表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

Part1 自己紹介

思春期を迎えた少女は、今まで天真爛漫だった頃の自分を忘れ、過剰に自分を意識していた。

ぎこちない自己紹介は、その後周りとの壁を作るきっかけとなった。

友達がいない夕凪こころは、友達ができないまま1学期を終わろうとしていた。

授業が終わり教室で1人で漫画を読んでいると、対面の教室で同じく1人で読書する美少女を見つける。

挿絵(By みてみん)


 ジメジメして、何となく気持ち悪い。

 梅雨の間はいつも「今日は晴れないかな」と期待して、朝起きる。

 晴れたら友達と買い物に行くのがもっと楽しくなるのに…。

 その期待は、いつも裏切られることが分かっている。

 でもどれだけ長い梅雨でも、ほんの数日、その間に晴れる日はある。

 そのほんの一瞬だけ、梅雨であることを忘れる。

 雨が昨日まであんなに降り続いていたのに。




 教室に1人だけ取り残された私は、時間ギリギリになって制服を脱いでジャージに着替えた。

「次は体育の時間だよ」と教えてくれる友達はいない。つまらない英語の授業のおかげで、体育の時間まで寝過ごすところだった。一瞬だけ、「今日も体調が悪いので見学でいいですか?」と先生に言おうか迷ったけれど、参加することにした。今日の種目はマラソンだったはず。マラソンのような個人種目のときは、なるべく参加するようにしている。私は別に体育の授業が嫌いなわけじゃない。集団行動が苦手なだけ。

 遡ってみると、それは最初の自己紹介だった。ワクワクドキドキしていた中学校の入学式。慣れ親しんだ地元の小さな小学校ではなく、今年から市が統合されて新しく改修された大きな中学校に通うことになり、1年生の教室には知らない生徒がたくさん集まっていた。

「私の名前は青空くるみです。みんなからはくるみちゃんって呼ばれています。趣味はピアノで、ピアノ教室に6年間通っています。友達たくさん作りたいので、気軽に声をかけて下さい。よろしくお願いします」

 パチパチパチパチ…。

 最初に自己紹介した「青空くるみ」という知らない生徒に向けて、小さな拍手がされた。

 たった5フレーズの台詞は、余分なものはなく、足りないものもない完璧な台詞だった。

 自己紹介なんて今まで何度もやってきたはずなのに、今更とても緊張するのは何故だろう。何て言えばいいんだろう…私は混乱していた。

 今思えば、自分をより良く見せたいという焦りみたいなものがあったのかもしれなかった。

 幸運にして、私の出席番号は後ろの方だったので、考える時間はたっぷりあった。だけどその分、混乱している時間も長く、苦痛でしかなかった。

「せいちゃんっていいます!よろしく!」

 意外に早く終わった、私の前の子の自己紹介。

 ちょっと…まだ心の準備をしてたのに。

「では次の人」

 担任の先生が促す。指名されたとき、今まで順序立てて考えていたフレーズがどこかに飛んで、頭が真っ白になった。

「…は、はい。わ、私の名前は夕凪ゆうなぎこころです。しゅ…趣味…趣味は…えっと…え…絵を描くことです。よろしく…お願い…します」

 パチパチパチパチ…。

 言い終わったらすぐ、恥ずかし過ぎて、慌てて着席した。

 ただの自己紹介なのに、緊張して全然上手く話せなかった。本当は絵なんて全然描かないし。

 上手く切り抜けようと思って建てた嘘の虚像に、「面白くない」という意思が込められた乾いた拍手が鳴った。

 それ以降、周りを過剰に意識した私は知らない間に「壁」を作っていた。他人が私の領域に入って来れないようにする心の壁。私が緊張し過ぎて壊れないようにするための壁。小さな頃は天真爛漫だった少女は、一日にして寡黙で伏し目がちな少女に変わった。入学式の日に、せっかく頑張って後ろを向いて話しかけてくれた前の席のせいちゃんも、友達になることはなかった。


 とにかく、怖かった。

 知らない人が。知らない人の目が。


 小学校から知っている子達は、新しい友達をどんどん作り、いつの間にか私はひとりぼっちになっていた。


 学校は、1学期の期末試験が終わり夏休みの準備をしていた。授業も午前で終わり、生徒達は早めに帰宅していた。私は家に早く帰っても誰もいないし、部活にも所属していないので、いつもの帰宅時間になるまで教室に残っていることが多かった。先生も生徒もいない教室で、読みかけの少女漫画を、大きめの教科書を外側から包むようにしてバレないようにして読んでいた。漫画の持ち込みは校則違反、でも漫画は私の一番の友達だった。

 午後2時。

 気が付くと外は雨が降り出していた。ザーッという雨音が耳に入り、漫画から視線を外して外を見た。

「こんな雨の中を帰るのは嫌だなぁ」

 何となく、ぼんやりとそんなことを思いながら外を見ていた。すると、コの字型になっている学校の建物で、私の教室からちょうど対面に位置する教室の窓際で、同じようにこちら側を見る女の子が目に入った。彼女も急に降り出した雨を、教室で一人で眺めているようだった。

 切れ長の目。小さい鼻。透き通るような白い肌。落ち着いた雰囲気で、中学一年生なのに、大人に見える。彼女は、見とれてしまうほど美少女だった。

 ずっと見ていた私の視線に気づいたのか、一瞬だけ、目が合ったような気がした。

 私は恥ずかしい気持ちになり、視線をもとの漫画に戻した。

 …あなたをずっと見ていたところを、見られちゃったかも…。

 恐る恐る、彼女をもう一度見てみる。

 彼女はもう外ではなく、下を向いていた。彼女も何かを読んでいる最中だったみたい。

 よかった…。

 変な目でこちらを見ていなくて。私個人ではなく、景色の一つとして私を見ていてくれていたようだった。

 それから私は、授業が終わるといつも窓際の席に移動し、彼女がいつもの窓際で座っているかどうか確認するのが日課になった。大体、彼女はいつもの時間に、いつもの席で、何かを読んでいた。

「あんなに美少女なんだから、きっとクラスでは人気だろうなぁ」

 凛とした彼女を見ながら、いろいろ想像した。

 きっと私と違って、漫画ではなくちゃんとした本を読んでいて頭も良くて、運動抜群。クラスでは超人気者で週末には必ず誰かと街中へお出かけする。お出かけの恰好はいつもオシャレで、友達同士でその恰好を真似たりする子が増えて…。

 あの教室は確か、1年6組の教室。でも1年生であんな可愛い子、いたっけな。

 クラスで人気なら、名前ぐらいは知っていそうなのに。


 7月末、夏休みに入った。学校は休みだから、6組のあの子を見ることは、しばらくできなくなった。

 ただ向かい側の遠くの教室からあの子を見ていただけなのに、突然それが見れなくなると、途端に寂しい気持ちになった。

 私はいつの間にか、あの子を見るためだけに、学校に通っていた。

 あの子の友達でも、知り合いですらもないのに。

 クラスで人気者の彼女はきっと、夏休みは友達と一緒にどこかへ遊びに行く充実した日々を過ごしているに違いない。

 一方で私は、一人で何もしない日々が続いた。好きな漫画も読み終わって、ただ何となく暇つぶしにネットをあさる日々が続いた。

 8月に入り、暇を持て余した私は、お小遣いもないのに駅近くのアニメショップへ出かけた。

 別に何を買うわけでもなく、何となく、好きな漫画のグッズが見たかっただけ。

 決して大きくない街の駅にはアーケードがあり、田舎の市のわりには活気があった。駅の改札口に繋がるそのアーケードの一角に、目的のアニメショップがあった。アニメや漫画が好きそうな、私と雰囲気が似ている子達が集まっていて、夏休みの今は常にお客さんがいた。

 人気のアニメグッズからニッチな漫画グッズまで品揃えされている。ただ私の好きな漫画はニッチ過ぎて、グッズは置いてなかった。

 目的のものがなく、ただ何となく漫画コーナーをぶらぶらしていると、そこに見覚えのある少女が漫画を選んでいた。

「あ…」

 思わず声が出た。

 1年6組の窓際で読書していた彼女だった。私服姿でも、その可憐なシルエットで一目で分かった。

「…」

 彼女は私の声に気づいて、こちらを見た。

「ごめん、邪魔しちゃったね」

 彼女が漫画選びを楽しんでいるところを邪魔してしまったことを謝った。

「…」

 返事はなく、ただこちらを見ている。

 怒らせちゃったのかな…?

 どうしよう。

 彼女は少し間があった後、持っていた赤い小さなバッグからスマホを取り出して、画面を起動して何かを打っている。

 何だろう…?

「私、生まれつき声が出ないの。文字でごめん」

 スマホには大きく文字が打たれていた。

 えっ…?

 生まれつき声が出ない…?

 突然の重い告白に、私の理解が追いつかない。

 そうなんだ…。

「全然大丈夫。気にしないで」

 そう言うと、彼女はニコリと笑顔になった。

 その笑顔がとても可愛かった。飾らない、純粋な笑顔。

 いつも真剣に読書する横顔しか見ていなかったから、笑顔になるとこんなに可愛くなるんだと思った。

「何を選んでいるの?」

 質問を聞いて、彼女はスマホを打つ。

「『薔薇の宮殿』。最新巻が出ているはずなんだけど」

『薔薇の宮殿』は地上波のテレビでアニメ化された人気漫画で、私も知っている。

「それ知ってる!おもしろいよね!」

 すごく大まかに言うと、ある国の王女姉妹のうち妹が魔物に誘拐され、姉が救出に向かう話。

 設定はチープだけれど、劇画チックな斬新な画と、予測不可能な展開が人気を博している。

「確か…18巻が出てるはずだよね」

 私も一緒に探す。あいうえお順に並んだ漫画コーナーにはなかったけれど、新刊だから新刊コーナーにあるかも。

 うーん…

「あっ!あった!あったよ!」

「ありがとう!」

 とびきりの笑顔で、スマホを見せてお礼を言う彼女。

 そう言えば、名前聞いてないな。

「私、霧雨奏きりさめ かなで。桜花学園1年6組」

 かなでって名前、かっこいいな。なんかイメージ通りで嬉しい。

「私は夕凪こころ。私も同じ中学校の1年1組だよ」

 奏ちゃんは驚いたような表情をした。

「私、実は奏ちゃんのこと、知ってるよ。1組は6組の対面の教室だから、窓際から奏ちゃんの席が見えてた」

 言っちゃった…。

 なんか気持ち悪がられるかなって思ったけれど、我慢が出来なかった。

 奏ちゃんはしばらく私を見つめたままで、下を向いた。

「恥ずかしい」

 本当に恥ずかしそうに、俯いたままスマホで応えた。

「いつも何を読んでいたの?」

「これ…」

 薔薇の宮殿を差し出す。意外にも漫画だった。

「私、友達いないから」

 さらりと文字で重い事実を明かす奏ちゃん。

「私もいないよ、友達。漫画が一番の友達だもん。同じように本が友達の子がいるなーって思って見てた」

 奏ちゃんは笑った。

 友達がいないような子に見えないぐらい、素敵な笑顔で。


 …そういえば、いま私、普通に会話してる。

 今までずっと意識し過ぎて会話もろくに出来なかった私が、ちゃんと会話出来てる。

 友達と会話するってこんなに楽しいんだっけ…。

 奏ちゃんともっとお話したい…!

 一緒にいたい!


「私達、友達になろうよ」

 奏ちゃんがゆっくり差し出したスマホには、確かにそう書いてあった。

 友達…!

 私が…?

 別に何の取り柄もない、可愛くもない、オシャレでもない私が?

 本当に…?

「いいの…?」

 恐る恐る聞いた。

 私にとって、あり得ない奇跡だった。このままずっと、友達は出来ないものだと思っていた。奏ちゃんとこれからもこうして会話出来るなら、すごく嬉しい。

「うん、もちろん!」

 奏ちゃんは笑顔で応えた。

「奏ちゃん!」

 感極まった私は、思わず奏ちゃんに抱きついた。

 泣いていた。

「…!」

 抱きつかれた勢いでパタン、と奏ちゃんのスマホを落とす小さな音が店内に響いた。


 奏ちゃん、私、ずっと離さないから。

 ずっと友達でいようね。

よろしければ「感想」「レビュー」「お気に入り」「いいね」「ブックマーク」よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ