ガラス越しの再会
それからの日々を、私は戦々恐々として過ごした。ヨミコさんは相変わらず私に優しくしてくれるけれども、私はその優しさが信じられないでいたのだ。
ヨミコさんのしなやかな指が『終わらない夜』を残酷に切り裂き、あの柔らかそうな足で亡骸の一部を踏みしめていたのだと思うと、彼女に触れられる度に、寒気がするようだった。ついにはその輝くような笑顔でさえも、恐ろしく感じてしまうまでになっていた。
ヨミコさんは、『終わらない夜』の残骸をあらかた捨ててしまった。けれども、一番大きな部位だけは手元に残しておこうと決めたらしく、どこかへ持って行ったようだった。
亡骸をやけに大切そうに扱うその姿に、ヨミコさんは本当に『終わらない夜』を愛していたのだと思うと同時に、何故か寒々しいものを覚える。きっと、ヨミコさんが倒錯しているせいなのだろう。自分が殺した子の亡骸を愛でるなんて、私には理解できない感覚だった。
私は、ヨミコさんの事が分からなかった。今まで大事にしていたものを容易く壊したり、そうかと思えば愛おしそうに保管しておいたりする。私は、この矛盾した行動にどうにか理屈をつけようとしたが、無理だった。ただ理解できたのは、ヨミコさんが狂っているという事だけだ。
そして、その推測が正しかったと、私は間もなく知る事になる。
『終わらない夜』が、再び私のもとにやって来たのだ。
「どう? 綺麗でしょう?」
新しい姿の『終わらない夜』を私に紹介してくれたヨミコさんは、狂喜していた。
『終わらない夜』は、ガラスの容器の中にいた。
容器の底には、銀色の砂が敷き詰められている。その上に、水色のビー玉と星形のビーズが散らばり、宙にはキラキラとしたラメが舞っていた。まるで幻想的な夜半の光景を閉じ込めたようなその空間の中心に、『終わらない夜』は立っていたのだ。
ガラスの向こうで透明な液体に沈められた『終わらない夜』は、一番美しい姿のまま、時間を切り取られていた。
「これは魔法なの」
ヨミコさんは目を輝かせていた。
「時を止める魔法。私は魔法使いなの」
ヨミコさんは、この変わり果てた『終わらない夜』を、至高の存在だと思っているようだった。
だが、どうしても私には、今目の前にいる『終わらない夜』が美しいとは思えなかった。綺麗なものに囲まれ、生前とあまり変わらない姿をしている『終わらない夜』。近づけば、その息遣いさえも伝わってきそうだ。しかしそれは、所詮は幻の感覚なのである。
こんなにも美しいのに死んでいる。ガラス越しに歪んで見える煌めく『死』に、私はただ打ちのめされていた。
「花は満開の時に、月は晴れた日に見るものだわ」
ヨミコさんは睦言のように囁いて、『終わらない夜』が入っている金氷のようなガラスの表面を妖艶な手つきで辿った。
「『リンネ』も、もういい時期ね」
やはりヨミコさんは狂っていた。きっと、ヨミコさんは美に憑りつかれてしまっているのだ。ヨミコさんは美しい。それでも彼女が求めるのは、そんな刹那的な美しさだけではなく、永久の美なのだろう。
ヨミコさんが、あの棚からハサミを取り出した。今の私は、自分でも見惚れてしまう程に美しかった。だが、『終わらない夜』が死んでしまってからは、ストレスでその美に陰りが出始めたようにも見える。もしかしたら、私がこれ以上醜くなるのに、ヨミコさんは耐えられなかったのかもしれない。
ヨミコさんは、『終わらない夜』にしたのと同じように、私にハサミを向けた。
私は逃げられない。泣き叫んで命乞いをする事も、助けを呼ぶ事も出来ない。私は美しいだけの、無力な存在だった。
室内灯の明かりがハサミの刃を冷たく照らす。私は、そのまま意識を失った。