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064《レフェリー遠征》

本編36

 12月22日、冬季休業前日。

 成沢遥香と相賀晴貴は、JR賀多駅に降り立った。

 いたちかな市でのバレーボールの練習を終えて、

 父親たちよりも一足先に電車で帰宅。

 いろいろな事情と利害が一致して、

 伊立シェーンハイトと伊立コンクレントで、

 それぞれバレーボールを続けている。

 二人とも身分は練習生のまま。

 晴貴は明日の早朝、

 電車を乗り継ぎ吉備県に向かう。


 遥香の家で二人っきり。

 帰宅途中に購入したお弁当で、遅めの夕食。

 父親たちは法事の遥美母さんをお迎えに。

 中学生の弟、結貴は最近独りを好む。

 小学生の妹、媛貴はとっくに就寝済。

 明日から留守にするので、あれこれを遥香に依頼。

 みんなへのクリスマスプレゼントやいろいろな事。

 伊立一高休業明け恒例の実力考査に備え、

 共通する科目の対策も余念がない。

 二人で試験のヤマをはり終えると、もう10時過ぎ。

 早目にプレゼントされたマフラーを巻きつけ、

 遥香が近所のコンビニに買い出し。

 寒空の元、コーヒー1杯で晴貴もつきあわされる。


 遥香がコンビニ袋を晴貴に押し付ける。

「明日からのおやつ買ったから、持って行って。

 それから、お汁粉、食べたい」

「はぁ?」

「お汁粉が、た、べ、た、い!」

「へい、へい」


 帰宅すると晴貴はキッチンに向かう。

 袋にはいくつかのお菓子の他に、

 190g缶の『おしるこ』飲料が4缶。

 アンコの串団子が1パック。

 缶の中身を小振りの鍋に空ける。

 少量の水で缶をゆすぎ、その水も鍋に。

 串団子は4玉3串をフォークで外して鍋に。

 慎重に火加減を調整する。

 油断するとすぐに吹きこぼれる。

 火を止めて、遥香と自らの分をお椀によそう。

 遥香は満足そうに平らげた。


「晴貴のお母さんの作るお汁粉、美味しかったよね」

 オヤスミを言って、遥香は浴室に向かった。

『遥美母さん温めてどうぞ。

 明日から、かうべ遠征です。

 始発の特急で行きます。

 結貴と媛貴を宜しくお願いします』

 鍋に蓋をしてメモを残す。

 脱衣場の外から遥香にオヤスミと声をかけて、

 晴貴は自宅に戻った。



 12月23日、正午少し前。

「晴貴兄ちゃん!」

 早朝の特急で伊立を出て、新幹線に乗り継ぎ、

 吉備駅で新幹線から降り、改札を出ると、

 高鈴めぐみが迎えに来ていた。

 精一杯のおしゃれをして、慣れないスカート姿。

「どこかのお嬢様かと思ったよ」

 晴貴のリップサービスに照れ笑い。

 急に、姿を見られるのが恥ずかしく思えてきた、

 晴貴の腕にすがりつき、視界から外れる。

 媛貴みたいだなと晴貴は思った。

「しばらくやっかいになるぞ」

「うん。でもいいのかな?

 かうべ市までは、こだまでも1時間だよ」

「結構かかりそうだな、でも仕方ない」

「お父さんがね、今日はゆっくりしてもらいなさい。

 駅周辺を案内しておきなさいって。

 お母さんがね、お昼は一緒に食べてきなさいって……」

 クリスマスイブの前日の町は華やいでいる。

「デートみたいだな」

 何気ない晴貴の言葉にめぐみは頬を染める。


 めぐみが案内したのはハンバーガーショップ。

 おしゃれなカフェやレストランは元より、

 中学三年生の行動範囲では、

 ファミレスさえ選択肢には浮かばなかった。

 お友達に出会ったら何て言おうかな?

 そんな事ばかりが気になって仕方ない。

『恋人だ』って言ったら、みんな驚くかな、えへへへへ。

『親が決めた許婚者だ』って言っちゃおうかな、うふふふふ。

 晴貴兄ちゃんも、話を合わせてくれて……。

 少女マンガの主人公みたいだな、あはははは。

 妄想が止まらない。


 晴貴がトイレで席を外した時に、懸念が現実に。

「めぐみ! あの男の人だ~れ?」

「こんなにおしゃれして」

「私服のスカート姿は初めて見たよ」

「ねぇ、彼氏なの?」

「高校生だよね?」

「紹介しないと、こうだぞ!」

 中等部バレーボール部の仲間たちに見つかった。

 興味津津で、あたふたするめぐみをいじりまくる。


「めぐみ、友達か?」

 晴貴が戻ってきた。

 友達の一人が晴貴の真似をする。

『めぐみ、友達か?』

『うわ~っ』

 みんなで冷やかす。

 めぐみは赤面、あわあわするのみ。

「相賀晴貴です。ヨロシクお願いします」

 晴貴の柔らかな対応に、友達はワルノリする。

「めぐみの彼氏さんですか?」

「というよりも、フィアンセかな……」

『うわ~っ』

「ち、ち、ち、ち、違うよ!」

 慌ててめぐみが否定する。

「……し、し、し、親戚のお兄ちゃん!」

『なぁ~んだ』

「晴貴兄ちゃん、からかわないでよ!」

 いざとなると妄想はどこへやら、

 めぐみは怒ったふりをして晴貴を叩く。


 友達の一人が、晴貴のブレザーに気付く。

「あの、伊立コンクレントのエンブレムですよね」

 さすがはバレーボール部。

 めぐみはそこまで気付かなかった。

「もしかして『旬刊バレーボール』に載っていた……」

 Vリーグの「ルーキー紹介」コーナーの番外編で、

 遥香と共に、ルーキー目前の練習生として最近紹介された。

 西中郷と高萩の猛烈なプッシュがあったらしい。

 モノクロの小さな写真まで載せられた。

 地元伊立ではそれほどいじられる事はなかったが、

 所変われば対応も変わる、

「『ソウガ』さん?」

「『アイガ』と読みます。アイガハルキです」

『うわ~っ』


 バレーボール部の仲間達は色めき立つ。

「めぐみの親戚、凄いじゃない!」

「あ、あ、握手してください!」

「サ、サ、サイン下さい!」

「い、い、一緒にシャメ撮ってもいいですか!」

「分かったから、あまり騒がないで……」

 店内の注目を集め、少々困惑顔の晴貴。

 めぐみが一番驚いた。

「晴貴兄ちゃんって、そうだったんだ!」

『お前は、アホか!』

 仲間たちから一斉に突っ込まれる。



 12月24日。

 差出人名のない郵便が遥香の所に届いた。

 郵便はがきの倍のサイズ。

 長時間露光の星空の写真。

 差出郵便局の消印はなく、

 切手の代わりに「料金別納」のスタンプ。

 留守の晴貴の所にも投函された。

 来ているのはここだけではないようだ。

 小木津亜弥によれば、

 定形郵便物なら機械処理によって、

 見えないデータが埋め込まれているのだが、

 定形外郵便物なので手掛かりはないそうだ。

 それが却って、伊師兄妹からのものだと暗示している。


 晴貴がいれば一発で見抜けたはずだ。

 プラネタリウムでアンケートに記した事がある。

「南十字星が見てみたい」

 顔見知りになっていた天球劇場の解説員が、

 暫くしてから、自然な形でリクエストに応えてくれた。


 荒川沖岬医師も一目で星座に気付いた。

 バカンスの南の島で見覚えがある。

 日本国内で見える場所は限られている。

 琉球県で働く知人から情報が得られた。

 離島の診療所に勤務するために、

 臨床の現場に飛び込んだ、

 壮年の放射線科医がいるらしい。

 姓は変わっているが、

 本郷寿應先輩に間違いない。

 そろそろ、あの双子が健康診断に来る頃ね、

 林檎ちゃんの彼氏には、

 教えてあげた方がいいのかしら。


 伊立一高では二年生による修学旅行が、

 1月24日から、27日にかけて行われる。

 修学旅行は、実に31年振りの復活になる。

 行き先は琉球県。

 南十字星が見える街。


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