで変にかっこつけても出た意味が無くなってしまう。それを奏ちゃんは言いたかったんだと思う…。
「そうだね…それしかないね」
私は早々に観念して、カラフルダイアリーを披露することに決めた。
それから私と奏ちゃんは、授業が終わって教室に誰もいなくなった6組の教室で、カラフルダイアリーの歌と踊りを練習する日々が続いた。奏ちゃんは私のために、一緒に練習に付き合ってくれた。一緒に踊ったり、時にはきついダメ出しもした。いつも傍にいてくれる奏ちゃんが、とてもありがたかった。きっと私一人だったら、不安で心が折れていたと思う。ありがとう、奏ちゃん…。
翌日、授業が終わっていつものように静かに席に着いて本を読んでいると、今度は紫織ちゃんが同じクラスメイトの真奈ちゃんを連れて私の机の前に立った。真奈ちゃんは紫織ちゃんの友達の一人で、よくグループで仲良く話しているのを見かける。明るい性格で、ちょっとフランクな感じが特徴の可愛い子。
「カラフルダイアリー練習してるんだって?」
紫織ちゃんは昨日よりも少し親し気に私に話しかけた…ような気がした。
えっ…?
何で知っているんだろう…?
「うん…そうだけど、どうして?」
「あたし、6組の教室を通った時に、6組の霧雨さんと一緒に踊っているのを見かけたの」
真奈ちゃんは6組の教室で私達が練習しているところを見たことがあるらしかった。
ええっ…⁉
穴があったら入りたいぐらい恥ずかしい…!
「Rany aloneでしょ?あの曲」
「うん、そう」
「どこかのバンドとコラボしたっていう、ちょっとバンドちっくな曲だけど、あたしも好きだな~、あの曲」
私もあの曲好き。ロック調でアイドルの曲としては珍しいけれど、夢に打ちのめされた女の子が立ち上がっていく過程を描いた歌詞が、私の心境に何となく共感できるようなところがあって良い。
真奈ちゃんも同じように好きみたい。
「でもあの振り付け、激しくて難しくない?」
「うん…だけど、好きだから…やってみたくて」
特にサビが終わった後の伴奏部分が難しいけれど、アピール時間はトータルで1分。歌と踊りはサビだけの部分だけでやれば、何とかなるかなって思って選曲した。
真奈ちゃんと紫織ちゃんと、2人とも私と普通に会話してる…。
ミス桜花にエントリーしていなければ、あり得ない光景。
「すごいね、そのチャレンジ精神!あたしにも今度教えてよ!」
「えっ…⁉全然いいけど…」
「やった!嬉しいー!」
好きなことで話が盛り上がるのは楽しいな。
ずっとこうして話していたい。
「ねぇ、連絡先交換しようよ」
真奈ちゃんは番号の載ったスマホ画面を私に気軽に見せた。
紫織ちゃんも真奈ちゃんに合わせて画面を見せた。
連絡先の交換…ってことは…。
「うん」
私もスマホ画面を2人に見せて、アプリに友達登録した。
友達が…増えた!
「じゃあまたね」
「うん、またね」
「練習、頑張ってね!」
「うん、ありがとう」
紫織ちゃんと真奈ちゃんは教室を出て行った。
クラスメイトに、友達が出来た…!
スマホを持った手は、小さく震えていた。
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♪作中音楽「Rainy alone」(唄:巡音ルカ 作詞:村雨修伍 作曲:クロム)
⇨https://www.nicovideo.jp/watch/sm39630570