068《大会前夜祭》
本編39
二、三の質疑応答と、PK戦での役割分担を確認。
一通りの打ち合わせを終えると、
相賀晴貴はこの試合での審判チームの課題と、
自分自身のテーマを発表した。
「審判員全員で、目を合わせて行きましょう。
離れていても、意思疎通ができるはずです。
大切な全国大会直前の練習試合ですので、
選手の怪我が一番心配です。
激しいプレーとラフなプレーを見分けて、
早目、早目の笛を心掛けます」
研修会の実技責任者は、現役の国際審判員。
関東地方からの追加招集を相談され、受け入れた。
名前を聞いて最初は分からなかったが、
成長した晴貴の姿に見覚えがあった、
「背が伸びたな」
一度だけジュニアユースの試合で、
伊立ゾンネンプリンツ戦の笛を吹いた事がある。
その時のセンターフォワードが、晴貴だった。
足を掛けられて転んでも、
勢いを利用して立ち上がり、
ボールを追おうとした。
ゲームを止めてしまった事に不満そうだった。
次からはプレーオンを多用した、
蹴られても、蹴られても平気でドリブルを続ける。
遂にはペナルティーエリアの中でも蹴られたので、
PKを与えようとしたが、
笛よりも早く、晴貴はゴールを決めてしまった。
その時の不敵な面構えを思い出した。
「落ち着いているじゃないか」
研修会の事務責任者も、元一級審判員。
推薦があり、晴貴の事は調査した。
審判員には良くあるパターンだが、
怪我で現役を退いた訳ではないらしい。
戦力外通告をしたチームの監督から寄せられた熱い推薦。
俄然興味を持って、つてを頼って調べた。
地元バラキ県内での評判はすこぶる良い。
その内容は実技責任者にも伝えてある。
「試してみる価値はありそうだな」
スタッフと相談の上、最初の練習試合に抜擢したが、
どうやら大当たりを引いたようだ。
主審は、試合球の圧力チェックも終え、
ボールガールを務める控え選手達にも挨拶。
試合時間直前となり、
晴貴はそこにいた全員とハイタッチして試合に臨む。
大津優季、松平知、高鈴めぐみも続く。
打ち合わせ通り、整列した選手の用具チェックを終えた。
その間に、それぞれのGKに声を掛け、試合球を触らせる。
主審がアウェーの五文字高校を促すと、
審判団と高商学園高校選手と順番に握手して行った、
高商学園高校の選手も続いて審判団と握手。
ピッチに22人の選手と、4人の審判団が揃った。
晴貴はまず副審2と目を合わす。
松平はフラッグを持たない方の手でサムズアップ。
『選手11名揃っています。その他問題なし』
続いて副審1と目を合わせる。
大津はさり気なく掌を広げる。
『11名OK、ヨロシクお願いします』
主審は両ベンチに視線を送る。
最後に第4の審判員に笑顔で頷きかける。
『心配するな』
めぐみは両手の指でハートマークを示す。
『晴貴兄ちゃん格好いい!』
う~ん、その仕草は誰かを思い出す……。
センタースポットに置かれたボールの前で、
高商学園高校のGKに手を振る。
GKは手を上げて応えた。
ボールの正面から横に移動しながら、
五文字高校のGKに向けて手を上げる。
GKも両手で応えた。
晴貴は左右の腕時計がストップウォッチモードで、
ゼロを示しているのを確認した。
「始めましょうか」
キックオフに備える五文字高校のキャプテンに声を掛けると、
主審はホイッスルをくわえた。
左腕のストップウォッチのスタートボタンに手を掛ける、
副審2、副審1、第4の審判員に再び視線を送り、
試合開始の笛を高らかに吹き鳴らす。
ボールの行方を追いながら、
右手のストップウォッチもスタート。
身体が軽い。
タフだがフェアで小気味良い試合になった。
「晴貴兄ちゃん、このコインどうしたの?」
試合終了後、めぐみが預かったコインを返しながら尋ねる。
「外国コインコレクションの中から見つけた。
本屋さんのレジ前で売っていた」
「へぇ~、そんな所で」
「私も探してみよう」
大津と松平も、もの珍しげ。
「晴貴兄ちゃん、このコインちょうだい」
「ダメだ」
「ケチ!」
めぐみはコインを離そうとしない。
晴貴がつまんだコインを軽くひねると簡単に離れた。
大津と松平は苦笑する。
この日は摂津レディースサッカーセンターの会場をフルに使い、
練習試合が6試合行われた。
古参の三級審判員が主審を務め、
残る新参三級審判員等が、副審と第4の審判員を務めた。
夕方からは撮影したビデオも使いながらの検討会。
練習試合数は日によって増減したので、
時折、研修生同士で紅白戦。
自主練習に来ていた吉備ドーナッツの選手も参加。
第25回全日本高校女子選手権大会開会前日の、
29日(木)まで実技講習は続き、
6人の研修生は、優秀な成績で本大会参加が決まった。
第25回全日本高校女子選手権大会の前夜祭、
参加チームが、かうべ市民会館に集合、
チーム紹介と簡単な余興を披露する。
十代の審判団チームも紹介された。
余興は特に準備をしていなかったので、
晴貴がめぐみを従えて、
音楽に合わせたリフティングを披露した。
晴貴のスマホから『エンドレスダンサー』を流す。
背が高く、甘いマスクの晴貴に女子高校生達はささめく、
小柄なめぐみの、あたふた姿は「カワイイ」と高評価。
奇跡的にシンクロしながらフィニッシュ。
会場はやんやの喝采で盛り上がった。
前夜祭の最後には大会テーマ曲を歌うBKBが登場した。
晴貴とは舞台袖でばったり、
BKBチームZ650の高崎鈴は神に感謝した。
「運命の王子様と再会できるなんて……」
「会えて良かった、借りたお金返すから……」
めぐみがたかりんに対抗心むき出しでムッとする。
国分寺美香はパンポンで何度も伊立市に来ていた。
「亜弥は元気かしら、『お友達』なんでしょう……」
占いの得意な笠戸菜月が告げる。
「あなたの持つ女難の相は、生まれつき。
月は新月、姿を隠したけれど、
火星、金星、他の星たちが、あなたの人生を惑わす。
苦労はするけれど、同時に人生の糧となる。
……でも一番大切な太陽を、
取り逃がすことは無いようね……」




