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075《大観覧車》

本編45

 2月19日、日曜日。

 晴貴にとって、久々の休みになった。

 審判員の割当はなく、

 伊立コンクレントの試合は遠方のため帯同しない。

 しかし、呑気に寝てもいられない。

 朝7時過ぎに伊立駅で小木津亜弥と待ち合わせ。

 そのまま眺望の良い「カフェインザスカイ」で朝食。

 オリジナルパンケーキとクラブハウスサンドをシェアした。

 亜弥はいつになくご機嫌だった。

 1時間ほどゆっくりしてから、

 一度、東口交通広場に出て少し歩く。


 電鉄線延伸時に、エスカルロードに建設された、

 伊立電鉄伊立駅から電車に乗る。

 車両は崖の中腹、

 伊立駅前交通広場下のトンネルに吸い込まれ、

 地下鉄「一高前駅」を経由して、

 終点の「かびれ公園駅」に着く。


 亜弥と晴貴はまず、かびれ神社をお参り。

 裏参道を通って、かびれ動物園に。

 午前中はゆっくり園内を散策。

 ジラフカフェの「かびれバーガー」を昼食にした。


 のりもの券、徳用30枚を購入。

 午後からは、かびれ遊園地で、

 回転ボート、コーヒーカップ、

 観覧車、メリーゴーランドを楽しむ。

 2時過ぎになり、頂上展望台を目指す。


 登り道は階段状に土止めが施されているが、

 土砂は削れ、正直、歩きにくい。

 亜弥の足取りがおぼつかない。

 林檎や遥香とは違い、

 晴貴のペースについて来ることができない。

 普通の女の子はこうなんだ、

 気付いた晴貴が自然に手を引いた。

 ゆっくり、ゆっくり頂上展望台へむかう。

 自分の歩調に合わせてくれる、

 晴貴の手の温もり。

 何よりもそれが亜弥には嬉しかった。


 田吉正音楽記念館の展望カフェで、

 コーヒーぜんざいと、ケーキセットを楽しんだ。

 ここで亜弥から2度目のチョコのプレゼント。

 手作りマジの本命チョコかと思いきや、

 手の込んだラッピングを開くと、

 バレンタイン仕様のロッキー一箱。

 晴貴は肩透かしに苦笑するしかない。

 してやったりと亜弥も楽しそう。


 かびれレジャーランドの営業時間内に滑り込んだ。

 残った徳用の、のりもの券を使いきる。

 大観覧車をシースルー型と通常型で2周する。

 シースルー型で晴貴は青ざめ、亜弥がからかう。

 通常型に乗り換えると、ロッキーの袋を開けた。

 修学旅行の思い出話で盛り上がる。

 冬海の件は許してあげるわ。

 アクシデントね、親友だもの。

 ちょっとだけ嫉妬したけど……。


 頂点手前で晴貴が亜弥にロッキーをくわえさせる。

 またあのロッキーゲームで対戦かな。

 思った刹那、晴貴が先端をくわえた。

 亜弥は固まる。

 ぽりぽりぽり。

 嘘! 顔が近い。

 ぽりぽりぽり。

 晴貴が肩に手を置く。

 ぽりぽりぽり……。

 亜弥は目を閉じた。



 かびれ公園駅から、伊立電鉄線伊立駅へ。

 エスカルロードから、東口交通広場を経て、

 JR伊立駅改札まで、朝とは逆にたどる。

 亜弥と晴貴は一言も言葉を交わさなかった。

 ずっと手をつないだまま。


「じゃあな」

 ようやく発した晴貴の言葉に、

 名残惜しそうな亜弥が尋ねる。

「来月の19日も日曜だけれど、

 空いているかな……」

「3連休の中日だよな……」

 済まなそうな晴貴の顔。

「あ、いいの、いいの。

 ほら、魚洗の魚楽フェスタがあるから、

 その、冬海を誘ってみるわ」

「今日は楽しかったよ」

「うん、また明日……」

 亜弥は、はにかみながそう言うと、

 JRの下り線ホームに向かった。



 2月22日(水)、伊立市民会館。

 スーパーサイエンスハイスクールの発表会が開かれた。

 注目はバラキ高文連自然科学部研究発表会で、

 審査員特別賞を獲得し、

 29年度の杜の都総文祭への出品が決まった気象部だが、

 今回は外部からも取材が来ていた。

 バラキ新聞に、ラジオのバラキ放送。

 バラキ県には県域の民間TV放送局は存在しないので、

 日本公共放送(NKH)の氷戸放送局。

 西中郷素衣と高萩直も来ていた。

 旬刊バレーボールとサッカー協会の機関誌他、

 市・県の広報誌から一般雑誌まで、

 幅広く取材陣が来ていた。


 文武両道、気象部の美少女部長は、

 バレーボールだけではなく格闘技も得意らしい。

 バレーボールとサッカー審判員、

 最近何かと話題の二刀流の使い手は、

 その双子の弟と言われている。

 どの切り口でも面白そう。

 しかも弟の方は、あのBKBメンバーとも、

 つながりがあるとかないとか噂もちらほら。



 最初は物理部・化学部・生物部・地学部・気象部の発表。

 気象部長の遥香が登壇すると、下級生から黄色い歓声。

 遥香は練りに練り込んだ原稿を片手に、

『伊立地方の逆転層

 ~伊立森林火災と臨界事故・原発事故~』を解説。

 地元メディアの取材陣が喰いついた。


 西中郷と高萩は、

 放射能事故のレポートに込められた、

 遥香の『想い』をくみ取り、

 人目もはばからず号泣。

 その姿がまた、取材陣の関心を集め、

 逆に取材を受ける立場に。


 次に生徒によるインデクシング。

 生活・物理・電気・化学・自然の分野ごとに、

 研究した内容を、一人ひとりが短時間で紹介する。

 最後に演劇部・英語部・写真部・放送委員会等、

 文化系活動紹介の時間が設けられていた。


 授業の一環のため、終了まで個別取材は制限。

 気象部長の遥香に、事前申し込み以上の取材陣が殺到する。

 晴貴にも、ついでの取材が申し込まれていたが、

 これ幸いとロビーでのインタビューをすっぽかす。

 一目散に退散しようとしたが、西中郷と高萩に捕まる。


 目的がイマイチ分からない、一般誌からの囲み取材。

 遠巻きに様子を窺う同級生の小木津亜弥と多賀冬海。

 バレーボールにもサッカーにも双子の姉にも触れず、

 女性記者から鋭い質問。

「BKBメンバーとお知り合いだとか?」

「いやどうも」

「メンバーとお付き合いしているのですか?」

「いやどうも」

「リーダーの国分寺さん?

 美人の笠戸さん?

 それとも愉快な高崎さん……」

「いやどうも」

「さっきから『いやどうも』ばかりじゃないですか!」

「かえってどうも」

 西中郷と高萩は笑うばかり。


 亜弥が助け船を出す。

「美香は私の親友です。良く遊びに来るから」

「どうして、あなたの所へ遊びに来たのに、

 彼と噂に?」

 同級生二人も取材陣の前に引き出される。

「噂なんて知りません。

 でもBKBなんかと付き合っていない事は、

 みんなが知っています」

「どういう事ですか?」

「あなたが付き合っているのですか?」

 真っ赤になる分かりやすい亜弥。

「そ、そ、そ、そんなこと……」

「待て、晴貴! 私と結婚するんじゃなかったのか!」

 満を持して西中郷がしゃしゃり出る。

 呆気にとられる取材陣。


「こんな小娘のどこが良いのよ、

 アンタ、晴貴は年上が好きなんだぞ!」

 西中郷は胸を張り、女の魅力を誇示する。

「何よ、いきなり……、

 ちょっと待って、相賀君、

 そういえば去年ウチに来た時、

 私のお母さん口説いていたわよね」

「いやどうも」

「林檎ちゃんがいながら、

 年増に手を出したのか」

 高萩も悪乗りする。

「年増とは失礼でしょう。

 あなた方より若いわよ!」


「林檎ちゃんって誰ですか?」

 女性記者が尋ねる。

「晴貴の彼女よ」

 高萩が腕を組んで亜弥に見せつける。

「元・彼女です」

 亜弥は胸元を隠すように背を丸めて訂正。

「今は自分だって言いたいのね、子供のくせに」

 西中郷は勝ち誇ったように胸を張る。

「いやどうも」

 晴貴に他のセリフはない。


 亜弥は心で誓った。

『どうせ下着で補正しているんでしょう。

 ……牛乳飲もう、キャベツも沢山食べよう』

 冬海は胸を張るべきか、

 背を丸めるべきか迷っている。

『晴貴君は大きめが好きなのかな。

 同級生の中では、私が一番だけど……』

 入学当初から比べれば、ゼイ肉はだいぶ絞れている。

 西中郷は亜弥を見下す。

『10年早いぞ、小娘め!』

 高萩は亜弥を品定め。

『可愛いけれど、線が細すぎ。

 いまどきの娘が良いのかな、

 晴貴も焼きが回ったようね』


 いつの間にか、騒ぎを聞きつけた五人娘が、

 口々に亜弥を擁護。

「大人になったら、負けないぞ~」

「でかけりゃいいってもんじゃないぞ~」

「女の魅力はそこだけじゃないぞ~」

「お肌ピチピチ若さなら負けないぞ~」

「トードスノウカルナバルエオウザード」


『噂はガセね……。

 このインタビューは、使えないな』

 途方に暮れる女性記者。


 遥香が血相変えて飛んで来た、

 晴貴の前にスッと立つ。

 さすがお姉様、ピンチを察して駆けつけたか。

 しかし……。

 遥香は涙を、ポロリと零す。


「ハ~ル~キ~、

 インタビュー嫌だ~!

 みんな同じことばかり聞く~!

 説明できない~!

 面倒くさい~!

 揚足ばかり取る~!

 もう帰りたい~!

 ふぇ~ん!」

 泣いて晴貴にすがりつく。


 西中郷と高萩は顔を見合わせる。

 しまった、こっちがあまりにも面白いので、

 遥香の事を忘れていた。

 インタビュー慣れしていない身には、

 繰り返しの取材は少々酷だったのかしら。


「よし、よし」

 晴貴は手慣れたもので、遥香をなだめる。

 数年ぶりの事だが、

 一度心が折れると、遥香は意外に脆い。

 こうなってしまってはお手上げだ。

 亜弥と冬海と五人娘がスクラムを組み、

 遥香を連れ出す。


 残されたのは晴貴と西中郷と高萩に取材陣。

「相賀君、遥香来ていませんか?」

 気象部の副部長、森山博美が探しに来た。

「……説明は私でもできるけれど、

 記者さんたちが、遥香の写真が欲しいって」

 一般誌の女性記者も成り行きでカメラを構える。

「済みませんが、4人並んでください」

 晴貴・西中郷・高萩・森山をカメラに収める。


「?……仕方ないな。

 相賀君、遥香の代わりに取材に応じてよ」

「いやどうも」

 森山博美が晴貴の手を引いて強制連行。

 西中郷と高萩が後に続く。

 おかげで、大勢の取材陣の前に引き出された晴貴の姿が、

 各媒体で拡散されることになった。


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