ヨミコさん
ヨミコさんは美しい人だった。
私がヨミコさんの家にやって来たのは、まだほんの小さい頃だった。ヨミコさんは小綺麗なマンションに住んでいて、私をそこに招いた日は、とても嬉しそうにしていた。
「あなたは『リンネ』ね」
ヨミコさんは家に着くと、真っ先にそう言った。漢字では『輪廻』と書くらしい。綺麗な響きだったので、私はこの名前がすぐに気に入った。
ヨミコさんと一緒にいるのは楽しかった。ヨミコさんは私をたくさん撫でてくれるし、歌や音楽も聞かせてくれる。それだけでなく、鈴を転がしたように可憐な声で、面白いお話をいくつも披露してくれるのだ。
そして、天気のいい時はカーテンを開け放ち、思う存分日光浴をするのが日課になっていた。私は暖かな日差しが好きだったので、この習慣に歓喜した。
ヨミコさんは、栄養のあるご飯も沢山くれた。何でも、私が成長するのが楽しみなのだそうだ。ヨミコさんの期待通りに、私は年月と共に、すくすくと育っていった。
ヨミコさんの家には、私の他にも、『終わらない夜』という子がいた。私よりも先にヨミコさんのもとにやって来た、私の先輩だ。
私よりも少し背の大きな『終わらない夜』は、とても美しくて、やっぱり綺麗な人の傍で育つと、同じように綺麗になっていくんだろうなと思った。私もそうなれたらいいのにと、期待に胸を膨らませたものだ。
「ねえ、『花は盛りに月は隈なきをのみ見るものかは』っていう言葉、知っている?」
ある日、ヨミコさんがこんな風に話しかけてきた事があった。
「完璧でないものでも素晴らしいっていう意味よ。でも私、それは正しくないと思うの」
ヨミコさんは艶のある髪を緩やかに振って、先人の言葉に異を唱えた。
「どんなものでも、見るのに一番いい時期っていうものがあるのよ。……そうでしょう?」
ヨミコさんは、美しい顔に完璧な笑みを浮かべながら、私と『終わらない夜』を撫でた。
それからも、穏やかな日々は続いていく。私も随分背が伸びて、窓からずっと遠くまで見渡せるようになっていた。
ヨミコさんは相変わらず美しく、私と『終わらない夜』が大きくなっていくところを、にこにこしながら眺めている。
けれど、そんな温かな日常は、突然終わりを迎えた。