30超えたおっさんだけど異世界に転移したらウサギ置きになりました
人生何があるかわからないとはよく言ったもので、30歳を超えおっさんと呼ばれるようになってきた私は、気が付いたら"ウサギ置き"になっていた。
自分でも何を言っているかわからないが、"ウサギ置き"になっていたのだ。なるほど、何度言ってもわからん。実際にウサギを置いているわけではないが、代わりにウサギのパーカーを着た女の子を背負っている。
全くわからん。
まあ、1から思い返してみるとしよう。
◇
それは何の脈絡もなく、何処にも経由することなく、唐突に訪れた。
そう私しがないサラリーマンの「宇佐田総次」は、仕事が終わって電車に乗ろうとしていた。
いつも使う4号車の前よりの扉から、まさに電車に乗った瞬間、なぜか森の中にいた。
空を見上げると、真っ赤なスタイリッシュなトカゲが空を飛んでいる。
「わーお」
口に出して「わーお」なんて、社会人にあるまじき間抜けさかもしれないが、それしか言葉が出てこなかった。
どうやらトカゲはコチラには気が付いていないようで、どこかに飛び去ってしまったので助かった。
とりあえず、現状確認をしよう。
手にはカバンがある。ポケットには財布も入っている。
カバンの中身も電車に乗る時と変わっていないようだ。
試しに頬っぺたをつねってみる。これが夢であることを願って、思いっきり。
痛い。とても痛い。
つまり。そういうことか。どうやら私は日本とは別のところに飛ばされたらしい。
あのトカゲから察するに、地球でもなさそうだ。異世界転移というやつだ。
なんでこんなおっさんを転移させるのだろうか。転移させるならラノベ好きの10代のやつにしたらいいのではないだろうか。
いや、おっさんなのにラノベを嗜んでいたせいかもしれない。
だが趣味は自由であるべきだ。おっさんにも自由が必要だ。そもそも30代はおっさんなのだろうか(哲学)。
いっそ、10代のころに若返ってくれていれば良かったのに。
明日の仕事はどうしよう。引き継ぎ終わってないぞ。私が休むことで困る人がたくさんいそうだ。
朝6時に起きて会社に行き、夜10時過ぎに退社して夜の11時に家について寝る。
ああ、そんな生活が今は愛おしい。
……愛おしさがあるか? 別にやりたくて始めた仕事でもない。最近は責任だけが増えてきて、モチベーションも下がってきた。
むしろ、今の状態のほうが楽しくないだろうか。
そう考えると楽しくなってきた。ここのところ、休日もなかったのでちょっとしたハイキング気分だ。
ここが異世界だというのであれば、あれが使えるかもしれない。
「ステータスッ……!」
周りにだれもいないことをいいことに、ちょっと叫んでみる。
なんて開放的な気分だろう。街中でこんなことをすれば、警察を呼ばれるだろうに、ここには呼ぶ人どころか警察すらいない。
それはさておき、無属性魔法ステータス(仮)はしっかりと効果を発揮してくれた。
なるほど、ステータスがあるタイプの異世界か。
せっかくなので、目の前に現れた半透明なウィンドウを見る。
名前:ソウジ 年齢:32
Lv1
種族:人間
職業:おっさん
称号:なし
スキル:快適な背中
ツッコミどころが満載だ。
Lv1は仕方がない。名前が短くなっているのも、この世界に合わせてのことだろう。
称号も今来たばかりだからないのも頷ける。むしろ異世界転移者なんてあっても困る。
だが、職業はなんだ。おっさんって。職業なのか。32歳はまだお兄さんで通じるんじゃないか?
あと、スキル。快適な背中って、子供でもあやすのか? 異世界に来てチートな保父にでもなればいいのか?
最近は男が保育園や幼稚園で働くことすら忌避されていると思うのだが、異世界はセーフなのか?
なんて、馬鹿なことを考えていたせいだろう。
巨大な熊が近づいてきていることに気が付いていなかった。
はい。ここは森の中でした。悠長にしている暇があったら、安全なところを探すべきでした。
『ソウジの冒険はここで終わってしまった』なんて、ログが流れかけていたのだけれど、急に背中に重さが加わった。
落ちないように慌てて手を添えると、温かいし柔らかい。
「あ、ここ良い……」
私の緊張とは裏腹に、背中から眠たげな声が聞こえてきた。
首を回してみると、ウサギの耳と続いて女の子の顔が見える。年齢としては、10代前半くらいだろうか。
今にも寝てしまいそうな、ウサギのパーカーを着た女の子が、背中に収まっていた。
ついでにこんなことをしている間にも、クマは迫ってきている。
前門の熊、後門のウサギだ(謎)。
グオオオともガオオオともとれる声を上げ、爪を振りかぶってくるクマに、もう駄目だと目を閉じる。
「うるさい」
ああ、死ぬんだなと諦めて、痛みを待っていたのだけれど一向に来ない。
恐る恐る目を開けると、目の前にウサギの石像に潰されたクマがいた。
目を閉じた直後、「うるさい」と聞こえたので、背中のこの子がやってくれたのだろうか。
首を後ろに回すと、すでに彼女は寝ていた。
さすがにこのままではまずいので、何とか起こして――機嫌が悪くなった――街に向かい、冒険者ギルドに加入するというテンプレをしたのだけれど、その間ずっとウサギを背負っていたので、町の人から変な目で見られた。
ガラスのハートは木っ端みじんに砕けた。
◇
そのままなぜか、このウサギパーカーと冒険者として活動している。
でも、彼女の名前はわからない。何せギルドに登録している彼女は、登録名をウサギにしているから。
本名かもしれないが、そうじゃない可能性のほうが高いと思う。
それに彼女はずっと寝ている。それこそ、何度もギルドに行っているのに、起きているのを見たことがある人がほとんどいないくらいに。
おかげで、背中の彼女は「眠りウサギ」と呼ばれている。
そして、戦闘力皆無の32歳のおっさん――誰もお兄さんと認めてくれなかった――は、ウサギを運ぶのが仕事の「ウサギ置き」というありがたい二つ名を賜った。
正直なんでこうなったのかわからん。
生き残ろうとしていたら、こうなってしまったのだから、あきらめるしかない。
何せこのウサギ、勝手に降ろすとかみついてくるのだ。自己紹介もしていないのに。
そして、背負われると寝る。働くにも、ウサギを背負ったおっさんを雇ってくれる人はいない。
だから生きるには、冒険に出かけるしかないのだ。ウサギを背負って。
冒険者ギルドだけが、ウサギを背負ったおっさんを受け入れてくれるから。