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弍話 二度目の人生と門出


「う、うーん…」


途切れた意識を再び覚醒させる。


若干重い体を起こし、地を踏みしめ、立ち上がる。


そして、ふと自分の体の異変に気づく。


「体が妙に軽い…。それに筋肉の付き方も異なる、そして何より…目が見える!?」


信じられなかった。


私は四十年も前に戦で視力を失った。

以来、私は光のない生活を余儀なくされたのだが、今、目の前には明らかに草原の様子が写っている。


「どうなっているんだ…」


私が困惑していると頭の中に直接声が響き、目の前に意識を失う前に目にしたあの『神』の姿が現れた。


《やあ、お目覚めかな?》


「お前の仕業なのか?『武神』」


《いかにも。キミの命の恩人 『武神』様だよ》


あの脳天気な声が私の頭に木霊する。


「それでこれはどういうことだ?」


突如意識が途切れたかと思えば突如知らない光景とありえもしない状況に瀕している私の頭は状況の整理が全くと言って出来ていなかった。


その説明を求めると『武神』ナシロノカタラベは実に愉快そうに説明をよこした。


《キミにもう一度チャンスをあげた結果だよ。ここはボクの為の世界、ボクとボクの友人達で作ったキミがいた世界とは全く異なる世界

所謂『異世界』って奴さ》


「異世界だと?」


《そうとも、ここはボクの箱庭なのさ。ボクの玩具箱。ボクの『世界』って訳。

ここにキミを招待したのさ。その理由は説明した通り。ボクの袂、剣の『頂き』への招待状、それをキミが受け取った結果さ》


「そして、ここがその招待()という訳か」


《そーいうこと。そしてキミにはボクからプレゼントを送らせてもらったよ。それがキミの体の異変の正体さ。これを見てみなよ》


そう言うとナシロノカタラベは私の目の前に大きな姿見を出現させる。


「んな!?」


そしてそこには『四十年前』の私の姿が写っていた。


《あはは、流石のキミもこれには驚いたようだね。これがキミへのプレゼントさ》


「私を若返らせたというのか…」


信じられない。目の前の鏡に写るのは紛れもない四十年前の、あのお方に仕えていた時の私の姿だった。


黒い髪を肩まで伸ばし後ろに纏め、黒を基調とした着流しに帯にはこれまた黒い刀を差している。


しかし、当時と同じ格好とは。


つい先程まで直垂姿であったはずなのに目の前の自分の衣服は着流し。


正に奇々怪々である。


《衣服は当時のキミの格好だけどその格好はこの世界じゃ目立つからどこか街にでも行って着替えるといいよ。

懐に入っている巾着袋の中にある程度纏まった金銭が入っているからそれで遣り繰りするといい》


言われた通り懐を探ると焦茶色の巾着袋があり、中にはこの世界のものと思われる硬貨が入っていた。


《まぁ、詳しくはこれからこっちの世界に順次慣れていけばいいさ。最後にキミにひとつ神様からのありがたーい啓示をあげよう》


ナシロノカタラベは私にずいっと近づくと私の瞳を指さしながら声色を落として言った。


《キミはいずれ再び光を失うだろう。その為にも光に頼らぬ剣を身につけろ。

そうでないとキミは再び届かず終わるよ》


「光に頼らぬ剣などとっくに---」


《それはまだまだ未完成だ。光を失った先にある『光』をキミが掴める事を期待しているよ》


そう言い残すと私の頭に奴からの声が止んだ。


「光に頼らぬ剣を、か…。取り敢えずはこの新たな世界の景色を楽しむ為、再び得た光を使うとしよう」


私は下駄を鳴らし、こつこつと歩を進めた。




草原をあてもなく進むと眼下に街が見えてきた。


ふむ、どうやらここは丘の上の草原だったようだ。


「ここが異世界か…。確かに見た事のもない街並みだ」


眼下に見える街は私の見た事のない母屋が建ち並んでいた。


瓦葺の屋根でなく煉瓦でできた茶褐色の屋根。

木と石材でなく石材と漆喰を基調とした真っ白い壁面。


「成程な。私の知っている世界はあんな建物はなかった。それに」


私は空を見上げる。


すると、猛烈な勢いで私の頭上を通過する巨大な影が目に入った。


「はは、物語の空想の生き物『竜』とは。いやはやここは本当に『異』世界な様だ」


私の頭上を通過した巨大な影の正体は物語などの空想上の生き物とされている『竜』と呼ばれる巨大な蜥蜴に似た怪物であった。


全長十メートル程はあるだろう巨大な体に大きく発達した翼。

全身を覆う真っ赤な鱗は太陽の光を反射に煌びやかに真紅に輝いている。


伝説の生き物が当然のように住む世界。


私は呆れたような乾いた笑いを空虚に零した。


「こんな出鱈目な世界で『神』を自称する存在の元に来いなどという天命の為剣を磨く人生を送れか」


自分で言ってなんだか何とも面倒な人生である。


しかし――


「折角拾った命、無駄遣いは勿体ないな。

それに剣の『頂き』、この言葉にそそられぬ剣士はおるまい」


私は腰から刀を抜くと結った長髪をばつりと切った。


鞘に刀を戻し、そして私は歩み始める。


「剣のために生き、剣のために死んだ前世。なれば今世は剣のために生き、自分ために死ぬ人生を歩んでみるとしよう。

『武神』よ。ゆっくり待っとってくれ。私はこの世界を自分なりに楽しみながらそちらに行くとするよ」


一歩ずつ、自分の為に。


「ではまずは街だな。新たなる世界での新たなる出会い、楽しみだ」


ゆっくりと、地を踏みしめながら。


剣の『頂き』を目指す人生を。



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