070《ポーン、サッ、サッ!》
本編41
もぐもぐもぐ。
お菓子を頬張る高鈴めぐみだったが、
眉間にしわを寄せ、表情は硬いまま。
時々、思い出したように繰り返す。
「審判なのに蹴った」
絶対に許さないんだから!
飲み物を手渡しながら、
大津優季が優しく語り掛ける。
「ショックだったでしょう」
「審判なのに、蹴った」
「きっと、めぐみのプレーに驚いたのよ」
「審判なのに蹴った!」
一瞬軟化したが、すぐに元通り。
時間を気にする松平知が意を決した。
「めぐみ! いい加減にしなさい!」
「審判なのに蹴った!!」
「あなたまだ分からないの、
師匠のメッセージが!」
師匠か……。
モノは言い様ね。
大津は松平に説得を委ねた。
「あなたは師匠に言われて練習してきたんでしょう、
ポーン、サッ。 ポーン、サッ。って、
毎日、毎日、一所懸命に」
「審判なのに蹴った!」
「成果を見せて、師匠もあなたも喜んでいた」
「審判なのに、蹴った」
「考えてもみなさい、
弟子の成長を認めた師匠は、次に何をするかを!」
「審判なのに……、蹴った……」
その手があったか。
大津は納得。
「ステップアップ、
次なる飛躍、
そのための新たな障壁」
「……」
めぐみは押し黙る。
「あなたは、課題を与えられたのよ!」
めぐみの顔色が変わった。
「……課題って……」
「それは、ええと……」
松平もそこまで用意していなかった。
「ポーン、サッ、サッ!」
『え?』
めぐみと松平が、大津の言葉にびっくり。
「そうよ、ポーン、サッ、サッ!」
我が意を得たり、と松平が繰り返す。
「……ポーン、サッ、サッ……?」
めぐみは訝しげに繰り返す。
すぐにはピンとこない。
「ポーン、サッ、サッ! よ」
「そう、ポーン、サッ、サッ!」
じれったそうに繰り返す大津と松平。
「ポーン、サッ、サッ……。
そうか!
ポーン、サッ、サッ、だ!」
「ポーン、サッ、サッ!」
「ポーン、サッ、サッ!」
「ポーン、サッ、サッ!」
三人は小躍りしながら、ハイタッチ。
松平がめぐみの手を取った。
「さあ、吉備駅に急ぐわよ!」
「急げば見送りに間に合うわ!」
「ちょっと待って……」
何故かめぐみは困り顔。
「お腹空いた!」
「途中で食べなさい!」
めぐみの祖父母、白銀夫妻が車で待っている。
Vプレミアリーグの試合進行に合わせて、
新幹線チケットの手配を相賀晴貴に依頼されていた。
試合終了の知らせに、伊立までのチケットを2枚購入。
常磐線、最終の特急には間に合いそうだ。
体育館に成沢遥香と晴貴を迎えに行き、
切符を渡して折り返し、吉備駅まで送ってきた。
孫娘の照れたような笑顔に、問題解決を悟った。
新幹線の出発までは時間がない。
大丈夫、きっと間に合うさ、
おじいちゃんに、任せなさい。
時間ギリギリ、窓越しの見送りになった。
手を振る遥香と晴貴に、
めぐみは満面の笑みでハートマークを示す。
『晴貴兄ちゃん、ありがとう。
一所懸命、練習するからね!』
帰宅するとめぐみは早速、
駐車場でボールを蹴る。
「ポーン、サッ、サッ!」
「ポーン、サッ、サッ!」
ポンコツターンに、得意の引き技を重ねる。
ボールが抜け出す前に、軸足を切り替える。
身体は相手に正対するが、
邪魔する足は届かない、はず。
うまく成功すれば視界は広がり、
次のプレーへのオプションが広がるが、
ボールの勢いをコントロールするのが難しい。
晴貴兄ちゃん、待っていてね。
絶対、成功させてやるんだから!
めぐみの机の上には、晴貴の置き土産。
外国のワールドカップ記念硬貨。
『ARGENTINA78』の文字と、
スタジアムのレリーフ。
裏面は大会エンブレムと、
『100PESOS』の文字。
しかし、練習に夢中なめぐみは、しばらく気がつかない。
1月9日(月・祝)、深夜に帰宅、みんな寝ている。
遥香が晴貴に命令する。
「お腹空いた」
「はぁ?」
「お、な、か、す、い、た!」
「へい、へい」
晴貴はキッチンに向かうと炊飯ジャーを確認、
炊いたご飯はないので、
パックのごはんをチンする。
削り節とチューブ入りワサビを豪快にご飯と混ぜる。
揮発性の辛味にむせるが、
混ぜているうちにほとんど抜けてしまう。
醤油で味を調え、遥香と自らの分を茶碗によそう。
梅コブ茶を添えて給仕する。
遥香は満足そうに平らげた。
「本物のワサビを使うと全然辛くないらしいね」
オヤスミを言って、遥香は洗面所に向かった。
『遥美母さん、パックのご飯を頂きました。
お土産はみんなで食べて下さい』
キッチンにメモとお土産を残す。
「おやすみ」
洗面所の遥香に声をかけて、
晴貴は久し振りの自宅に戻った。
1月13日、金曜日。
バラキ県高校新人サッカー大会一回戦。
吉備レフェリー遠征で晴貴は、合格点を取った。
日本サッカー協会審判部の設定した基準は、ほぼクリア。
「ほぼ」というのは、キャリアの短さに懸念があった、
しかし、そこは実力がモノを言う世界。
実技試験で見極めよう。
白羽の矢が立ったのがこの大会。
当然、晴貴は選手として出場できない。
一回戦、二回戦、準々決勝、準決勝と、
合格点に達すれば、次の試合にチャレンジできる。
男子の大会を4試合クリアすれば、
次は28日からのサッカー女子の県高校新人戦。
修学旅行明けの強行スケジュール。
それでも晴貴は試練を突破した。
ユース限定二級審判員の育成研修会に参加した6名は、
全員、三級審判員(ユース限定二級審判員)として、
それぞれの地域サッカー協会から認定された。
引き続き「限定解除」を目指して精進してください、
その上で「ユース限定一級審判員」への道をご用意します。




