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008《服装チェック》

本編04

 バラキ県立伊立第一高等学校の校門を入ると、そこは広い駐車場だった。

 一部の来賓を除き、今日だけは車は校庭に迂回させられる。

 駐車場中央に掲示板が設置され、

 そこに新一年生のクラス分けが発表されていた。

 10クラスでコース分けはまだない。

 五十音順の混合名簿は男女比が6対4。


 新入生たちが一喜一憂する姿を、大勢の教師が遠巻きにして眺めている。

 私服通学を勘違いした新入生を取り締まるためだ。

 最近ではいわゆる「なんちゃって制服」が増えてきた。

 芸能人と見紛うような華美な服装は入学式限りとされるが、写真を撮影され、

 画像処理で誰だか分からないように加工された上で廊下に張り出される。

 見せしめだ。


 遥香と晴貴も自分のクラスを確認した。

「1年1組 20番 成沢遥香」

「1年5組  1番 相賀晴貴」

 さすがに同じクラスにはならなかった。

 腕章をした上級生が案内係で、新入生を昇降口に、父兄は体育館へ誘う。


 遥香と晴貴も昇降口に向かうが、一人の若い教師・倉田に呼びとめられた。

 格闘技系の体育教官であることは間違いないゴツイ体格。

 イヤフォンをした耳が潰れている。

「君たち、ちょっと良いかな……」

 二人は振り向く、嫌な予感がした。

「そうそう、そこのお揃いのブレザーのカップル、こっちに来てください」

 丁寧だが嫌みを含んだ物言いは、有無を言わさぬ迫力があった。

 周囲はささめく、近くにいた案内係は困惑顔。


 校舎と体育館を結ぶ連絡通路の上から様子を窺う大小の影。

「林檎、あの二人だ」

「分かりましたお兄様、あの二人ですね」


 体育館脇の「黒檀会館」は伊立一高の合宿施設だった。

 旧制中学時代に「黒檀の殿堂」と称されていた名残だ。

 そこで名前とクラスを聞かれ、遥香と晴貴は食堂へ導かれる。

 晴貴が遥香にさりげなく何かを手渡した。

 引き継いだのは白衣姿の神経質そうな物理教師・駒井。

「今年の5組は大当たりだな」

 有無を言わせず、壁の前で強制的に写真を撮る。


 数名の先客がいた。

 ティアラにドレス姿の女子1名。

 明らかに他校のセーラー服を着た女子1名。

 派手な「なんちゃって制服」の女子3名。

 有名アニメの無口キャラのコスプレ制服と思わしき女子4名。

 紋付羽織袴姿の男子1名。

 真っ赤なタンクトップと短パンの男子1名。


 体育教官が2名、殺気を放ちながら監視している。

 背の高いバスケ部顧問の吉山と、竹刀を持った剣道部顧問の三田。

「座りなさい」

 吉山に促されて遥香たちも席に着く。


 ふくよかなセーラー服が小刻みに震えていた。

 伊立二高のセーラー服で、ご丁寧に黒スカーフとバッジまでそのままだ。

 その両隣が空いていた。

 遥香が小声で眼鏡のセーラー服に尋ねた。

「ねえ、あなた、ここは何なの」

 セーラー服は頭を振るだけで答えない。

 その頭越しに晴貴に呟く。

「ねえ、晴貴、どうして私たちここに集められたの?」

「服装チェックよ……」

 向かい側に座り、不貞腐れ気味のなんちゃって制服の一人・小木津亜弥が答える。

「バッカみたい、大体ね……」

 途中で抗議の声はかき消された。


「皆さん、おはようございます」

 校長と教頭、それに問題児のクラス担任が招集されている。

『おはようございます』

 挨拶に反応したのは、遥香と晴貴、紋付の3名だけだった。

「……校長の関です。皆さん、大変個性的な服装をしておられますね。

 常識にとらわれず個性的であることは素晴らしいと思いますが、

 同時にTPO、時と場所・場合に応じた装いを弁えてください。

 今日は入学式ですので大目に見ますが、

 明日からは通学・授業に適した服装でお願いしますよ」


 教頭の小平が続ける。

「希望者はジャージの購入申込書をここで提出してください。

 販売は入学式終了後の予定ですが、すぐに手配します……」

 タンクトップ男子がリュックサックから購入申込書を取りだした。

 他の者は着替えるつもりはないらしい。


 校長はニコニコしながら生徒たちを眺めている。

「おや、そこの二人はどうしてここに?」

 校長が遥香と晴貴に気付き、生活指導の三田が答える。

「他校の制服と似ていたものですから確認のために。

 それにエンブレムの調査も必要かと……」

 少々歯切れが悪かった。


「俺たち姉弟ですよ」

 そこにいる一同の注目が集まる。

 事実とは異なっているが、これまでも面倒な時はそう言って煙に巻いてきた。

「ブレザーは知り合いからのプレゼントです」

 遥香は自分と晴貴の襟元を強調した。

 いつの間にか伊立一高の徽章がつけられている。

 晴貴が校門前の文房具店で見つけて購入し、先ほど遥香に手渡したものだ。


「ほほう。胸のエンブレムは?」

 校長の問いに晴貴は敢えてぞんざいに答える。

「俺のが伊立コンクレント、ハル姉ェのは伊立シェーンハイトのエンブレムです」

「ああ、すると君たちか……。

 うん、話は聞いています。

 とんだ勘違いだったようですね、失礼しました」

 校長が目配せをすると体育教官・三田が済まなそうに言った。

「悪かったな、君たちは教室に戻ってくれ」


 それじゃ、と言って遥香と晴貴がセーラー服の手を取って三人で去ろうとする。

「待て、君はまだだ」

 慌てて三田が制止する。

「俺たち三つ子です」

「違うだろう!」

 思わず小平教頭が叫ぶ。

 やはり駄目かといった苦笑いの遥香と晴貴。


 落ち着いて校長が尋ねる。

「あなたはどうしたの? それは伊立二高の制服だよね」

「それが、さっきから何も言わないのです」

 やはり怯えて答えない女子生徒に代わり三田が応じた。

「何か事情があるのでしょう? 教えて頂けませんか」

 校長は柔和な表情で丁寧に尋ねる。

 小さく震える声で女子生徒が答える。

「姉の……亡くなった姉の、形見なんです」

「そうですか、事情は分かりました。

 でも他校の制服そのままというのは、やはり宜しくないですね」


「それなら、これでどうですか」

 晴貴が襟元の徽章を外した。

「……お前、スカーフとバッジを外せ、それより名前は?」

 女子生徒はオドオドしながらも答える。

「多賀冬海です……」

 ポケットからリボンを取り出して徽章と一緒に多賀に手渡す。

 遥香と同じリボンだ。

 本来はネクタイとリボンが2本ずつ用意されたのだが、

 ネクタイとリボンのセットでブレザーの贈呈を受け、そのままにしていた。


 多賀が真っ赤になって受け取り、たどたどしく徽章を付け替える。

 遥香が本人に断ってスカーフを外すと、後ろに回ってリボンのホックをはめた。

「ほほう……」

 その手際に校長が感心する。

「まあ、それなら良いでしょう。

 他の皆さんも、もう大人と同じですので、しっかり社会性を身につけて下さい」

 校長に促されて、招集を受けた各担任教諭が受け持ち生徒を連れて教室に向かう。


 1組のベテラン担任は安堵した様子で、遥香と紋付男子を引き連れ教室に向かう。

 一方、5組の担任は、晴貴たちに最初に声を掛けた体育教官・倉田だった。

 しかめっ面で、憂鬱そうに受け持ち生徒の名前を呼んだ。

「相賀晴貴、小木津亜弥、多賀冬海、長島依子、西津悠、沼尾柚亜、根岸桜芽、

 ついて来なさい」

 晴貴の他は、なんちゃって1名、二高1名、コスプレ4名。

 前途多難な船出に思えた。



 入学式はつつがなく執り行われた。

 校長の関海平は民間人からの登用だった。

 しかもかなりのやり手で、伊立市では知らぬ者はいない有名人だ。

 伊立鉱山で手掛けた大煙突の改修・保存は高く評価され、

 世界産業遺産に登録された。

 改修時に煙突の一部に仕込まれたLEDは、

 東日本大震災の折には自家発電でメッセージを発信し続けた。

 乞われて社長に就任した伊立電鉄では廃線を撤回し、

 高架による伊立駅接続と地下鉄により、 

「かびれ公園駅」までの延伸を実現させた。

 今は教育の分野での手腕が注目されている。


 その挨拶はさながら所信表明演説だった。

 伊立一高は入学時には県内で三本の指に入る名門校とされているが現実はどうか。

 進学校としての評価は五本の指で数えられる。

 現役進学率で語ればベストテン圏外だ。

 名門校としての面目は、卒業生が予備校の力を借りて担っているだけではないか。

 そうだとすれば、それは現任教師の怠慢である。

 本校が「黒檀の殿堂」と呼ばれていた頃の文武両道の栄冠を取り戻す。

 そんな事を熱く語っていたが、新入生にはどれだけ伝わったか分からない。

 直後に登壇したPTA会長が面喰らっていたのだけは確かだった。



 入学式が終わり、続けて新入生と在校生の対面式が行われた。

 ここからは蛮カラ風の応援団が仕切る。

 壇上では偉そうにふんぞり返った応援団長が旗手を従え、睨みを利かせている。

 和太鼓の合図で粛々と進行する。


 新入生の総代は1組・紋付羽織袴姿の男子だった。

 慣れぬ和装で登壇と降壇に手間取り、笑いを誘った。

 生徒会長の挨拶では在校生からヤジが飛んだ。

 成人式おめでとう!

 生徒会長は慣れたもので笑って平然と応じていた。


 号令の下、左右に分かれていた新入生と在校生が互いに向き合い、礼を交わした。

 進行係の副団長が最後に宣言した。

「なお、近々に我々応援団が各クラスを巡回し、校歌等の指導を行う。以上」

 緊張感と脱力感が交差する対面式だったが、入学式よりはよっぽど印象に残った。

「ドドン」と太鼓が打ち鳴らされ、新入生退場となった。


 1組から順に動き出し、5組の通路際に立つ晴貴の横を遥香が通り抜ける。

 二人にとってはごく自然な行為だった。

 無意識にハイタッチを交わした。

「パチ~ン」

 思いもよらぬほどに音が大きく響き渡る。

 いらぬ注目を集めることになった。

 晴貴の隣に立つショートカットの女子生徒がキッと睨む。

「……この二人ね」


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シンニュウセイノミナサン、ヨウコソイチコウヘ、

メダッテイタカップルガイタネ、

サイショノターゲットハアイツラニキマリ、

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