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Part3 夢中になれるもの

ここにいるみんなは好きなこと、やりたいことがある。

でも私には無い。

何かに夢中になりたい。

そんなこと、考えたこともなかった。

挿絵(By みてみん)


 ファンの間では、ライブ会場のことを「箱」と呼ぶらしい。

 私と奏ちゃんは電車を乗り継いで、都内の箱にたどり着いた。

 収容人数500人ぐらいの小さめの箱で、カラフルダイアリーは毎週日曜日にここでライブを定期的に行っている。この定期的なライブチケットの値段は1枚1000円と安く、高校生や中学生にも来やすいような値段になっていて、入口から列を組んで並んでいるファンは、私達と同年代の子達が大半だった。

「こころちゃん、カラフルデイズ、聴いてきてくれた?」

 身に着けているものが全て青で統一された奏ちゃんは、いつもより興奮気味にスマホ画面を見せた。カラフルデイズという曲は、カラフルダイアリーを象徴する曲の一つで、ファンの間では定番の一曲。サビの部分でファン全員が踊る振り付けまで考えられている。

「聴いたよ!サビの「虹色~」でパンパンね!」

 私はパンパンのところで、手を頭の上にかざして、パンパンと叩いて見せた。

「うんうん!」

 奏ちゃんは大きく頷いて、親指を立ててOKという仕草をした。

「完璧ッ!私、昨日の夜ちゃんと練習したから」

 カラフルデイズはかなりアップテンポな曲だから、練習しないとついていけない。

「あと、2番のサビで「カリンーっ!」って叫ぶんだよ」

 奏ちゃんの目は本気だった。1ミリも冗談なんて入ってない。

 まじか…それはちょっと恥ずかしいな。ファン歴の浅い私には結構ハードルが高い。いや、ファン歴長くてもハードルは高い。そもそも私は人見知りで恥ずかしがり屋の性格だから。

 反応がイマイチ鈍い私に、奏ちゃんは素早いフリックでスマホを見せた。

「大丈夫!私以外知らない人達だし、みんなもやるから!」

 腰に手を当てて断言する奏ちゃん。

「わかった!やる!奏ちゃんの分まで叫ぶ!」

「…!」

 奏ちゃんは私の手を取り、小さく跳んで喜んだ。

 そっかー。

 自分で言って気が付いたけれど、奏ちゃんは大好きなカリンちゃんに声援を送ることができない。

 普段あまり気にしないようにしてるけれど、声が出ないって、私が思ってる以上に悲しい事なのかもしれない。いや、きっとそうだ。可愛い顔の下には、深い悲しみがきっと眠っている…。


 チケットを会場の入り口で渡して入場した私達は、いよいよ入場した。

 箱の中はファンでいっぱいだった。

 薄暗い狭い空間に、カラフルダイアリーの音楽が爆音で流れている。それに合わせて踊っているファンもいるし、黙ってスマホで時間潰ししているファンもいる。分厚い扉1つで外界と完全にシャットダウンされたこの部屋は、独自の小さな世界を作り出していた。

「慣れれば平気」

 周りをキョロキョロして挙動不審な私に奏ちゃんはスマホを見せた。

 これ、慣れるのかな…?

 不安に思っている傍ら、待ち遠しいとばかりにステージを凝視する奏ちゃん。

 その目はまるでご馳走を目の前にした子供のようだった。

 カラフルダイアリーは、奏ちゃんにとってとても大事な存在なんだね。

 奏ちゃんと話していると、急に音楽が止んだ。それと同時にファン達のざわめきも一瞬にして消えた。

「みんなーっ!いっくよーっ!」

 ステージから、聞き慣れた声が響いた。カラフルダイアリーの赤色担当でセンターのユイちゃんの声だ。

「ユイちゃーん!」

 ファン達が一斉に叫ぶ。すると、ステージの幕が一気に上がり、現れたのはカラフルダイアリーの7人だった。会場のボルテージは最高潮に達した。

 横で奏ちゃんも一生懸命手を振る。カリンちゃんはステージの一番端に立っていた。

 カリンちゃんは少し控えめに、みんなに手を振っていた。

 奏ちゃんもカリンちゃんの名前を叫んで振り向いて欲しいに違いない。

 かなり恥ずかしいけど…でもやろう!

 みんなやってるし、知らない人達だもん!

 意を決した私は叫んだ。

「カリンちゃーんっ!」

 叫んだ瞬間、カリンちゃんはこちらをチラリと見た…ような気がした。

 最初の曲は「モーニング☆スター」というファンの間では人気の曲で、開演前までそれぞれバラバラだったファンが一体となって、この曲を聴いて声援を送ったり、一緒に手拍子をしたりしていた。

 私はあまり知らない曲だけど、一生懸命周りを見て、真似して合わせた。

 奏ちゃんも曲に合わせてカリンちゃんに手を振っている。

 ライブって初めて来たけれど、こんな感じなんだ…。

 なんかみんなすごく楽しそうで、テレビで観るより全然違った。

 ステージ上で歌って踊るカラフルダイアリーのメンバーもみんな一生懸命で、可愛かった。

 あんな激しい踊りを歌いながらやるなんて、相当練習したんだろうなぁ…。

 何かに一生懸命になれるってすごいことなんだね。

 私はそういうものが無いから、羨ましい。

 夢中になれるもの。

 没頭できるもの。

 うーん…私って、何が好きなんだろう?

 考えれば考えるほど、底無し沼のようにズブズブと沈んでいく。

 何も思いつかない。

 この箱の中にいる人みんな、カラフルダイアリーという夢中になれるものがある。

 でも私だけ、それがない。

 なんか、私ひとりだけ取り残されたような気がした。

 その時、ツンツンと腕をつつかれて振り向いたら、奏ちゃんが心配そうな顔をしていた。

「具合悪い?」

 奏ちゃんが見せてくれたスマホ。心配そうな顔。薄暗い箱の中でスマホの明かりが少し眩しかった。

 考え事していて、すっかり周りに取り残されてしまっていたみたい。

「大丈夫!ごめんね!」

 私は再び視線をステージに戻した。

 いつの間にかモーニング☆スターが終わり、静かなバラードの曲にうつっていた。


 すごく盛り上がったライブもそろそろ終わりに近づいた頃、カラフルダイアリーのメンバーがステージの中心に集まった。メンバーの真ん中には、赤色担当のユイちゃんではなく、黄色担当のカホちゃんが立っていた。

「皆さん、重大発表があります。2年間一緒に頑張ってきたユキノちゃんですが、今日をもって卒業します」

 突然の発表に、箱の中はどよめいた。

 卒業っていうことは、辞めちゃうの…?

 配色は黄色役のユキノちゃん。あまり詳しくないけど、メンバーの中でも小柄で大人しい感じの子だった。

「ユキノちゃんが卒業だって!」

 奏ちゃんは涙目になり、私に抱きつく。

「皆さん…驚かせてごめんなさい」

 ユキノちゃんがセンターに立ち、話し始めた。どよめいていたファン達は一斉に静かになった。

「カラフルダイアリーも、ファンの皆さんも、それに関係してくださった皆さんも全員大好きです。たった2年間だったけれど、走り続けた2年間、とても長く感じます。オーディションに受かった時のことを、今でも昨日のことのように思い出します」

 涙声で一生懸命話すユキノちゃん。ファンから「頑張って!」という声援が聞こえた。

「私はカラフルダイアリーが全てでした。でも、卒業する時が来ました。これは私自身が決めたことです。最後の最後までワガママなユキノを許してね。皆さん、本当にありがとうございました」

 言い終わるのと同時に深い一礼をするユキノちゃん。

「卒業しないで!」「寂しい!」とかいろいろ声が聞こえた。

 ユキノちゃんの一礼が終わると「カラフルデイズ」がかかった。

「ユキノちゃんをこの曲で、みんなで送り出そう!」

 センターのユイちゃんは、泣くユキノちゃんの手を取り、一緒に踊り出した。

 奏ちゃんも泣いていた。

 私も奏ちゃんの手を握った。

「…!」

 奏ちゃんは振り向いて、顔を上げた。

 声は聞こえないけれど、言いたいことは分かる。

 だって私達、友達だから。

「頑張って応援しよっ!」

 泣き顔の奏ちゃんは笑顔になり、大きく頷いた。



「今日はありがとう」

 帰り道。時間は午後4時をまわっていた。

「私の方こそありがとう。すごく楽しかったよ」

「突然だったから、もしかしたらこころちゃんが楽しめてないんじゃないかって心配だったよ」

 そんなことを心配してたんだね。

「そんなことないよ!私は今日1日、ずっと楽しかったよ」

「そう言ってくれると嬉しい」

 奏ちゃんは嬉しそうに笑顔になった。

「ユキノちゃんの卒業はビックリしたけど…」

「そうだね。私達にはまだ分からないけれど、学業ってそんなに大事なのかな?」

 ユキノちゃんは学業に専念するために卒業を決意したらしかった。

 勉強を頑張って良い大学に進学する。それがいつの間にか、彼女の夢になっていた。

「どうだろう…私も分かんないや」

 やりたいことが一つもない私には、到底分からない問題。

 ただ1つ言えることは、夢を追いかけている人の邪魔をしてはいけないということ。

 本人がそう決めたのなら、それを応援してあげるのが一番良いはずだよね。

「カリンちゃんも、きっといつかは卒業する時が来るんだね」

 奏ちゃんは少し俯いて、切なそうな顔をしていた。

「ううん、分からないよ。卒業しないかもしれないじゃん。80歳のおばあちゃんになってもカラフルデイズを元気に歌ってるかもしれないよ!」

 プッと奏ちゃんは吹き出した。

「うん!可能性はゼロじゃない!」

「虹色~!」

 2人でパンパンっと手拍子。

「あはははっ!次のライブも絶対行こうよ!」

 奏ちゃんはニコリと笑い、頷いた。

 ちょうど太陽が沈む数分前の、幻想的な赤い光が奏ちゃんを覆っていた。

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