伍話 盲目の剣豪の技
数人の男達が怒声を上げながら剣を構え襲い掛かってくる。
私は左手を腰の刀の柄頭に手を置き、右手はだらりと脱力させる独自の構えをとった。
「でぇあぁぁぁぁ!」
一人の男が上段から力の篭もった一刀を繰り出す。
よく鍛えられた全身を使った一刀は容易く木を両断するであろう中々にいい一撃だ。
しかし、六十と三年。剣のみに費やしてきた私からすれば欠伸が出るような実に幼稚な一刀であった。
私はだらりと垂らした腕を振るい手の甲でそれを軽く受け流すとそのまま男に肉薄し、受け流した事で明後日の方向に流れた腕を掴むとそのままの勢いで前に投げ出した。
「うおぉぉぉ!?」
どさりと音を立て背から倒れた男の腹に手を当て勢いを込めて押す。
するとびくりと体を跳ねさせ、男は白目をむくとそのまま気を失った。
「な、なんだありゃ!?」
「まるで流れる様に男を昏倒させやがった!!」
野次馬がガヤガヤと騒ぎ出す。
それに伴い、目の前で一瞬にして仲間が倒された男達はこちらに襲いかかるの止めをぴたりと足を止めた。
「ひ、怯むんじゃねえ!相手はたった一人なんだぞ!全員囲っちまえ!」
この集団の頭だと思われる先程から私に声を上げていた大男が自身を鼓舞するように仲間たちに言い放った。
「ふむ、体の動きには異常はないか。それだけでなくやはり軽く感じる。どうやら本当に全盛期に戻った様だな。
あの神に多少なりとも感謝しなくては」
誰にも聞こえていないだろうと私はひとりごちる。
そんな事をしていると男共が纏めて襲いかかってきた。
「よし、では今度はこちらの調子を試すとしよう」
私は柄頭に置いた左手を滑らせ、刀の柄を掴みそのまま腰から引き抜く。
しかし、街中で抜刀する訳にもいかず、鞘に収めたままの状態の刀を左手に握り先程と同じようにだらりと脱力させる。
男達が刀を抜いたことにより一瞬警戒した様子を見せたが実際には抜いていないのでそのまま襲いかかってきた。
「では、我が流派【華月心眼流】の一撃。とくと味わうがいい」
私は左手首を捻り、刀を逆刃にする。
そして放つ。
「華月心眼流抜型【緋扇】」
捻り上げた左腕を左から逆袈裟の形で抜き、返す刀で袈裟斬り、そこに回転を加え円を描く様に切り払う一瞬三刀の技。
【華月心眼流流技緋扇】。
私の最も得意とする技である。
流れる様に放たれた一瞬三刀は敵を確実に捉え致命傷を与える。それを同時に二度放つ。嫌、実際は同時出ないが限りなく同時に近い速度で二度放った。一太刀の三刀で三人、もう一度放った三刀で残りの三人。
計六人の男共を一瞬にして刈り取った。
本来ならそこに美しい緋い扇が描かれるのだが納刀したままの刀ではそれは叶わなかった。たが、その流れる様な、まるで舞の様な一撃に野次馬は目を奪われていた。
私に一斉に襲いかかってきた男達は同時に音を立てて崩れ去る。
後にはこちらを驚愕の表情でみる男達の頭の姿と野次馬と同じように目を奪われた少女達のみだった。
「さて。お仲間は皆倒れてしまった訳だがお前はどうするのだ?」
私は極めて穏やかな声で頭に問う。
「ま、待ってくれ。お、俺達が悪かった。もうこのガキ共には手を出さない。だから見逃してはくれねぇか?」
先程までの威勢は他所に、頭は私に媚びるような視線を送ってきた。
私は一呼吸置き「ふむ」と一言漏らすと、私の後ろでぽつんと立っている少女と少年に話しかけた。
「こう言っているが、君達はどうしたい」
少女達は急に声をかけられ驚いたのか一瞬肩を震わせたが、互いに見つめ合うとしっかりと私に視線送ってきた。
「きっと、今はお兄さんがいるからそう言っているだけ。お兄さんが居なくなったらまた襲いかかって来ると思う」
「それに今度はお兄さんが来ても大丈夫なように力ずくで短剣を奪って直ぐに身を隠すつもりだと思う」
二人はまるで確証があるかのように私に語りかけた。
私は再び「ふむ」と漏らすと今度は頭に視線を向けた。
「この童達はそう言っているが…まさか本当にそのつもりだったのではあるまいな?」
私は少し威嚇を込めて頭を睨む。
頭は数歩後ずさると脱兎のごとく逃げ出した。
「逃がさんよ」
私は前に倒れ込む様にして、駆け出すと忽ち頭に追いつき、その体を地面に倒した。
「は、離せ!」
暴れる頭を私は力を込め地面に押し倒し、立ち上がれないようにする。
「どうやら本当に彼女らの話の通りに動くつもりだった様だな。折角助けた彼女らが今度見かけた時には屍になっているなどあっては流石に看過できんのでな。
お前とその仲間達には大人しくお縄に着いてもらうとしよう」
そう言うと私は野次馬に衛兵を呼んでくるように頼む。
数刻すると、ガチャガチャと鎧の音をたてながら衛兵数名が此方にやってきた。
私は頭と寝ている(正確には私が寝かせただが)男達を衛兵につき渡した。
どうやらこの者共は最近問題ばかり起こしていたようで遂に捕まえることが出来て良かったと衛兵達も喜んでいた。
後に感謝料が払われるらしくまた後日兵舎を訪れて欲しいと言い残し衛兵達は兵舎に戻って行った。
どうやらこれで一件落着のようだ。
集まっていた野次馬も興味を失った様に順々にその場から離れていった。
そしてその場には私と件の少女達が残されたのだった。