聖なる夜のオレオレ詐欺詐欺
雪深い田舎に住むトシ子(85)は、昨年夫に先立たれ、大きな家を持て余し、クリスマスの夜に拘わらず、一人炬燵でミカンを食べながら通販番組で買った大型テレビを観ていた。
「暇じゃあ……」
子ども達は全て都会へ行ってしまい、盆と正月すらも帰っては来ない。トシ子は猫や犬を飼い、寂しさを紛らわす事しか出来なかった。
──ジリリリリ!!
「誰だべ、こんな時間に……」
懐かしい黒電話が鳴り、足腰の弱ったトシ子が席を立つ。ゆっくりとした動きが電話を持ち上げるまでに8コール程の時間を要したが、電話は切れなかった。
──ガチャ
「はい」
「あ、俺です」
トシ子は聞き覚えの無い男の声に、少し間を置いた。そして電話のすぐ目の前の壁に貼ってある『オレオレ詐欺に注意!』の張り紙を見た。
「……卓也け?」
しかし頭が回らずうっかり息子の名前を口にしてしまった。
「そうです、拓也です」
「なんか嘘臭えな……アレだべ、オレオレ詐欺ってやつだべ?」
率直に訪ねるトシ子だが、電話の相手は「違います」と直ぐに訂正をした。オレオレ詐欺かと聞かれて素直に「はい」と答える奴はいない。当たり前である。しかしトシ子はその答えを半ば信じてしまった。
「だったら何だべ? アレか、まーた屋根が古くなったとか、風呂釜がヒビ割れてるとかけ?」
「いえいえ、違いますよ」
昨今では一人暮らしの老人を狙った電話による押し売りや脅迫紛いのセールスが後を絶たず、トシ子も過去に二度ほど引っかかってしまっているのだ。
「おばあちゃん。すっかり寒くなったから、暖かいアレ送っておくよ。布団の下に敷いてけろ」
「そうか。やっぱり押し売りだな? 悪ぃ事は止めておけな? 警察呼ぶぞい?」
「違うよ違うよ! あ、それと今日はクリスマスだから、ケーキとチキンも送っておくね」
「あ?」
──ピンポーン!
夜の一軒家にベルが響いた。トシ子は不思議に思い、電話の向こうに話し掛けた。
「グルだない? やだやだ、酷い押し売りだべ!」
「おばあちゃん違うよ。早く出ないとサンタさん風邪ひいちゃうよ!?」
「?」
サンタと言われ、トシ子の警戒心が少しばかり和らいだ。受話器を脇に置き、ゆっくりと玄関を覗き込むと、扉の向こうには赤い服を着た人物が、何か白い物を背負って立っていた。
「どーもー、サンタでーす!」
「…………」
トシ子が怪しんでいると、いきなり鍵が開き、ガラッと玄関の扉が開いた。
「ひえっ!! 強盗だべな!!」
「どーもー! イチゴっ鼻のサンタクロースでーす!!」
「ひぇぇ!! 殺されるー!!」
慌てふためくトシ子だが、サンタを名乗る男は気にせず背負った袋から、ケーキとチキンを取り出し、玄関に置いた。
「プレゼントです」
「いらねーべ!! 帰ってけろ!!」
「じゃあ、一緒に食べよう?」
「──は?」
サンタを名乗る男は、ちゃっかりトシ子の家に上がり込むと、受話器を取り『到着すた』とだけ話して電話を切った。
「ほらほら、お婆ちゃん」
トシ子を手招きし、先に炬燵に入る男は、勝手に皿の上にチキンを取り分け、更には袋から取り出したシャンパンも開けた。
トシ子が警察に電話しようか迷っていると、男は「お婆ちゃんおせちは作るの?」と笑顔で問い掛け、トシ子は思わず「やらん」と答えてしまった。
「ならさ、おせち作ってよ。そして俺にお裾分けしてよ。それと交換ってことにしない?」
男がテレビを観ながらヘラヘラと笑った。しかし不思議な物で、タダだと怪しむトシ子だが、おせちと物物交換となると、途端にそれに応じてしまったのだ。普段近所と野菜等の送り合いをしているせいなのかもしれない。
「ならええけど……」と炬燵に入りチキンに手を出すトシ子を見て、男は無垢な笑みを見せた。
チキンは良く出来ており、初めて飲むシャンパンの酔いもあってか、トシ子はすっかり男を受け入れてしまい、気が付けば談笑に花が咲いていた。
都会の息子達やその嫁とは違い、男は野菜の善し悪しの見分け方や、魚の目利きに精通しており、トシ子はこの歳においても新たに学ぶことを発見し、ウンウンと頷いていた。
「これ、プレゼント」
男が袋から取り出したのは、一枚のマットだった。
「NASSAで開発された超暖かシートだよ。布団の下に敷くと激ヤバ!」
畳の上に敷いたシートの上にトシ子が寝そべると、瞬く間に暖かい何かに包まれるような感覚に陥った。
「確かにあったけーない」
「これもおせちと交換って事で。あ、アレ作ってよ。イカ人参。人参は太めでね?」
「おめー分がってんな! 分がった分がった! ちゃーんと作ってやっかんな?」
トシ子は久々に手料理が振る舞えると、頻りに喜んではメモに材料を書き出していた。夜も更に遅くなり、外は一面の雪景色に覆われていた。
「んだべ、オラそろそろ寝るぞい?」
「あ、もうそんな時間か。ゴメンねお婆ちゃん」
片付けを手伝い、一頻り終えた後。男は少しばかり目を潤ませた。
「じゃ、俺帰るね……元気でねお婆ちゃん」
「なんだべ急にしんみりして。おせち作っとくからな」
「うん。楽しみにしてるよ」
男は玄関で別れを告げ、トシ子は弱った足腰に鞭打って、布団へと潜り込む。下に敷いたシートがとても具合が良く、トシ子は直ぐに眠りに就いてしまった。
そして翌朝、トシ子は布団の中で冷たくなっていた。しかしその顔はとても安らかであった…………
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(*´д`*)