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時を止めて永遠の美を

 インターホンを押すと、ピンポンという軽やかな音がした。


 高坂叶こうさかかなえが親友の宝城与美子ほうじょうよみこのマンションを訪れたのは、ある休日の午後の事だった。出迎えてくれた与美子は、清楚なレモンイエローのワンピースを着ていた。羽織っているショールがひらひらと揺れて、彼女の美貌に優雅な魅力を付与している。しかし、そうでなくとも彼女は美しかった。名前の通りに、神から『与』えられた『美』の持ち主なのである。


「これ、買ってきたよ」


 手土産のワインを渡すと、与美子はキッチンにグラスを取りに行く。ダイニングに置かれた椅子に腰掛けながら、叶は何気なく室内を見回した。


 与美子の部屋は、いつ来ても綺麗だった。あまり物を置かない主義なのだろう。本棚でも冷蔵庫でもすぐに一杯になってしまいがちな叶にとっては、少し生活感がなくて不気味にも見えるくらい、与美子の住まいは整理整頓され、掃除も行き届いていた。


「うん……?」


 だが、そんな与美子でも、たまにはインテリアを増やす事もあるらしい。叶は、前回来た時にはなかったものが、棚の上に置かれているのに気が付いた。


「綺麗でしょう、それ」


 近寄ってよく見ていると、キッチンから戻ってきた与美子がテーブルの上にグラスを置いて、こちらへやって来た。


「ハーバリウムっていうのよ」


 ハーバリウムとは、ドライフラワーやプリザードフラワーを瓶の中に入れて、保存用の液体で中を満たす事によって作るインテリア雑貨の事だ。


 棚の上に置かれたハーバリウムは、二種類あった。一つは白いポピーと一緒に砂やビーズが使われており、大きめの電球を容器にしている。


 もう一つには、リース状に巻かれた青のカーネーションが入っていた。それと一緒に入れられているのは、螺旋状に巻かれたリボンだ。容器は、金魚鉢みたいな形の入れ物である。


「これは『終わらない夜』で、こっちは『輪廻』っていうのよ」

 与美子は楽しそうに紹介してくれた。どうやらポピーが入っている方が『終わらない夜』で、カーネーションが入れられているのが『輪廻』らしい。


「私が作ったの」

「与美子が? 器用なんだね」


 驚きつつも、与美子は昔から、化粧でもヘアアレンジでもどこで会得してきたのかと思うくらいの神業を披露していたと思い出した叶は、彼女ならこれくらい出来ても不思議はないか、と納得した。


「それにしても、『終わらない夜』に、『輪廻』ねえ……」


 ポピーが入っているハーバリウムが『終わらない夜』なのは、つかない電球が容器になっているからだろう。夜寝る時は、電気を消しておくのが普通だ。だから明かりがつかないという事は、ずっと夜が明けない事を指している。白いポピーの花言葉は確か、『眠り』と『忘却』だったから、朝を忘れてしまったまま眠っている、という事なのかもしれない。


 しかし、『輪廻』という名前には、少し失笑してしまった。


「『輪廻』が英語でリインカーネションだから、『カーネーション』を入れたの?」

「違うわ。これはこの形に意味があって、円形は生まれ変わりを……」

「あー、はいはい。分かった分かった」


 芸術家気質の与美子は、この手の議論になると熱が籠るのだ。捕まってしまうと厄介な事この上ないので、適当なところで切り上げるに限る。友人のそっけない態度に、与美子は「もう」と不機嫌になった。


「このお花たち、私が育てたのよ。少しくらい入れ込んだっていいでしょう?」

「へー、与美子が?」

「ええ。お花屋さんの前を通りかかったら、ポピーの苗が売っていたから、何となく育ててみようと思ったの」

 でもね、と与美子は一瞬顔を曇らせた。


「お花って、すぐに枯れちゃうでしょう? せっかく綺麗に咲いたのに、もったいないって思わない?」

「だからハーバリウムにする事にしたの?」

「そうよ。作り方を調べてみたら意外と簡単だったから、試してみたの。思ったより上手く出来たわ」

 与美子は満足そうだった。彼女は、昔から綺麗なものが好きなのだ。


 ポピーをハーバリウムにする案を思い付いた与美子は、今度はカーネーションも購入したのだと言う。どちらの花も、まだ芽の内から手塩にかけて育てた大切な存在のようだった。


「確かに、ただ枯らしちゃうよりも、この方がいいかもね」

 叶は、陽光を浴びて艶やかに光るガラス容器の中の花たちを見つめた。


「でしょう?」

 与美子も熱心に頷いた。


「これは、この子たちが一番綺麗な瞬間なの。しかも、いらない葉っぱを切られたり、長すぎる茎を短くされたりして、元の姿よりも、ずっと見栄えが良くなっているのよ。その状態が永遠に続くの。こんな素敵な事ってないわ」


 もう散る事のなくなった花。時間から切り離された美。


 美しき遺骸たちはガラスの向こうで飾り立てられたまま、これからもこの部屋の住人の目を楽しませるのだろう。いつかゴミとして出されてしまうその日まで、二輪の姿が変わることはない。


 それを『人』は幸せと呼ぶらしかった。たとえ、物言わぬ存在がそんな末路を望んでいなかったとしても。

青いカーネーションの苗は市販されていないらしいのですが、あくまでフィクションという事で、ここは一つご勘弁の程を。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読み始めからなんとなく主人公たちの存在がどういう者なのかはわかりました。 タイトル通りですものね。 でも、うちの玄関にも息子が数年前の母の日にくれた美しい『あの子』たちが。 なんだかかわいそ…
[一言] タイトルがそのまま回収されましたね~ なるほど、この花はこの時期に咲く~というのを待つんじゃなく、咲いたらそのまま維持しようという人だったと。 だからハサミでよかったのか……猫や小動物をイメ…
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