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065《ポンコツターン》

本編37

 晴貴はめぐみに、幾つかのプレゼントを用意していた。

 そのうちの一つが『ノーリミッター』という音楽CD。

 80年代アイドルのダンスフルなアルバム。

 亡くなった母親の所有物で、晴貴のお気に入りだった。

 最近、復刻版が出ていた。

 その中の『エンドレスダンサー』が、

 めぐみと初めて出会った時に、

 晴貴がリフティングに使っていた曲だ。

「これが欲しかったの!」

 めぐみは大喜び。



 ユース限定二級審判員の育成研修会は、

 十代の三級審判員の技術向上を主体として、

 摂津県かうべ市で行われる。

 日本サッカー協会審判部が主催し、

 メイン会場はなでしこリーグの強豪、

 摂津ドーナッツの練習拠点、

 摂津レディースサッカーセンター。

 12月30日から、かうべ市で開かれる、

 第25回全日本高校女子選手権大会に出場する、

 32チームの練習試合を利用して実技研修を重ねる。

 場合によっては本大会を担当すると、含みも残された。


 24日の午前9時。

 簡単な開催挨拶と、それぞれの自己紹介の後、

 すぐに体力測定となる。

 200M走の後に、50M走を二本。

 設定時間は二級、三級、四級でそれぞれ異なるが、

 全員、二級の設定タイムを目指すように求められた。

 参加したのは三級を目指す十代の四級審判員12名と、

 三級審判員5名と追加招集の晴貴、

 白藤二高の一年生、藤岡三沙も当然来ている。

 三級の6名は全員二級の設定タイムをクリアした。

 四級審判員の中には、吉備師恩学園の女子マネージャー、

 大津優季と松平知も含まれていた。

 その他に地元から、審判員の認定試験を受ける者数名。

 高鈴めぐみもその中に潜り込んでいる。


 座学に戻るとルールテスト。

 現役の四級審判員にとっては、

 三級審判員への昇格試験を兼ねる。

 四級審判員希望のめぐみも同じ試験を受ける。

 採点の間に、研修会の実技責任者である国際審判員の講演。

 次シーズンから改正される競技規則のポイントと、

 前シーズンのJ1、J2、なでしこリーグで生じた、

 ルールに関する事案の紹介・解説が行われた。

 昼食の前に、四級、三級試験の結果発表。

 全員が合格していた。

 新四級審判員になった者は希望すれば、

 午後の研修会にも参加できる。



 高鈴めぐみは満足顔。

 これで私も審判員。

 晴貴兄ちゃんにまた一歩近づいた。

 それよりもこれからお昼だ。

 初めて作ったお弁当。

 晴貴兄ちゃんのお口に合うかな。

 失敗していないかな。

 きっと大丈夫だよね、

 ……ほとんどはお母さんが作ったから。

「私が早起きして作ったんだよ」

 晴貴兄ちゃんは「美味い、美味い」って食べている。

 大津先輩と松平先輩が笑っていた。



 午後はグラウンドに集合。

 サッカーの紅白戦を行う。

 人数はめぐみや講師まで含めて、30人弱。

 準備運動は晴貴がリードするように指名された。

 サッカーのキャリアでは群を抜いている。

 晴貴の主導でじっくり体を温め、

 いざ紅白戦。


 しかし一風変わっている。

 ルールの隙を突いた反則アリ。

 むしろ考え抜いたグレーゾーンを求められる。

 主審役の対応を含め、試合後に検証会を開く。

 そのために敢えて悪賢いプレーが横行する。



 めぐみはそんなことお構いなし。

 晴貴にプレーを見てもらう絶好のチャンス。

 最年少の中学三年生だったが、

 交替で出場するとキレッキレのプレーを披露、

 あちらこちらで、コマネズミのように、

 ちょこまか、ちょこまか、クルリ、クルリ。

 ボールを保持したら最後、

 引き技を駆使して相手の足から逃げ回る。



「面白い子がいるわね」

 摂津ドーナッツのエースプレーヤー、竹内が呟く。

 チームの練習拠点で自主練習をしていた。

 自主練習のパートナー、GKの中里も興味津津。

「つむじ風みたいな子ね、小学生かしら」

 摂津ドーナッツのコーチ、多田の興味は別。

「女の子もいるわね、

 男子に交じっても悪くない動き」

 大津と松平に注目。

「今日はレフェリーの研修会なんだって、

 しかも全員十代」

 チーム広報の山岡が説明する。

「女の子の二人は吉備師恩の女子マネージャー、

 ドーナッツキッズのサテライトチームにもいたはずです。

 それから……」

 摂津サッカー協会審判部の秋が資料を繰る。

「あのコマネズミも女の子です。

 ああ、高鈴めぐみ、中学三年生。

 ゾンネンプリンツにいた高鈴剣次コーチの娘ですね」

「ふ~ん」

 一同の視線はめぐみのプレーに集中する。



「めぐみ!」

 中盤で味方の晴貴が叫ぶ。

 めぐみはその意図を理解した。

「ポーン」

 相手選手を背中にしたまま、晴貴へパス、

 即座に晴貴からのリターンパス、

 プレッシャーに倒されそうになりながら、必死で耐える。

 右足に正確に届いたパスを、

 練習通りにインサイドで捌く。

「サッ!」

 同時に左足を軸にクルリと反転、

 見事にポンコツターンが決まって、相手を置き去りに。


『うわっ!』

 思わす摂津ドーナッツの一同が声を上げた。

 めぐみは味方にパスを送り、得意気に晴貴を振り返る。

「上手くできたな」

 晴貴はそう言ってめぐみの髪をくしゃくしゃに。

 めぐみは照れながらも満面の笑顔。

「面白い娘がいるわね」

 なでしこジャパンのキャプテン、竹内が再び呟く。



 嬉しいな、嬉しいな。

 晴貴兄ちゃんに褒めてもらえた。

 最高のクリスマスプレゼントになったよ。

 まだポンコツフェイントは見せていない。

 成功させたらびっくりするぞ。


 翌日からも、めぐみは研修会についてきた。

「何でもお手伝いします」

 積極的に準備を手伝った。

 人手は幾つあっても困らない。

 研修会のマスコット的存在になった。



 たまたま別グラウンドで自主練習している、

 摂津ドーナッツの選手からも声を掛けられた。

「手が空いていたら手伝ってくれないかしら?」

 手の空きそうな時間は調べてあった。

 そうとは知らないままめぐみは、

 摂津ドーナッツ主力選手の自主練習をお手伝い。

 竹内からは『コマネズミ』と呼ばれる。

 ミニゲームでは相変わらずクルリ、クルリ。

 遂には『コマちゃん』が愛称に。


 晴貴に見せるための練習として、

「ポーン、サッ!」

「ブ~ン、トン、トン」

 ポンコツターンとポンコツフェイントを試してみる。

 実戦練習のつもりのめぐみは、

 当たり前のように淡々と披露。

 ポンコツフェイントを仕掛けた相手は竹内。

「何て娘なの!」

 FIFA最優秀選手賞を獲得したこともある、

 日本女子サッカー界の至宝が舌を巻く。

 チーム関係者の目の色が変わった。


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