086《七夕の奇跡》
本編47
晴貴は7月の甲斐サッカーフェスティバルで、
白藤二高の二年生、女子三級審判員の藤岡三沙と一緒に、
社会人にまじって二級昇格試験を受けた。
3日間で第4の審判員、副審2、副審1、主審を一通りこなす。
ほとんどが一週間後のインターハイに出場するような強豪チームだ。
社会人の試合で揉まれた経験が活きた。
文句無しで「ユース限定」は解除、二級審判員昇格を果たした。
ユース限定二級育成研修会で一緒だった6人のうち、
限定解除を果たしたのは、関東協会の相賀晴貴ただ一人。
いよいよユース限定一級審判員への道が開けた。
「ユース限定一級審判員の育成研修」は、
全国高等学校総合体育大会で行われる。
今年は南東北インターハイ。
サッカー競技は杜の都中心に7月29日~8月4日。
遥香がポスター発表で参加する、
第41回全国高等学校総合文化祭は「杜の都総文」。
自然科学部門は8月2日~4日。
そして、町屋葡萄の学ぶ大学の通信教育部。
今夏の巡回スクーリング会場は、杜の都。
7月から8月にかけて行われていた。
スクーリングは、対面授業でなければできない体育は勿論だが、
一般教養科目や語学、専門科目の授業も行われる。
一定の単位数をスクーリングで取得しなければならないが、
スクーリングだけで卒業に必要な単位を揃える事も出来る。
インターハイサッカー競技。
ユース限定一級審判員育成研修会の参加者は晴貴一人だが、
藤岡三沙を始め「ユース限定二級」の仲間たちも参加していた。
8月1日に男子の試合はなく、女子の準々決勝が行われる。
晴貴には貴重な休養日となった。
この日、遥香たち気象部が杜の都にやってくる。
明日からの発表の準備は万端整った。
杜の都駅で待ち合わせ、会心のハイタッチ。
杜の都総文祭交流新聞の高校生記者が晴貴に密着している。
文武両道、噂の「お姉様」にも早速取材攻勢。
8月4日、金曜日。
インターハイサッカー競技は、男子・女子とも決勝戦。
杜の都総文祭、自然科学部門は最終日。
杜の都スクーリングは第二週の試験日。
6日から始まる「杜の都七夕まつり」の笹飾りが、
高校総体と総合文化祭を盛り上げるために、
先行して、そこかしこに掲げられている。
晴貴は男子の決勝戦、副審1を務めた。
遥香のポスター発表は「内閣総理大臣賞」を受賞。
葡萄は午前・午後と二科目の試験を受けた。
遥香たち気象部の一行は、晴貴と夕方に合流。
駆けつけた関校長、引率教師たちと祝賀の夕食会。
もう一泊して、青葉城跡などを見学してから、
杜の都駅から東北新幹線、氷戸線経由で伊立に帰る。
町屋葡萄は、5日、昼の便で杜の都空港から琉球空港へ、
そこからさらに航空機を乗り継ぎ、
観光フェリー、更に漁船で油縄子島に帰る。
日本最西端から三番目、最南端から三番目にあたる。
南十字星が見える島。
運命の邂逅は5日午前、青葉城跡。
独眼竜政宗公騎馬像前。
「あれ、お兄様じゃない!」
「成沢、なぜここに?」
「葡萄先輩!」
「相賀も一緒か!」
森山博美他、遥香の連れがささめく。
もしかして、部長が離別した、
バレーボール部の先輩じゃない?
もしかして、バスを自転車で追いかけたという、
成沢先輩の、伝説のカレシ?
遥香は周囲をきょろきょろしながら歩み寄る。
「林檎は、林檎はいないの!」
足下にもっと注意を払うべきだった。
僅かな段差に足を取られ、つんのめる。
咄嗟に葡萄が手を差し伸べた。
『きゃー!』
連れの後輩女子たちが叫ぶ、
運命の再会だわ!
七夕の奇跡よ!
遥香が葡萄の胸に飛び込んだ。
どこから見てもそう見える。
ち、ち、ち、ち、違うわよ。
「遥香、良かったわね!」
涙ながらの副部長。
『先輩、おめでとうございます!』
二年生はギリギリ葡萄を知っている。
『うぇ~ん! うぇ~ん!』
一年生は勝手にドラマを思い描き、我が事のように号泣。
「ハル姉ェ、やっぱりそうだったのか」
お前が言うな、バカ晴貴!
「成沢、その、なんと言ったらいいのか……」
黙れ葡萄、いいから離せ!
短い時間だったが、
互いに近況報告。
「みんな元気だよ」
葡萄の簡潔な言葉に晴貴は深く頷く。
現住所と電話番号を教わった。
葡萄と晴貴は固い握手を交わす。
伝説のお兄様は、ついでに全員とハイタッチ。
遥香は独り離れて不貞腐れる。
「成沢、元気でな」
葡萄の言葉に思わず、アカンベエ。
何をしようが、後輩たちはドラマの立会人。
全てが劇的なシーンに変換されて脳内再生。
杜の都駅で昼食。
連れの後輩女子たちはまだ目が赤い。
遥香はしきりにアクシデントを強調。
晴貴はここぞと、肩をポンポン叩く。
「まあ、そういう事にしておこう」
「うっさい、うっさい、バカ晴貴」
一週間後。
琉球県、新垣石空港に降り立つ7人。
成沢遥香。多賀冬海。
長島依子。西津悠。沼尾柚亜。根岸桜芽。野村寿里。
小木津亜弥も、明日には来る予定。
港に島の漁船が迎えに来ているはず。
「シェーンハイトで、死ぬ気で練習します」
遥香は交換条件を示して、
一週間だけの約束で両親の許可を得た。
学業は真面目にこなしている。
「内閣総理大臣賞」受賞も追い風に。
さらには晴貴も猛烈にプッシュ。
「俺も、コンクレントで本腰を入れて練習しますので、
遥香の願いを聞いてやってください」
「一緒に行くんだ!」
遥香は言うが、晴貴は静かに微笑むのみ。
ユース限定一級審判員に認定された晴貴は、
学業も、コンクレントの練習も真剣に取り組んでいるのは、
誰もが知るところだった。
選手権大会が高校サッカー最後のチャンス。
これまでの努力に報い、選手としてプレーさせてやろう。
サッカー協会審判部は難色を示していたが、
ユース限定一級審判員プロジェクトは、
晴貴のお陰でどうにか形になったようなもの。
シュバルツバルト国際ユース大会に参加した、
団長以下の協会スタッフがその才能を惜しんだ。
空港には葡萄お兄様が迎えに来ていた。
二隻の漁船に分乗し、向かったのが油縄子島。
そこで林檎が待っている。




