092《シュートを打ってこい!》
本編50
第96回全国高等学校サッカー選手権大会、
バラキ県大会、決勝トーナメント。
伊立一高は、バラキFAU18リーグの成績で、
二回戦からの出場となる。
相賀晴貴はそれまで、早朝練習のミニゲームで、
チームメートとの連携を取ってきた。
放課後は成沢遥香に引きずられるように、
いたちかな市へ向かい、バレーボールの練習。
選手登録されているとはいえ、
控えメンバーの、さらにバックアップ。
VチャレンジリーグⅠの、
伊立コンクレントの開幕は、
11月4・5の土・日だったが、
伊立一高三年生は模試があるため、
学業優先で帯同免除。
伊立一高のサッカー部の初戦は10月21日。
実はその試合の一週間前から、
コンクレントの成沢辰臣監督に厳命されていた。
「今はサッカーに集中しろ。
こっちで不都合が起きても、責任は俺が取る」
遥香が父親に猛烈にプッシュしていた。
「晴貴にとっては、最初で最後のチャンスだから」
遥香はひと言も文句を言わずに、
シェーンハイトで求められている役目をこなしている。
実力はまだまだ、第3のセッター。
柄にもなく、人寄せパンダを演じている。
「……お父さんお願いです、
今は晴貴をサッカーに集中させてあげて下さい」
10月21日、土曜日。
二回戦、伊立さくら陸上競技場。
対霜盾工業戦。
伊立一高は初戦となる。
翌週に三年生は定期考査、
一、二年生は模試があるが、
地元競技場での開催、応援に駆け付ける。
晴貴がサッカー部に選手合流してから二カ月余り。
対外試合はまだ10試合にも満たない。
しかし、部活では常に二年生と一緒の扱いだった。
取り敢えずの連携に問題はないが、
それでも晴貴の求めるプレーの質は高い、
もう一段階、早く、高く、前へ。
受け手となるFW陣、
トップを務める奉行十三は必死になって喰らいつく。
供給されるパスはしなやかだが、
全てがFWの欲しがる一歩先に。
前半は全くかみ合わない。
本当に必要なのは判断のスピード。
ハーフタイムに骨本勝征がアドバイス。
「このまま愚直に追い続けろ、
徐々に合ってきている。
晴貴の目を見ていれば、考えは分かるはずだ」
後半、晴貴も我慢してパスに徹する。
中盤は完全に晴貴が支配。
キャプテン八雲は中盤の底で晴貴を支援。
両チーム無得点のまま、残り時間は僅か。
晴貴が八雲に目配せ、最後に仕掛けた。
前線で奉行がマークを引き連れ、
左サイドから中央に流れる、
晴貴はそこにパスをしようとキックフェイント。
八雲が奉行とクロスするように空いた左サイドへ、
晴貴のパスは八雲にドンピシャ。
すかさず折り返したセンタリングを、
奉行が確実に決めた。
二回戦 伊立一高 1対0 霜盾工業
10月25日、水曜日。
三回戦、いたちかなスポーツ広場。
対川古一高戦。相手は三回戦が初戦となる。
三年生は定期考査、一、二年生は模擬試験。
応援はOBや父兄のみ。
晴貴は徹底的にマークされた。
晴貴がボールを持つと、
前を向かせようとしない、
二人掛かりで潰しにかかる。
晴貴はダイレクトで、
早目にボールを離さざるを得ない。
晴貴対策で中盤を厚くした川古一高は、
両サイドから、俊足のウイングバックが速攻を仕掛ける。
伊立一高も堅守で応じる。
シュート数は川古が圧倒した。
伊立はなかなかシュートまで至らない。
今のところパスの供給源は八雲に限られている。
八雲のパスをことごとく川古ディフェンス陣がクリア。
川古のシュートを伊立ディフェンス陣とGKがクリア。
攻める川古、守る伊立。
前半はその攻防に終始した。
ベンチで冷静に戦況を見つめていた骨本が、
ハーフタイムに感想を述べる。
「川古のクリアはほとんどタッチを割っている。
ウチのクリアはタッチを割らない。
相賀と奉行が拾っている。
この差は大きいぞ、後半必ずチャンスが来る」
断言して、選手に暗示を掛けた。
後半も同じような展開が続く。
「ポーン、サッ!」
晴貴は時々、ポンコツターンで局面打開を試みるが、
さすがにシード校で初戦となる川古一高はリサーチ済み。
二人目、三人目の選手がケアしてくる。
攻める川古、守る伊立。
双方、我慢の展開が続く。
後半、半ばを過ぎた頃、
「ポーン、サッ!」
「ポーン、サッ!」
立て続けにポンコツターンのボールを奪われた。
「クソッ!」
珍しく晴貴は悪態をつく。
川古の速攻にゴールが脅かされるが、
辛くもディフェンス陣がクリア。
晴貴がボールを迎えに行き、
ワンタッチで八雲とパス交換。
「ポーン、サッ! サッ! サッ! サッ!」
満を持して、引き技を重ねる『めぐみターン』炸裂。
この日初めて晴貴は前を向いてプレー。
相手のディフェンスラインの裏にキラーパス。
完璧なタイミングで奉行が走り込む。
晴貴とは小4の少年団で出会った、
俺の方が付き合いは長い!
相手ゴール前、左45度、
ボールはワンバウンドで間合いに入る、
ディフェンダーを従えて、
ツーバウンドの跳ね際、
左足を振り抜いた。
ボールは右のサイドネットを、揺らす。
伊立の初シュート。
GKは一歩も動けない。
興奮した骨本が立ち上がって叫ぶ。
「次だ! 次だ! 次を取りに行け!」
堅守の伊立第一が、ワンチャンスで決勝点を挙げた。
黒檀の殿堂では試験終了を待って、校内放送で結果が知らされた。
三回戦 伊立一高 1対0 川古一高
10月29日、日曜日。
準々決勝、ゾンネンシュターディオン逢瀬。
対氷戸商業戦。
遥香の予報通り、前日からの大雨は止まない。
競技場の排水能力は限界ギリギリ、そこかしこに水溜り。
三年生は模擬試験。
一、二年生は自由応援だが、
大雨の中やってくるほどの根性はない。
それでも熱心な生徒と、OBや父兄の熱い応援。
晴貴目当てのファンもちらほら。
氷戸も晴貴を徹底マーク。
競技場の水溜りで、試合は蹴り合いに。
晴貴の、周りを使いこなす持ち味が完全に消された。
個人の能力で突破を試みるも、
悪天候のピッチ条件では限界がある。
試合はパワーゲームの様相を呈する。
前半終盤、氷戸が勢いに任せて先制した。
0対1。
ハーフタイムに骨本は、
もどかしさをじっと抑えて語りかける。
「前半は良くやっている、悪くないぞ。
でも、シュートを打たなきゃ。
遠くからでもゴールを狙わなきゃ。
この天候だからこそ、
打たなきゃ何も始まらないぞ。
大丈夫、点は取り返せる。
大丈夫、チャンスは必ず来る」
伊立一高イレブンは、
そんな骨本の熱さを感じ取った。
後半立ち上がり、氷戸が追加点を奪う。
0対2。
それでも伊立は耐えた、メンタルは崩れなかった。
残り15分、庄山監督が骨本を呼んだ。
「アップしろ。
お前のキック力で、シュートを打ってこい」
残り10分、雨脚はさらに激しくなった。
骨本が交替出場。
温情出場ではない、勝つための選択肢だ。
晴貴はその意図を悟った、
ポンコツにスッと近寄り、ピッチ状態を伝える。
「あそこの水はけが良い」
その近辺にポジション取り。
チャンスはすぐに到来。
八雲が相手からボールを奪うと、晴貴へパス。
晴貴は相手ゴールとは逆、骨本に向けて、
ボールをすくい上げるようにパス。
ポンコツの前でボールはピタリと止まる。
渾身の力で、ボールの芯の僅か下、
薙ぎ払うように、逆回転を掛けながら、
ロングシュートを放つ。
糸を引くような軌道は、
GKの前でワンバウンド、
ツンとボールが伸びて、ゴールイン。
1対2。
残り5分。
伊立が左サイドからのFKを獲得。
晴貴がボールをセット。
すかさず真横の八雲にパス。
八雲はボールをさらに下げる。
走り込んできた骨本が、
右足のインサイドで、擦るようにボールを弾き返す。
途中から雨の勢いを借り、大きなカーブを描いて、
ボールはゴールバーギリギリに吸い込まれて行った。
2対2。
残り時間僅か。
氷戸のクリアボールが水溜まりで止まる。
いわゆるファイトボール、飛び出したのはまたもポンコツ。
ディフェンダーよりも一瞬早く、つま先でシュート。
枠内に飛んだボールを、氷戸GKがかろうじて弾く。
即座に反応した奉行がショートコーナー。
同じく呼応した晴貴が受ける。
八雲が叫びながらニアサイドに走り込む。
晴貴はセンタリングを合わせた、
ディフェンスを引き寄せて、八雲がボールを逸らす。
逆サイドに弾かれたボールに、
地面スレスレ、骨本が頭から飛び込んだ。
豪雨の中、伊立の秘密兵器がハットトリック。
準々決勝 伊立一高 3対2 氷戸商業




