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067《審判員打ち合わせ》

本編38

 全員でウォーミングアップを兼ね、

 ピッチ状態を確認した後。

 研修第一試合を担当する審判団が自己紹介する。

「主審を担当する相賀晴貴、三級審判員です」

「副審1の大津優季です、三級審判員になったばかりです」

「副審2の松平知です、私も三級審判員になったばかりです」

「だ、第4の審判員の、た、高鈴めぐみです、昨日審判員になりました」


 12月25日(日)、ユース二級審判員の育成研修会2日目。

 摂津レディースサッカーセンター。

 第25回全日本高校女子選手権大会出場チームが、

 事前合宿を兼ねて続々と集まってくる。

 チーム同士の練習試合を招致し、

 研修の場として審判員が派遣される。


「それでは、試合前の審判員打ち合わせを行います。

 五文字高校と高商学園高校の練習試合、

 30分ハーフで、インターバルは10分。

 延長戦はありませんが、

 試合後にPK戦実施の依頼がありましたので、

 試合の勝敗にかかわらずPK戦を実施します。

 交替要員は本大会と同じく7名以内ですが、

 今回は交替選手数の制限はありません。

 こういった練習試合では、

『もう一本』ということも良くありますので、

 その心積りもはしておいてください」

 大津と松平は頷く、めぐみは固い表情のまま。

 伊立遠征で晴貴と審判チームを組んだ時には経験していたが、

 審判インストラクターや協会役員が加わった、

 こんな本格的な打ち合わせは初めてだ。

 最初の試合に抜擢された晴貴の一挙手一投足を、

 他の研修生も、食い入るように注視する。



 打ち合わせの直前には、両チームの監督とキャプテン、GKが集合。

 ユニフォーム色のチェックと、キックオフのコイントスを行った。

「より遠方から来ているのは五文字高校ですね。

 敬意を表して、コインの裏表を選んでください」

 笑顔でキャプテンにコインの裏表を示した。

 コインは外国のワールドカップ記念硬貨。

 片面は『ARGENTINA78』の文字とスタジアムのレリーフ。

 もう片方は大会エンブレムと『100PESOS』の文字。

 五文字のキャプテンはスタジアムレリーフを選んだ。

「『ARGENTINA78』ですね」

 念を押してから、反対側を高商学園キャプテンに示す。

「『100PESOS』がこちらになります」

 指でコインを弾く。


 空中で受け取り、掌の上で示す。

「『ARGENTINA78』が出ました、

 五文字高校のキックオフになります。

 それではヨロシクお願いします」

 両チームのキャプテン・GK・監督と握手を交わす。

 副審たちにも握手を促す。

 円滑な試合運営に欠かせない貴重な儀式だ。

 晴貴はコインを第4の審判員のめぐみに手渡した。

「済みませんが、これをポケットに入れて持っていてください。

 ピッチで落としたら、まず見つかりませんから」

 打ち合わせではどんなに親しくても基本敬語だ。



 晴貴主導の打ち合わせは続く。

「私に何かアクシデントがあり、審判を続けられない時は、

 副審1の大津さんが主審に入って下さい。

 そして第4の審判員の高鈴さんが副審1に、

 そのための用具の準備は忘れないように」

「だから私も笛を持つのですね」

「そうです。滅多に起きませんが、私は一度経験があります、

 また、主審の判定の基準にも気を配っておいてください」

「はい」

 大津が返事をする、めぐみはコクコクと頷くのみ。


「試合前に整列した時に、

 並んだ選手からスパイクとすね当てのチェックを。

 全国大会に出場するような高校生なら大丈夫でしょうが、

 万が一のアクセサリーには気をつけて下さい。

 これはそれぞれの副審が行って下さい」

「はい」

「高鈴さんはその他の用具。

 サポーターなどをしている選手がいたら、

 固い金属がつかわれていないか触ってチェックを。

 女子選手ですので私は用具にも、お触りしません」

 軽く笑いが漏れ、緊張感が和らぐ。


「試合開始前に副審はゴールポストとネットの再チェックを、

 それから必ずピッチ上の人数を数えて下さい。

 異常があればアイコンタクトの上で旗を上げる。

 この時は旗を振る必要はありません、

 気付いたら私が確認のために近寄ります。

 何もなければ何もしないのが原則です」


「試合が始まったらできるだけ目を合わせましょう。

 判定も慌てる必要はありません。

 万が一、どちらのチームのスローインか分からない時は、

 まず垂直に旗を上げて下さい。

 私がどちらかに「決めます」ので合わせて下さい……」

『決めます』の言葉に力を込めた。

「それ以外は攻撃方向指しますが、

 指したのが逆だと気付いても、

 慌てて指し直さないように。

 静かに旗を降ろしてから主審に合わせて下さい。

 主審と指し違って慌てて直したら、

 主審も逆を指しているという、

 間抜けな事が起きないように」

 他の研修生は真面目にメモを取る。


「主審から見えないと思われる角度で起きた反則は、

 積極的にサポートして下さい。

 ただし目の前で起きた時のみ。

 バサバサと旗を振って教えて下さい。

 もちろん主審の判定の基準を十分尊重するように、

 主審より厳しく取り締まる必要はありません」

 研修会スタッフも黙って聞いている。


「私が大津さんに背を向けている時に、

 交替の要請があっても気付かない時があります。

 その際は松平さんも副審1と同じような、

 交替のサインを送ってください」

 晴貴は大津からフラッグを受け取り、

 交替のサインを示す。

 今回は審判用具に電子機器は含まれていない。


「選手のピッチからの出入りは、

 主審の許可がなければ反則行為となりますが、

 勢いで出た場合はもちろん除きます。

 負傷等の原因で選手が外に出たいと申し出た時は、

 基本的に私が確認しますが、

 私が遠すぎて確認できない時があります。

 選手が『外に出たい』というのはよっぽどの事ですので、

 その場合は近くにいる副審が認めて結構です。

 ただし、一度出た選手が入る場合は、

 必ず主審の許可を得るようにと念を押しておいて下さい。

 次に私と目があった時に、その選手を指差して教えて下さい。

 飲水をしようとした選手がピッチを出てしまったら、

『ラインを踏みながら』と、教えてあげて下さい。

 言う事を聞いてくれなければ私を呼んで下さい」


「乱闘は……、起きないと思いますが、

 トラブルが生じそうな時は、

 近くなら止めに入って結構です。

 反対サイドの副審と第4の審判員は、

 全体を俯瞰で見ていて下さい」


「さて、反則のうちでもPKになる場合は、

 よっぽど私の角度が悪くなければ主審に任せて下さい。

 ペナルティーエリアギリギリの反則の場合ですが、

 エリア外、PKでなければそのままの位置で、

 エリア内、PKになる場合は……」

 晴貴はその際に取るべき行動を具体的に指示する。

 バインダー式のピッチ図を開いて、ペンで動きを示した。

 研修生にも見えやすいように、角度を変えてもう一度、

 研修生のペンが一斉に走る。


「ゴールの判定は、

 しっかりゴールラインまで戻り切った上で、

 ゴールを認める場合は、

 主審と目を合わせてこう動きます……」

 晴貴は再びピッチ図を用い、動きを指示する。

「今のゴールは絶対に認めないぞ、という場合は、

 目が合ってもその場を動かず、頑張ってください。

 例え主審がゴールの笛を吹いてしまっても、

 キックオフ前なら変えられます。

 とにかく頑張って私を呼んで下さい」


「ゴールキックの時は基本通り、

 ボールの置かれた位置を確認、

 次にペナルティーエリアを超えるかどうかの確認、

 その後、すぐにディフェンスの、

 最終ラインまで移動するわけですが、

 浅い最終ラインを引くチームの場合、

 オフサイドの判定に間に合わない恐れがあります、

 それでも基本通りの位置取りをして下さい。

 間に合いそうにない局面では、

 私が最終ラインに入ります。

 また、交替の手続きのために毎回必ず、

 副審1が中央まで行く必要はありません。

 場合によっては私か、第4の審判員が行います」

 全員が真剣に聞き入っている。


「警告・退場に値する行為を見つけたら、

 旗を振って教えて下さい。

 不正行為が行われたのにもかかわらず、

 試合を継続するのはあまり好ましくありません。

 どちらのチームの何番が、

 相手の何番に何をしたのか、

 しっかり説明できるように、

 主審がプレーオンを宣言していても、

 警告・退場が消える訳ではありません」


「ホイッスルで試合が停止された時は、

 再開の場所と方法を意識しておいてください。

 フリーキックで10ヤード離す時は、

 目の前なら『もっと離れて』等の、

 指示をしてくれれば助かりますが、

 同時に最終ラインの追跡を怠らないように。

 コーナーキックでキッカーが、

 コーナーアークにボールを正しくセットしたら、

 さり気なくサムズアップで教えて下さい」

 晴貴は拳を握り、親指を立てて示した。


「終了時間が迫ってきたら目を合わせながら、

 自然に腕時計を示して下さい。

 1分前になったら、高鈴さんはピッチ近くに立って待機。

 アディショナルタイムのサインを出します。分数は……」

 晴貴は指で1~5までの分数を示しながら、

 腕全体で分数ごとの角度を作って見せた。

 1分は腕を真上に、2分は腕を真横に、3分は腕を斜め下に、

 4分、5分の時も全く違う方法で腕の形を区別して見せた。

 研修生は感心する。


「晴貴兄ちゃん、もう一回、分かんない!」

 めぐみは頭が飽和状態で泣きそうだ。

「あとでもう一度、ちゃんと教えてあげるよ」

 微笑ましいやり取りに、研修生にも笑みが広がる。

「交替手続きは落ち着いて、焦る必要はありません。

 ベンチコントロールも大切なので、

 何かあったら主審を呼んでください。

 暴言等があった場合は、

 可能な限り発言者を特定できるように。

 ……第4の審判員は初心者ですので、

 どなたかサポートをお願いします」

 藤岡三沙がその役目を買って出た。


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