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Part2 友達の証

はじめての外出、はじめての買い物、はじめての御飯…

同じ時間、同じ場所、同じモノを共有する。

私には奏ちゃんがいる。かけがえのない友達。

挿絵(By みてみん)


 ザーっという音で目が覚めた。カーテンを開けると、珍しく朝から雨が降っていた。

 起きてすぐスマホをチェック。奏ちゃんからメッセージが届いていた。

「おはよう。こっちでは雨降ってるよ。通り雨かな?」

 奏ちゃんの家の周りでも雨が降っているらしかった。

「こっちも降ってるよ。天気予報では雨なんて出てなかったよね」

 メッセージを送って、しばらく既読が付かないのを待ってから朝の支度をした。

 奏ちゃんと出会ってから、朝必ずスマホをチェックするのが日課になっていた。


 普段オシャレなんてしないけれど、今日は一番オシャレな格好でいこうと決めていた。一緒に歩く奏ちゃんと少しでも釣り合うように。可憐な美少女の奏ちゃんと私ではどう頑張っても釣り合わないのは分かってるんだけどね。

 9時15分。待ち合わせまであと45分。「やっぱり妃きさき様ってカッコいいよね!」という、いつの間にか雨からいつものアニメネタに話題が変わっていた奏ちゃんからのメッセージに返信しようとしていた。朝の準備であたふたしている時に、ふと見たテレビ画面に反射した私の顔は、少し口元がニヤけていたのが分かった。

 今日は奏ちゃんとはじめての外出。もう私には友達は出来ないと絶望していた少し前までの私には、友達と外出なんて想像もつかなかった。

 朝には「おはよう」、夜には「おやすみ」と言ってくれる友達がいる。それだけでこんなにも見える景色が違うだなんて…家を出て歩いていると、雨は止んだのに長靴を履いて元気にスキップする子供が目に入った。ちょうど私もそんな気分だった。

 待ち合わせ5分前に集合場所に着いた。奏ちゃんはもう着いていて、私の到着を待っていた。

 赤いワンピースに白の短いスカート。シンプルなのに何故かオシャレに見えるのは、着ている本人の素材が良いからだよね。スマホに夢中の奏ちゃんはまだ私の接近に気付いてないらしかった。「ハッピーガーデン」というソシャゲをやっているに違いない。

 わざわざ後ろに回り込んで、そろそろと近づく。

「わっ!」

 私は奏ちゃんの後ろから抱きついた。

「…!」

 すごく驚いた表情が可愛かった。

「やめてよー」

 スマホを見せて抗議する奏ちゃん。

 私は両手の人差し指を向かい合わせに上に突き出し、挨拶するように折り曲げた。手話で「おはよう」という意味。

 奏ちゃんも同じように人差し指を曲げて「おはよう」と挨拶してくれた。

 私が覚えた手話はあと「ありがとう」「またね」ぐらいで、まだまだ勉強中。奏ちゃんは「スマホで会話出来るから覚えなくてもいいよ」と言っていたけれど、手話で会話できるならその方が良いに決まってる。

「キノコ取れた?」

 私はメッセージを送る。

「まだ全然取れないよ」

 目の前で奏ちゃんが返信する。

 キノコとは、ソシャゲ「ハッピーガーデン」の中に登場するアイテムで、ゴールデンキノコの通称。これを取るとゲーム内のお金に代わる「コイン」がたくさん増えるのでみんな探しに探しているんだけれど、全然見つからない。それを昨日の夜、奏ちゃんと2人同時プレイで一緒に探していた。

「でも代わりにタケノコ見つけたんだよね」

 奏ちゃんはスマホ画面をハッピーガーデンに切り替えて、シルバータケノコ、通称タケノコをゲットしたところを私に見せた。

「わーっ!すっごーい!」

 思わず大きな声を出してしまった。私と奏ちゃんは一緒に周りを見て、クスクス笑う。誰も私達2人を気にしている人はいなかった。

 タケノコはキノコよりはコインは増えないけれど、希少でこれもみんな探しているアイテムだった。

「あとでどこで取れたか教えてー」

「いいよ」

 奏ちゃんは笑顔で応えた。

 雨が止んだ空に青空が見えて、セミの鳴き声が遠くから聞こえてきていた。


 みんな大好き「ららぽーと」。

 ここは子供遊具から大人が楽しめるシアターまで揃っていて、街の人気買い物スポットの一つ。ここに来れば何でも買え、何でも遊べる。ただし、お金があれば。でもお金が無くてもそれなりに遊べるから、私達みたいな学生もたくさん集まっている。

「ちょっと寄りたいところあるんだけど、先に寄っていい?」

「うん、いいよ」

 奏ちゃんは何か用事があるらしい。スタスタと足早に先を歩く奏ちゃんについて行った。

 北館3階。地味な靴屋さんと雑貨屋さんの間に黄色の下地に赤文字で「タワーレコード」と書いてある看板が目立っていた。

 奏ちゃんは迷わず店内に入っていった。初めて来た私は、知らないアイドルの等身大の立て看板が入り口に堂々と立っていて、少し戸惑った。

 店内にはお客さんはほとんどおらず、新商品の告知音だけが店内に響いていた。

 奏ちゃんはカウンターで、何かチケットのようなものを受け取り、すぐに戻ってきた。

「チケット?」

「そう。カラフルダイアリーのライブチケット」

 奏ちゃんは大事そうにバッグにしまった。

 カラフルダイアリーとは、今人気急上昇中の女子高生アイドルグループのこと。メンバーが7人いて、それぞれ色が割り当てられている。奏ちゃんは特に歌が上手い、配色はブルーの「カレンちゃん」が好きらしい。

 カレンちゃんは周りのメンバーより落ち着いた雰囲気で、どこか大人びていて同性に人気が高い。顔や雰囲気も奏ちゃんに少し似ている。

「タワレコで予約するとこれ貰えるんだよ」

 奏ちゃんはスマホ画面を素早く切り替えた。

 そこにはカレンちゃんのとびきり笑顔の画像が映っていた。

「限定待ち受け!」

「すごーい!」

 奏ちゃんはすごく嬉しそうだった。

「ライブっていつ?」

「来週」

「来週⁉早いね!誰と行くの?」

「私1人」

「1人⁉」

 友達がいないと言っていた奏ちゃん。「それが当然」と言うようにスマホ画面の文字を見せた。

 1人で行くのかぁ…。

 ライブとか行ったことないけれど、ああいうのって1人で行けるものなのかなぁ。

「大丈夫、楽しいから」

 私の疑問に気づいたのか、そう文字を打って、嬉しそうにカレンちゃんの画像を見つめる。

 でもこういうのってきっと友達と行ったら100倍楽しいよね。

「私も行くっ!」

「…⁉」

 今日待ち合わせした時と同じぐらい驚いた顔で、今度は私の顔を見つめる奏ちゃん。

「ホントに?」

「うん、本当」

 カラフルダイアリーはあんまり知らないけど、奏ちゃんと一緒ならどこだっていい。

「嬉しい!」

「きゃっ!」

 奏ちゃんはいきなり抱き着いた。奏ちゃんのサラサラの髪から、シャンプーのいい匂いがした。

「でもこころちゃん、カラフルダイアリー知らないんじゃない?」

「少しなら知ってるよ」

 ほんの少しだけね。曲とかまともに聴いたことないけど…。

「私、CD貸すから聴いてみて」

「うん、ありがとう」

 そもそも「ライブ」って行ったことないけれど、たぶん行けばそれだけで楽しい気がする。たとえそれが知らないグループだったとしても。奏ちゃんと一緒なら尚更だよね。

 ライブに一緒に行って、興奮を一生懸命抑えながらもカレンちゃんを見つめる奏ちゃんを想像していた。

 

 お昼12時過ぎ。

 お腹が減った私達は、4階のフードコートへ来ていた。

 テナントでマクドナルドがあるから、安いハンバーガーを注文して一緒に食べていた。

 話題は再びカラフルダイアリーに移っていた。

「カレンちゃんはね、人一倍頑張ってるんだよ」

 奏ちゃんのマシンガントークが止まらない。そんなにカラフルダイアリーとそのメンバーのカレンちゃんのことが好きだったなんて全然知らなかった。

「カレンちゃん見てると、元気が出てくるんだよ。いつでも元気いっぱいで」

 イチゴのマックシェイクを飲みながらスマホ画面を見せる奏ちゃん。

 確かにカレンちゃんを語っている奏ちゃんのテンションはマックスに近い。

 こんなに好きになれるものがあるなんて羨ましい…そう思った。

 私は好きなものはたくさんあるけれど、何かにのめりこんだり、無我夢中になったりしたことはない。

「こころちゃんは誰が好き?」

「うーん…誰だろう」

 正直言って、カラフルダイアリーは名前を知っている程度で、メンバーの顔や名前もちらほら知っている程度だから、ほとんど知らない。

「みんなまだあまり知らないけど…私もカレンちゃんかなぁ」

 奏ちゃんにどことなく似てるから。

 そんなこと言えないけど。

「だよね!わかる~!」

 テンションマックスの更に上があったみたい。頭を上下にウンウンと何回も頷く。

「私、カレンちゃんソロ曲のデータ持ってるから、聴く?」

 奏ちゃんはワイヤレスイヤフォンをポケットから取り出して、片方のイヤフォンを差し出した。

「うん、聴く!」

 曲は「悲しさは雪のように」という意外としっとりとした曲だった。

 私の横で楽しそうに聞く奏ちゃんが可愛かった。

 カラフルダイアリーのことを話す奏ちゃんが好き。だから私はカラフルダイアリーが好き。

 とても簡単で単純な方程式だった。

 

 お昼ご飯を食べた後、私達はガチャガチャコーナーに足を運んでいた。このコーナーは、ガチャガチャが1テナント分占めていて、全長50センチぐらいのガチャガチャ本体が3段に積まれていて、たぶん合計で100台以上はある。

 可愛い動物系から男の子向けの玩具、大人向けのキーホルダーまでたくさん種類が揃えてあった。お客さんも子供から大人までいろんな人がいた。

「買わないけど、なんか見ちゃうよね」

 奏ちゃんはコーナーをぐるりと見てまわった。アイドルやアニメの缶バッチやグッズモノがあったけれど、残念ながら奏ちゃんが好きなコンテンツはなかった。

「あ、これ可愛くない?」

 それは「猫の日常」というタイトルの、猫が可愛くアニメ調に描かれた小さなマスコットが、人間の生活に見立てていろんな表情をしているキーホルダーフィギュアだった。

「やる?」

「うん、1回だけね」

 奏ちゃんは百円玉を入れて、レバーをガチャガチャと回す。

「…!」

 カタンっと出たのは、猫が怒られてションボリしているフィギュアだった。

 これ、ハズレじゃない…?

「可愛い!」

 奏ちゃん的にはアタリだったみたいで、喜んでいた。

 確かによくよく見ると、ちょっとシュールで可愛い。

「私もやってみようかな」

 何となく、私も欲しくなったからやってみることにした。

 私はどっちかというと、お腹を抱えて笑い転げている猫がいいなと思った。

 …ガチャガチャ。

 ゆっくりレバーを回す。

 カタンっと出てきたのは、奏ちゃんと同じションボリ猫だった。

「同じ~!」

 まあ奏ちゃんと一緒だからいいか。

 奏ちゃんはむしろ同じものが当たったことに嬉しそうだった。

 ちょっとシュールで可愛い猫のキーホルダー。これをお揃いで付けている子はあまりいない気がする。でもなんかちょっと可愛い。

「ねぇ、これ学校の鞄に付けようよ」

「うん、いいよ」

 これぐらいならきっと先生に見つかっても怒られない…と思う。あんまり派手だと校則違反だけど。

 お揃いのキーホルダーが付いた鞄。それを持つ2人は仲が良いに決まっている。

 例えるなら、結婚指輪。友達の証。

 私は心のどこかでそういうのに憧れていたのかもしれない。

 この猫を見る度に、奏ちゃんを思い出す。

 私には奏ちゃんがいるんだって安心する。お守りみたいなもの。たった百円の、ガチャガチャだけど。

 しばらく無言で猫を見ていた私に、奏ちゃんはトントンと肩を叩いた。

「これ、大事にしようね」

「うん」

 奏ちゃんも私と同じようなことを思ったのかもしれない。

 いや、きっとそうに違いない。

 2人の心の距離は、みるみるうちに縮まっている。

 今日は奏ちゃんが喜んでいる姿をいっぱい見られた。

 それだけで幸せだよ。


 この関係がずっと続きますように…。


 私は猫のお守りに、願いを込めた。

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