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093《バラキ県大会決勝》

本編51

 11月13日、月曜日。バラキ県民の日。

 準決勝、ズーケデンキスタジアム。

 対氷戸梅ノ里戦。


 県民の日で県立高等学校は休業日だが、全校応援。


 伊立一高は完全に勢いに乗った。

 相賀晴貴は中盤で皇帝のように振る舞う。

 密着マークには、中盤からポジションチェンジで対応、

 奉行とツートップを組んでくさび役に徹する。

 または臨機応変、八雲にトップ下を任せて、

 自分は中盤の底を支える。

 前半は双方無得点。

 後半途中、秘密兵器・骨本がこれ見よがしにウォーミングアップ。

 直後に奉行、八雲が連続得点。


 準決勝 伊立一高 2対0 氷戸梅ノ里



 11月18日、土曜日。

 決勝戦、カミシマサッカースタジアム。

 対バラキ学園戦。


 久々の決勝戦、勝てば全国大会は40年振り。

 全校応援に力が入る。


 決勝戦は波乱含み。

 試合開始早々、FWの奉行が、相手のDF2番ともつれて転倒した。

 立ち上がった時、DF2番が巧妙に奉行の右ひじを下から突いた。

 奉行の右腕が弾かれDF2番を殴ったように見えた。

 大袈裟に顔を抑え倒れ込むDF2番の演技で、

 奉行はレッドカードを受ける。

 抗議するチームメートを必死で押さえ、

「悔しいのは分かる。判定は覆らない」

 晴貴は奉行をピッチから離れさせる。

 サッカー部の若いOB中心に応援席は荒れる。

 応援席をなだめながら、

 1人少なくなった分を自らの運動量で補い、

 ゲームを立て直そうとする晴貴だがチームはガタガタに。

 前半だけで5失点。

 応援席の混乱は広がり暴動寸前だった。


 晴貴の意志を感じ取った遥香は、

 最前列で応援席に向かう、

「みんな落ち着いて」

 小木津亜弥も多賀冬海も、五人娘も一緒になって、

 身振り手振りを交えて必死に訴える。

「選手を試合に集中させて」

「お願い、話を聞いて」


 ハーフタイムに控室へ戻らず、

 興奮した観客をなだめようと応援席に向かう晴貴を、

 ジャージに着替えた奉行が迎える。

 二人の姿にますます応援席は興奮して騒ぐ。


「フレー、フレー、イ~タ~チ~!」


 OBの元応援団長、元副団長以下の旧応援団が勢揃い。

 野太い声で、応援席を圧倒した。


「一高生諸君! 目を覚ませ!」


 京大、東大に現役で入学した先輩。

 一高生にとって、これ以上の権威はない。


「フレー、フレー、イ~タ~チ~! ソレーッ」

『フレッ、フレッ、イタチ、

 フレッ、フレッ、イタチ~』

「フレー、フレー、ア~イ~ガ~! ソレーッ」

『フレッ、フレッ、アイガ、

 フレッ、フレッ、アイガ~』


 相賀、成沢、借りは返したぞ!


 後半開始のため審判団が姿を現す。

 ブーイングを覚悟していたが、

 スタジアムは冷静さを取り戻していた。


 リードした相手はボールを回し、無理に攻めてこない。

 晴貴が前線でひたすらに追い続ける。


 後半10分。

 相手を追い詰めてパスミスからボールを奪った晴貴がゴール。

 1対5。


 後半20分。

 相手の不用意なシュートを防いでからのカウンターで、

 晴貴、八雲とボールをつなぐ、

「ブ~ン、トン、トン、サッ、サッ、サッ」

 再びボールを受けた晴貴が、

 乾坤一擲、めぐみフェイントで相手をかわし、

 八雲にラストパス。

 2対5。


 後半25分。

 センターライン付近でカウンター攻撃を仕掛ける晴貴は、

 相手DF2番に脚を引っかけられ転倒。

 一回転した勢いそのままにボールを追うと、

 主審はプレーオン。

 独走してキーパーも抜き去る。

 3対5。

 相手DF2番にイエローカード。


 後半35分。

 脚が吊る選手が両チームに続出する中、

 晴貴と、共に走り込んできた二年生がタフに走り続け、

 相手からボールを奪うと懸命につないでゴール。

 4対5。


 後半ロスタイム。

 交替出場した骨本が放ったロングシュートを、

 相手GKが弾きコーナーキック。

 味方の上がりを待って、晴貴がショートコーナー、

 ボールを受けた八雲が逆サイドに展開。

 オーバーラップしていた味方GKが高い打点でヘディング、

 同点ゴールかと思うと、

 奉行を退場に追いやったDF2番が手でボールをはじき出す。

 勿論、DF2番は退場でPKが与えられる。


 DF2番はうずくまる。

 誰も近寄ろうとしない。

 晴貴が肩を叩き、手を取って引き起こす。

「済まん、つい手が出てしまった……」

 片手で顔を覆ったまま、

 晴貴を味方と勘違いして連れられて行く。

 途中で相手が晴貴だと気付く。

 一級審判員の資格を持つ対戦相手だと気付く。


「お前……、す、済まない。

 ワザとじゃないんだ、

 反射的に手が出てしまった、

 奴を退場させた事は悪かった、謝る。

 でも、お前の足を掛けたのも、

 さっきのも、故意じゃないんだ……」

「ああ、分かっている、良くある事だ。

 起きてしまったことはもうコントロールできない。

 俺は冷静になるために間合いを取っているだけだ……」

 第四の審判員と、バラキ学園コーチに引き渡す。

「PKは必ず決める。

 誰の為でもない。

 俺がコントロールできる事はそれだけだ」


 何故か会場は拍手で覆われた。

 フェアプレーとか、そんなつもりはない。

 あの場で一番苦しそうだったのはアイツで、

 あの場で一番邪魔だったのもアイツだ。

 寄り添ったのではなく排除しただけ……。


「八雲、蹴るか?」

「勘弁して下さい」

 ボールを主審から受け取る。

 さて、どうしたものか。

 ボールをセットする晴貴。

 息をのむスタジアム。

 決めれば延長戦。

 外せば相手が「反則による」優勝。


 GKと目が合う。

 ジュニアユースでは一緒だった。

 いつも強気のGKだが、すぐに目を逸らす。

 まったくどいつもこいつも。

 変な事、考えるなよ。

 目をつぶって動かないとか、

 下手すりゃトンネルだってやりかねない。

 文句の付けどころがない場所に決めるしかないな。

 どんなプレッシャーだよ!


『相賀君、落ち着いて……』


 伊師林檎の声が聞こえたような気がした。

 応援席を見回すが、いるはずがない。

 目に飛び込んだのは心配顔の遥香。

 手でハートサインを示している。

 良く見ると、小木津亜弥も、多賀冬海も。

 五人娘や他の女生徒たちも同じサイン。

 そんなのが流行りなのか。

 それとも俺に対する嫌がらせ?


『……どうしてやり返さないの?』

 林檎にそう聞かれた事がある。

 今なら分かるよな、

 そのままやり返しても、虚しいだけだ。

 

 ……何を考えているんだ、俺は。

 ボールを一度置き直す。

 主審は急がせようとはしない。

 腹を括るしかないな。

 もう一度だけ、ハル姉ェのアホ顔を見ておこう。


『飛竜稲妻落とし』

 そんなこと言いながら練習していたPK、

 ゴール右上の隅ギリギリ、

 鋭い音を立てて、ゴール内に落ちた。

 5対5の同点で延長戦突入。


 延長戦ではさすがに晴貴も疲労の色を隠せない。

 そのまま試合終了、大会規定により両校同時優勝。


 全国大会への出場権をかけたPK戦に突入。

 コイントスで後攻の伊立一高。

 9人全員がゴールを決めたまま、

 5番手の晴貴がボールをセット。

 同点PKと同じ右上隅へ蹴る。

 ゴールポストとゴールバーの交点が鈍い音を立てた。


 泣き崩れるチームメートの中、

 晴貴のグランドコートを持った骨本が、

 全速力で駆け寄り頭からコートを被せる。

 ポンコツはチームメートに向かって叫んだ、

「顔を上げろ! 胸を張れ!

 下を向くような試合はしていないぞ!」

 正直、悔しくて仕方がないが、

 今はそれよりすべき事がある。

 コートの下、晴貴の身体が震えている。

 誰にも晴貴の悪口は言わせない。

 誰にも晴貴の泣き顔は見せない。


 決勝戦 伊立一高 5対5 バラキ学園

 ※両校同時優勝、PK戦によりバラキ学園が全国大会出場


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