閑話 残された剣豪の弟子
ごめんなさい。今日は短めです。
「はぁ、はぁ、はぁ」
肩で荒い息をする。肺に酸素を取り込む為にめいっぱい息を吸うが、空気が詰まり大きな音を立てて咳き込む。
「し、師匠…」
俺は最後に見た師匠の笑顔を思い出し、胸が締め付けられる。
俺の名はトオザキ・ヨシタダ。 大領主 トキノミヤ・タダヒト様に使える臣下だ。
俺を拾ったのはお館様では無い。
当時乞食として野垂れ死にする所だった俺を拾ってくれたのは同じくトキノミヤ家に使えた武人 タカエ・センシュウその人だ。
彼は俺を拾うと、俺に剣を教えてくれた。
厳しい人だったが俺にとっては父親のような人だった。いや、親の顔も覚えていない俺からしたら師匠こそが親父だった。
しかし、俺はその親父を見捨てた。
俺は強くなったと思っていた。しかし、未熟だった。
親父の隣に並べる剣士を目指していた。
親父に認めてもらいたかった。
しかし、それはもう叶わない。
最後に親父は「後は任せた」と言っていたけど…
本来なら嬉しいはずの言葉だけど…
俺の胸のうちにあるのは強い後悔と自分への叱咤のみ。
俺は最後まで親父に守られるガキでしか無かったのだとあの時思い知った。
「くそっ…。くそぉぉぉ!!!!」
やり場のない気持ちを声に出し吠える。
しかし、それも空っぽの空に空虚に沈むだけ。
「親父…、俺は…。俺はどうしたらいい?」
答えは帰ってこない。
「ただのクソガキに親父の後は務まらないというのに…」
俺はそっと腰に差す漆黒の刀に手を添えた。
親父の持つ『無明黒天』の姉妹刀である『夢月虎黒』。
それを親父は俺に渡して去っていった。
これは親父が壮年使っていた刀で数々の敵を屠り、血を啜ってきた『妖刀』だ。
なんでも親父の世話になった刀匠が神に奉納するはずだった刀を親父に譲ったものがこれなのだという。
本来なら神に奉納される『宝刀』だったはずが沢山の血肉を浴び、ついには『妖刀』と呼ばれる様になってしまったらしい。
ぬらりと腰からそれを抜くと刀身が妖しく紅に輝く。
じっとその紅を眺めていると何処か吸い込まれそうな感覚に陥る。
成程、親父が「この刀を託す。上手く使え」と言っていた訳だ。
この刀はいずれ俺を殺すだろう。
俺は嘗て親父が語っていた『鬼』という言葉を思い出す。
この刀は俺を『鬼』にする魔性の力を持っている、そんな気がした。
「人斬りに呑まれるな。呑まれれば最後、『鬼』と化し人を喰らう化け物になるぞ」
俺はその言葉を今一度思い出した。
親父には弟子が俺しかいなかった。
ならば俺の代で親父の剣を絶やすのは忍びない。
俺は生き、弟子を取り、親父の剣を伝える義務がある。
そう思った。
「その為にも俺は死ぬ訳にはいかない。第一まだ親父が死んだとは決まっていない。
あの親父のことだ。例え四肢をもがれようとも生きて帰ってくるだろう」
親より先に死んでは不幸者だ。
俺は親父の嘗ての相棒を握ると中段に構える。
くるりと後ろを振り向くと怒声と馬の足音を轟々と鳴り響かせて近づいてくる敵の姿が見えた。
「さっさとこいつらを始末してお館様方と合流しないとな」
タカエ・センシュウの一番弟子 トオザキ・ヨシタダ。
後に『剣豪の忘れ形見』『トキノミヤの懐刀』と呼ばれる猛将はたった今歩みを始めた。