参話 異世界の街と商人
「圧巻だな」
私は目の前の目を見張る光景にそう感想を述べた。
丘を下り、私は先程目にした街へと降りてきていた。
私の見た事のない風貌をした建物の立ち並ぶその街にはとても大きな門が立っていた。
どうやらあの『神』が気を利かせて大きな街の近くへと私を送ったようだ。
しかし、私は目の前の門の存在に否応なく圧倒させられた。
大量の石材を積み上げ、上から漆喰で塗り固めたのであろうその門は首を上げてみても余りある。
こんなにも巨大な門が本当に必要なのかは分からないがこの街の一種の象徴としての役割もしているのだろう。
恐らく、私のような他所から来たものへ『この街は凄いんだぞ!』という誇示の意味もあるのだろう。
事実、私はこれ程まで立派な門を建てれるほどこの街は栄えているのだろうと思った。
門の前には検問所があり、そこでこの街に出入りする人間を管理していた。
これをくぐらなければこの街には入れないらしい。
私も潔く検問所を待つ人の列に並ぶことにした。
私の前に並ぶ人は多種多様な様相をしている。
上下で分かれた何やら身軽そうな薄い衣服を身に纏う者や煌びやかな刺繍の施された見るからに根の張りそうな衣服を着た者。
そして、私と同じように武器を帯剣してる者もいる。
商人と思われる荷馬車を脇に停めた者も居たりとこうまで多種多様な様相をしていると見ているだけで面白い。
あんな『神』だが存外面白い世界に連れてきてくれたようだ。
列を待つ私はやはりこの世界では珍しい恰好なのか他に並ぶ人の視線を感じる。
ただ、検問所に兵がつめていることもあってか此方に声をかけてくるものはいない。
厄介事を被るのはどの世界でも面倒のようだ。
私としても街に入る前にそんな事に巻き込まれては困るので有難いのだか。
「次の者!」
漸く私の番が来たようだ。検問所にいる兵士が私の番が来たことを告げる。
「む?見慣れぬ顔だな。それに…、奇妙な格好をしている」
やはりこの格好ではこういった場でも警戒されてしまうようだ。街に入ったら衣服を購入するのは必須だな。
「実は他所から来たものでして…。こんななりをしてますがただの旅人ですので」
「ふむ、そうか」
どうやら私の言い訳を疑うこと無く聞き入れてくれたようだ。深く追求されると説明に困るので御の字だ。
しかし、次の兵士の発言で私は凍りついてしまった。
「では、身分証の提示を」
「み、身分証ですか?」
「ああ、いくら余所者だとしても身分証ぐらいは持っておるだろう?役場に行けば発行してもらえるのだから田舎の出のものでさえ持っている。まず、持っていないようならここを通す訳にはいかんがな」
身分証ときたか。
勿論のこと私はそのようなものは持っていない。
自称『神』が気を利かせて持たせてくれているかと思ったが例の巾着袋にも着流しの懐にもそんなものは入っていなかった。
「ん?どうしたんだ。早く身分証の提示を」
困ったものだ。そのようなものは持っていないと正直に話すとそれはそれで怪しまれる。
なんせ目の前の彼の話ではこの世界の人間なら誰しも持っているものだという。
それを持っていない奇妙な格好をした男。
うむ、実に怪しい。このままでは牢獄送りも有り得る。
さて、本当にどうしたものか…。
「まさか、お前…」
目の前の兵士が胡乱な目で私を見やる。
私と兵士の間に張り詰めた空気が流れる。
「あの、すいません」
しかし、それと突如ピシャリと切り裂く男の声が聞こえた。
「ん?お前は?」
兵士は私の後ろにいた男に声をかける。
私も振り返ってみるとそこには三十代程の中肉中背の小麦色の髪を持つ男性がいた。
見るからに上物であろう上着を羽織り、細部までに細やかな刺繍の織り成された彼の衣服はきっと一般庶民では手に入らぬであろう一級品だとおもわれる。
「あ、あなたは服飾店『ドレスティア』のオーナー パウロフ・マイスター殿!」
私の担当をしていた兵士が大きな声を上げる。
彼はどうやら有名人のようだ。
して、その有名人が私にどのような要件なのか。
「いえ、すいませんね。何やら揉めているようでしたので声をかけさせて頂きました。
何せ彼は私の取引相手ですからね」
彼は私に片目をパチリと閉じて合図をしてきた。
成程、そういう事か。
「えぇ、実は私は此方のパウロフ殿に商品を卸す約束でしてね、彼に呼ばれ共にここに来たわけなのですよ」
「そうなんです。彼はかなり東の方の民でして。縁あって知り合い、彼の身につけるその珍しい衣服を売って頂ける事になり、私がこの街にある『本店』まで案内させて頂いたのですよ」
私はその場で彼と即興で口裏を合わせ、兵士にそれを告げる。
私の意図を全てくみ取っているかのような彼の喋りに私は彼の商人としての手腕の素晴らしさに感嘆しつつ、彼との口裏合わせを続ける。
「ですので彼の身元は私が保証しますよ」
「申し訳ない、パウロフ殿。迷惑をかけてしまったな」
「いえいえ、お気になさらず。それで衛兵さん、彼を通して頂けませんか?」
彼が丁寧な中には有無を言わさぬ凄みを含ませながら兵士に問う。
彼は余程の有名人なのか私は先程までの揉め事が無かったかのように門を通された。
その後パウロフという男も追従する形で門を潜る。
後ろには沢山の積荷の積まれた馬車を連れていた。
「ほう…。彼は相当な切れ者のようだ」
私は彼が門を通る際に酷く手馴れた様子で私の対応をしていた兵士に硬貨を握らせているのを見逃さなかった。
これで彼はこの一件を誰にも話すことなく心の中に留めるだろう。
何故ならこれを話してしまったら彼は不当な金銭を受け取ったものとして罰せられるからだ。
この世界では仕事の最中に仕事内容に関わらぬ金銭の取引は罰則に規定されているという。
それを上手く使った口封じ。彼はこのような裏工作にも手が厚いようだ。
正に一流の商人と言ったところだろう。
ちなみに何故この世界に来たばかりの私がこの世界の法について知っているかと言えば、巾着を取り出す際に見つけた「猿でもわかる異世界『ハクヨ』の歩み方」も言うなんともふざけた名前の小さな書物に書かれていたからだ。
全くあの自称神の行動にはいちいち突っ込まざるを得なくて困る。
閑話休題。
「いやはや、咄嗟にあのようないらぬ手をしてしまいました」
「いえ、私も困っていたので。助かりました」
「改めまして、服飾商をやっておりますパウロフと言います」
彼は私に近づき、改めて名を名乗る。
どうやら初めから目を付けられていたようだ。
「これは丁寧に。私はタカエ・センシュウと申します」
「タカエ・センシュウ。変わったお名前をお持ちなようですね」
「実はパウロフ殿が先程仰っていた様にかなり東から来たのです。東では私のような名前は一般的ですよ」
「そうなのですか。ところでセンシュウ殿」
彼は私の体をじっと上から下まで舐めるように見ると笑顔を浮かべた。
「そちらの服、売って頂けませんか?」
それが後に私の専属商人になるパウロフ・マイスターとの初めての商いだった。