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陸話 二人の童

少しバタバタとしていて遅くなりました。

申し訳ございません。

 その場に取り残された二人の童と私の間に沈黙が走る。


 まるで時が止まってしまったかのようにその場には音がなかったが、そこに少女が音をもたらした。


「あ、あの!」

「ん?」

「え、えっと、その…。助けてくれてありがとう。

 ほら、カルトもお礼言って」


 少女は自分の後ろに隠れるようにしてこちらを伺っていた少年をずいっと前に押し出した。


「ちょっ!えっ…、その…あの……。……ありがとう」


 俯いて消え入りそうな声でぽつんと零したその声はまだ声変わりを迎えていない甲高く可愛らしい声だった。


「どういたしまして。所で君達、名はなんと言うのだ?」


 私が名を問うと二人は一度だけ互いを見やると私に視線を向けてくれる。


「私はカルナ。お姉ちゃんなの」

「ぼ、ぼくはカルト。カルナの……おとうと…」


 元気よく答えてくれた姉のカルナとか細い声だが答えてくれた()のカルト。


 彼女らはお揃いの真っ白な髪を伸ばし放題にしてるのか引きずりそうになるまで伸ばし、ボロ切れの様な外套を一枚着ているだけのみすぼらしい格好であった。


「そうか、教えてくれてありがとう、カルナ。カルト」


 私は二人に優しく微笑みかけた。

 すると二人共年相応の可愛らしい笑みを私にくれた。


「さて、カルナにカルト。君達はこれからどうするのかね」


 私が問いかけると二人は俯いて黙ってしまう。


「私達行く宛もなくて、この街の路地裏に住んでるの。ご飯を食べるためにお仕事を探してもね、皆カルナ達は小さ過ぎるってお仕事をくれないの。しかもね、さっきのおじさんたちみたいな人達がカルナとカルトの宝物を取ろうとしてくるの。

 嫌って言っても聞いてくれなくてね。今度断ったら殺すって言ってきたの」


 カルナの口から語られたのはその小さな身体には可哀想な程の厳しい現状だった。


 両親を失い、生きる場所も失い、その年では働き口も見つからず、路頭に迷っただけでなく唯一遺された遺産ですら理不尽な大人共に搾取されようとしている。

 それに彼女らは一人ではないのだ。食べ盛りの少女と少年の二人組。それは大層苦労しただろう。


 私は自然と拳を強く握っていた。


「そうか…。それはさぞ辛かっただろうに」


 彼女らは苦悩はこんな言葉では語るに落ちるだろうが私は口からこう話すのを抑えることは出来なかった。


 飯の食えぬ辛さ。雨風の中寝付く難しさ。そして何より愛情のない寂しさ。


 それを私もよく知っていたから。


 しかし、そんな私に掛けられた言葉は私をいい意味で驚愕させた。


「ううん。確かにお腹はすくし、雨に濡れて寝るのは寒いし、盗んだお店の人に怒られたけど、カルナにはカルトがいたの。だからね、全然寂しくなんかなかったし辛くなんかなかったの」


「……確かに、お腹はすいて苦しい時もあったけど、そんな時にはカルナがご飯を分けてくれた。だから…、だから。カルナはぼくが守るって決めた。今日は守れなかったけど…」


 あぁ、なんて美しい心を持つ子達なんだろうか。


 こういった境遇の子達は決まって社会を憎み、大人を憎み、そして無力な自分を恨む。


 かく言う私も、私の弟子であったヨシタダもそうであった。


 それなのに目の前の少女達はこの境遇も、自分たちを襲った大人達ですら恨んでなどいなかった。


 この子達はこの理不尽な世界に絶望を決してせず、とても力強く生きてきたのだ。


「お、お兄さん?」


 私は頬を伝う暖かな感覚を覚え、頬を撫でると、撫でた手に水滴がついているのを知った。


「あぁ、大丈夫だ。心配いらないよ」


 不安げにこちらを覗く瞳に優しく微笑み返すと、私はその小さな二つの頭をそっと撫でた。


 ぬっと近づいてきた私の手にびくりと肩を震わせる二人だったがその手が頭に乗せられたのを感じるとふっと力を抜き大人しくなった。


 私はまるで赤子の頭を撫でるかのようにひどく優しい手つきで二人の頭をゆっくりと撫でた。


 二人は気持ちよさそうに目を細め、じっとしている。

 暫く撫でるとそっと手を離し二人の目を見た。


「カルナ、カルト。実は二人に話がある」


 二人は私の目をしっかりと見た。その目からは覚悟を感じた。


「単刀直入に言おう。私と共に来ないかい?」

「「っ!??」」


 二人は眦が割けんばかりに目を見開く。しかし、その後すぐに何処か考え込む様な顔に変わった。


「急でびっくりさせてしまったかね。しかし、今のままでは君達は遅かれ早かれ命を落とすだろう。これは絶対だ。だが今君たちの前には私がいる。

 私が君たちに居場所と目的。そして衣食住を与えよう」


 目の前に降り注いだ幸運にカルナとカルトは手を伸ばすか伸ばさないか葛藤している様な様子を見せる。


「ど、どうして?」

「ん?」

「どうしてそんな事してくれるの?いままでね、カルナとカルトにそんなこと言ってくれる人はいなかったの。皆カルナとカルトの事いじめたの。

 なのに何で?何でお兄さんはカルナとカルトに優しくしてくれるの?

 お兄さんもカルナ達の宝物が欲しいの?」


 カルナの丸々とした可愛らしい瞳には困惑と動揺、そして僅かな期待と強い警戒の色が見えた。

 隣を見るとカルトも同じ様な目をしていることを確認した私はふっと笑みを零した。


「何故か。何故かと問われたらそれは私が君達を知ってしまったからだ。知ってしまい助けてやりたいと思ってしまったからだ。君達は今までたくさんの者に裏切られてきたのだろう。私もそうだったからね」


一瞬二人に同様が走ったかのように見えたが、私はそれに構うこと無く言葉を重ねる。


「でも、私は君たちを決して裏切ったりしないよ。私を心の底から信じなくてもいい。今は衣食住を得るためのひとつの手段として考えてくれてもいい。

 しかし、これだけは覚えていて欲しい。私は何があっても『裏切らない』と」


 二人は今にも泣きそうな顔をしてか細い声で「どうして」と聞いた。


 きっとそれは彼女ら自身への言葉でもあったのだろう。

 しかし、これを答えなければ彼女らは一生搾取されるだけだ。

 こんなにも美しい童を腐らせるのはあまりにも惜しい。

 それに私は二人から『あるもの』を感じとっていた。

 この子達を育て上げたい、ヨシタダを拾った時と同じ感覚が私の心を支配していた。


 その気持ちを込め私は答える。


「私の『家族』になってくれないか?」


 二人は泣きそうな顔でゆっくりと頷くのだった。


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