089《ポンコツ大師匠》
本編48
伊立第一高等学サッカー部は、
6月のインターハイ県予選はベスト8で敗退した。
三年生は例年、受験勉強を理由にここで引退する。
数名が選手権まで残るが、練習は休みがちになる。
下級生は何も言えない、
一高の運動部に共通する悪しき伝統だった。
そしていつの間にか、
自分たちも同じように染まってしまう。
敗退翌日は自主練習日。
三年生で参加したのは、
相賀晴貴とポンコツ先輩こと骨本勝征の二人だけ。
どちらも試合には出ていなかったが、
いつもと変わらぬ練習態度だった。
結局、他の三年生は誰も残らない。
相賀がチームに合流しないのは、
きっと自分たちがいるから。
俺たちは先輩の言いなりで、
相賀には辛い思いをさせてしまった。
晴貴はそんなこと、思ってもいなかったが、
他の三年生は後ろめたさから、
受験を言い訳にチームから退いた。
ポンコツは夏合宿にも最初から参加した。
去年までの三年生は「通い合宿」で、
しかも自由気ままに、休みがちだった。
ユース限定一級審判員挑戦中の晴貴は、
インターハイに駆り出されて不在だった。
ポンコツ一人が完全参加したが、
とにかく下級生が気を遣うことを極端に排した。
初日は手空きの一年生を引き連れ、
近くの銭湯へ行った。
二日目は宿泊所の黒檀会館の大浴場に入った。
大浴場とはいえ、
風呂に入れる人数は限られている。
三年生である自分に気を遣って、
時間を無駄にさせたくない。
二年生の浴槽の中に自然に溶け込んでいった。
その場で気を遣うなと宣言した。
一年生も、色々な係を担わせられるので、
プールで風呂を代用するしかなかった。
初日にポンコツ先輩のお伴をさせられた事から、
手空きの者が銭湯に行く道が開けた。
二年生のキャプテン八雲は気骨を感じた。
この地味な先輩は一高の悪しき伝統を、
本気で変えようとしている。
それまでの印象が180度変わった。
新チームではポンコツ先輩がつけていた、
背番号2を狙っていた。
手垢が付いていないという理由だったが、
別な気持ちが芽生え始めていた。
合宿後半には晴貴が合流した。
ユース限定一級審判員の研修会に区切りがつき、
ようやく本格的にチームに合流となる。
晴貴はスムーズに合宿に入り込めた、
雰囲気が最高だった。
キャプテン八雲から、
ポンコツのとった行動を聞かされた。
あいつは常に本気だ、本当にやる奴だ、
チームに欠かせない人材になる。
予感は確信に変わった。
成沢遥香たちは真っ黒に日焼けして、
油縄子島から帰って来た。
小木津亜弥は行く前に晴貴を呼び出し、
お別れを告げた。
「中途半端なままじゃ林檎に会えない。
少し距離を置きましょう。
勉強も、バレーボールも、審判も大変そうじゃない、
私にはそれを支える自信がないわ……」
『それに身近には、誰かさんがいるじゃない』
最後の言葉だけは飲み込んだ。
晴貴は受け入れざるを得ない。
五人娘は島の子供たちと遊び呆ける。
「せめて今だけは受験を忘れよう」
「夏期休暇最終日の、模擬試験は忘れよう」
「夏期休暇明けの、実力考査も忘れよう」
「親に『勉強合宿』と言ってきたことは忘れよう!」
「エウアモースーダイリャ!」
多賀冬海は子供たちと一緒にお絵描き。
魔法を見るように、冬海のペン先に目が釘付け。
島の自然と無邪気な子供たちに、
創作意欲を掻き立てられた。
持参したスケッチブックはすぐ使い切ったが、
島唯一の雑貨屋さんには何でも売っていた。
小木津亜弥は図書室で本の読み聞かせ。
朗読は手慣れたもの。
島の分校のビデオライブラリーには、
子役時代に出演した教育番組が。
名前で子供たちに気付かれた、
亜弥ちゃんは、芸能人だ! 芸能人だ!
遥香は日頃の窮屈さから解放された。
気象部長は充分過ぎる成果で円満引退。
気象予報士試験は27日だけど、
何とかなるわよ、ならなくても別に構わないし。
トレーニングは毎日している事にして、
晴貴の分もと、思い切り羽根を伸ばす
子供たちと、島の実家に戻ってきた中高生と、
こんなに楽しいバレーボールは久し振りだ。
伊師林檎からはたった一つだけリクエスト。
朝と夕方にみんなで一緒に勉強タイム。
伊立市で過ごした一年半は、
かけがえのない宝物だよ。
林檎の様子を見て8人は安堵した。
島の誰からも好かれているようだ。
寂しかったけれど、これで良かったのかな。
どんなに遠く離れていても、私達はお友達だよ!
8月中旬、伊立サッカーフェスティバル。
吉備師恩学園高等部は予選リーグを1位通過。
元々、部員はフットサルの経験者揃い。
ただし中等部時代のチームはぎすぎす、
幾つかの派閥に分裂していた。
バラバラだったチームをまとめたのは、
女子マネージャーの大津優季。
高鈴剣次監督の指導で、繋ぐサッカーが開花した。
1位トーナメント準決勝第1試合。
吉備師恩学園高等部vs伊立工業高校。
高鈴めぐみはマネージャーとして甲斐甲斐しく働く。
試合は延長PK戦の末に伊立工業が決勝進出。
吉備師恩はPKを全力キックで外しまくり、
その度にチームはゲラゲラ大笑い。
外した選手も悪びれることなく、
一緒になってゲラゲラ大笑い。
ついた通り名が必笑軍団。
大らかなチームは、実力を伴い成長していた。
1位トーナメント準決勝第2試合。
伊立一高vs伊立ゾンネンプリンツユース。
サッカー部に合流した晴貴は、
キャプテンの八雲とダブルボランチ。
状況に応じてトップも務める。
晴貴の存在感は圧巻だった。
前所属チームに何もさせず、決勝進出。
晴貴は骨本に、高鈴めぐみを引き会わせた。
「この人がポンコツ大師匠!」
めぐみは尊敬の眼差し。
「吉備師恩の女子マネージャーで、
摂津ドーナッツ・ユースの選手?」
ポンコツ本人は何のことやら。
しかし、決勝戦直前恒例のエキシビションマッチで、
めぐみのプレーを目の当たりにして大絶賛。
「高鈴さん、もう完全に自分の技だよ。
『めぐみターン』に『めぐみフェイント』だね。
引き技は、半身で軸足を防御に利用すると良い。
相手はちょっかい出せなくなる」
めぐみはポンコツ大師匠の、
お褒めの言葉とアドバイスに目を輝かせる。
遥香の気象予報士試験は27日(日)だったが、
三年生は全員模試を受ける。
森山博美と「仕方ないわね」と慰め合う。
しめしめ。
一、二年生は私たちの分も頑張りなさい。




