起(砂臥担当)
「しまった……このままでは遅刻してしまう……」
俺の名は、茂文 瑛。
今をときめくぴっちぴちの男子校高校生だ。
すぐ物事に集中しすぎる癖のせいで、朝からウッカリ満漢全席を作ってしまい、気付いたらこんな時間と相成ってしまった。
俺は優等生である。
遅刻は許されない。
素早く制服に着替えるとおもむろに眼鏡を取り、中指で深くかけた。
北京ダックに後ろ髪を引かれながらも、トーストと牛乳を持って走り出す。
朝食は大切だ。
そして何故トーストかというと、北京ダックは脂が凄いので仕方ないのだ。
トーストをくわえながらおもむろに牛乳瓶の蓋をとりつつ、曲がり角を曲がった……その時だった。
ドンッ!!
「オブゥッ!!」
宙に舞うトースト。
俺の身体にぶつかったのは…………
トラック(2t)。
……曲がり角でぶつかるのならばカワイコちゃん(死語)がよかった。
折角トーストもくわえていたというのに。
薄れ行く景色の中、俺は後悔した。
こんなことならせめて北京ダックにしときゃよかった、と。
暗転。
「……様、ヴァイオレット様」
だれ?
『ヴァイオレット』?
ああ、そうだ、今の俺の名。
死ぬ間際に死語なんぞ宣ったせいか、死後、俺はその人生の記憶を引き継いだままカワイコちゃんに生まれ変わった。
ただしこの子(俺)、とっても不憫。
①やたらと教育を押し付けられる。
②両親は妹ばかり可愛がる。
③その妹はやたらと姉(俺)の物を欲しがる。
……と、まぁこんな調子だ。
如何せん、家族運がない。
幸い俺は前世からなんでも出来る男だったし、その記憶を引き継いでいるお陰で何一つ不自由はしなかった。
全開で頑張ると要らぬやっかみを買うということも理解していたので、大体のことは3割の力を8割に見せ掛け、強いらされた事に関しては、5割の力で『自分の全能力以上の力で頑張ってます』感を出しまくって対応することにしている。
俺は神に愛されているのではないかと思う。
その一方で……神は酷い仕打ちをしてくれた。
チートに生まれながら、カワイコちゃんには全く縁がなかった前世。
現世は自分がカワイコちゃんときた。
近場のカワイコちゃん(妹)はクッソ性格が悪いし、侍女はなぜかおばちゃんばかりだ。
歳の近い侍女とキャッキャウフフ……とまではいかなくても、せめて美魔女の侍女がいい。
安心感溢るる恰幅のいい、肝っ玉母さんみたいな人ばかりなのは何故だ。
俺は残念な事に、前世の記憶が強すぎてトランスジェンダーとなってしまっていた。
だがようやく今年、学校に通うことになったのだ!!
憧れの、カワイコちゃんまみれの寮生活!
『俺=ヴァイオレット・ダリル』は泣く子も黙る公爵令嬢。ボンキュッボンのダイナマイトワガママボディだ。
……お誂えむきに寮の部屋は二人一組が基本だという。
権力と美貌で圧をかけつつ、同室のカワイコちゃんに手を出すことなど、今の俺ならお茶の子さいさいよ!
チートであるにも関わらず、緊張のあまり女子に話しかけられずに指をくわえていた前世の俺……喜べ!!
カワイコちゃんとお風呂でキャッキャウフフも夢ではないぞ!
「ヴァイオレット様のお胸って大きいのね、羨ましい……」
「ウフフ、貴女のお胸もマッサージして大きくしてア・ゲ・ル♥」
最高だ。鼻血が止まらん。
──そんな百合百合した妄想を抱きながら入学した初日のことだった。
(さぁ、俺のスウィートハニーはどこのどいつだドイツ人っとくらぁ!)
ウキウキしつつ、寮の手続きに進もうとしたその瞬間、
ドンッ!
「オブゥッ!!」
宙に舞う手荷物。
俺の身体にぶつかったのは…………
馬車。(王家の)
……あれ、デジャヴ?
折角美少女に生まれ変わったというのに……オイシイ思い、1個もしてねぇ。
走馬灯の様に、描いていた妄想が過る。
せめて生乳を拝みたかった。
俺以外のカワイコちゃんの。
──目が覚めると俺は、会議室にいた。
「ここは……?」
スーツを着た色とりどりの髪色をした中性的な美人達が、『コ』の字に並べられた長い机にの前に座っている。
「あ、会議室です」
「まんまかよ」
「まぁ、狭間の空間の、ですけどね」
「…………死んだってことすか」
覚えてないけど来たことがある気がする。
このやりとりも……
「このやりとりもやったよ? 前回も」
男だか女だかよくわからない美人が、俺の心を読んだかの様に言った。
いや、きっと心なんか駄々漏れに違いない。
なんとなく覚えている。
このひと等は、神……に近いなにか。
「君は神に愛されている割に、なかなか業を断ち切れないよねぇ……」
「スペック的にもっと幸せになっていい筈なんだけどね」
「はぁ、すんません」
「君さぁ、ちょっと聖人寄りなんだよね~、欲がないっていうか。 多分死にやすいのそのせいだから」
「……そうなんですか?」
今世では割と欲にまみれていたと思うのだが。
「ゲージもさぁ……あ、その人のスキルとか、諸々が視覚化されてるんだけどね? 『博愛』が強すぎるんだよね~」
「一言で言うと、『特定の人物への関心が薄い』んだ」
「はぁ…………そうかもしれません」
確かにおっぷぁいを見たかったけど、相手に拘りはそこまでない。
できればカワイコちゃんでエロいコがいいけれど。
「そんなわけで今回はさぁ、特別に試験を受けないかな? と。 正直君みたいな『神に愛されし子』は扱いと手続きが面倒なんだよね~」
「1.受けるようなら続きから。 2.受けないようならまた新たな転生人生。……どうする?」
「ええと……」
「面倒だからとりあえず続きにしてくんない?」
神っぽい何かは穏やかにそう言い、俺に笑いかける。
…………悩むまでもない。
折角の美少女だ。
百合百合したい。
当然1だ!!
──試験のクリア条件は、続きから『二百十日』の間に『真実の愛』を得ること。
それは別に『恋愛』には限らない。
『博愛』でなければいいのだそうだ。
「……様、ヴァイオレット様」
再び俺は起こされた。
『公爵令嬢ヴァイオレット・ダリル』として、人生の続きを許可されたのだ。
ただし、『二百十日』間。
『真実の愛』は見付けられるのか。
──起こしてくれたのは、ルームメートだった。
そこにいたルームメートは……