063《ユース限定二級審判員》
本編35
アイゼン・シュルツェンは席に戻ると、
通訳を介してチームマネージャーに連絡を取る。
「サッカー協会のユース審判員育成の件はどうなっている?」
「思うように人材が集まらないようです。
締め切りが二度延期されましたが、
それもとうに過ぎています」
「企画自体が無くなってしまったのか?」
「規模を縮小して、西日本をメインに行われる予定です」
「締め切りなど関係ない、是非推薦したい逸材がいる。
推薦文は私が書くので、応募の用意をしてくれ……」
『ユース限定二級審判員の育成』
ユース世代の若い審判員を対象に、
ユース年代以下のカテゴリーでのみ通用する、
2級審判員を育成する、サッカー協会のプロジェクトだが、
そもそも対象となる高校生の三級審判員が多くない。
いずれ『ユース限定一級審判員』も視野にあったが、
当初の目論見を若干変更して、
十代の三級審判員の育成と技術向上を主眼に置いた。
J2伊立ゾンネンプリンツの監督から、
日本サッカー協会審判部に推薦文が届いた。
バラキ県に活きの良い高校生審判員がいる。
その事実は把握していた。
熱い推薦文に審判部は動いた。
伊立第一高等学校サッカー部の三級審判員、
二年生の相賀晴貴に研修会参加の要請が来た。
冬季休業期間中に摂津県かうべ市において、
ユース限定二級審判員の育成を目標とする、
三級審判員を対象にした研修会が開かれます。
是非ともご参加ください。
期間中に開催される第25回全日本高校女子選手権大会と、
その大会に備えた練習試合で実技研修を行います。
参加予定者は、関東・中部・九州から各1名、関西から2名、
その他に、関西中心に四級審判員が若干名。
なお、遠方からの参加者には、
宿舎の手配をしますのでご連絡ください。
晴貴は、高鈴剣次に電話して居候をお願いする。
12月23日から、1月9日まで。
冬季休業明けの1月10、11日には、
伊立一高恒例の第3回実力考査がある。
学業を疎かにしないためにも、
寝食付きの安定した環境が望ましい。
もちろん高鈴剣次は快諾。
それを知った娘のめぐみは大喜び。
研修会に参加する若干名の四級審判員には、
吉備師恩学園の女子マネージャー、
大津優季と松平知も含まれていた。
高鈴めぐみの自主練習は熱を帯びていた。
「ポーン、サッ!」
「ブ~ン、トン、トン」
「ポーン、サッ!」
「ブ~ン、トン、トン」
曲に合わせたリフティングもだいぶ上達したが、
まだしっくりする曲が見つからない。
伊立遠征ではBKBのヒット曲を使って、
晴貴が実演して見せてくれたが、
めぐみにはテンポが速すぎた。
晴貴と最初に出会ったあの時の、
ミディアムテンポの曲が気になる。
もうすぐ晴貴兄ちゃんがお家に来る。
こんなクリスマスは初めてだ。
こんな年末は初めてだ。
こんなお正月は初めてだ。
こんな冬休みは初めてだ。
こんなにドキドキするのは、初めてだ。
早く12月23日にならないかな。
早く晴貴兄ちゃんこないかな。
「上手くなったな」って、褒めてもらうんだ!
12月16日。
伊立市民会館で、
スーパーサイエンススクールの中間報告会が開かれた。
注目はバラキ高文連自然科学部研究発表会で、
審査員特別賞を獲得し、
29年度の総文祭への出品が決まった気象部。
新部長の成沢遥香が登壇すると、下級生から黄色い歓声。
武道の達人で、
Vプレミアリーグ伊立シェーンハイトの練習生。
気象予報士を目指す理系の才女。
離別する彼氏(?)の高速バスを、
自転車で追いかけた悲劇のヒロイン(笑)。
文武両道を地で行く姿が、
虚実含めて過大評価されている。
遥香は先輩女子が作った原稿を頼りに、
『伊立地方の逆転層 ~伊立森林火災と原発事故~』を解説。
新たに放射能事故のパートが加えられている。
遥香に心酔する一年生5人が頑張っている。
2月の成果発表会までには、
臨界事故のパートも加わる予定。
何て優秀な後輩たちなのかしら。
同級生の森山博美と共に、
気象予報士試験対策にも余念がない。
でも試験って修学旅行から帰ってすぐよね。
これは言い訳に使えるかも。
伊立駅の動く歩道を横目に歩く4人。
「ハル姉ェ、凄ェじゃん。
杜の都総文祭って、文化部の甲子園」
晴貴はただただ驚嘆するのみ。
「アンタこそ、一体何がしたいのよ?
わざわざ、かうべ市までレフェリー遠征なんて」
遥香は驚きを超えて呆れている。
「そっちだって、理系がそんなに得意だなんて知らなかった」
「うっさいわね、晴貴だって分かるでしょう、
どうにもならない流れがあるのよ、世の中には……。
よもぎちょうだい」
晴貴の買った「福ろうドーナツ」のアラカルトから、
お気に入りをつまみ食い。
「それはダメだ、じゃあシナモン返せ!」
「アンタはアップルだけ食べていなさい!」
「ハル姉ェこそ、レーズン好きなくせに!」
遥香の右手指ごと、食べかけのシナモンドーナツにかぶりつく。
「うわっ! 汚なっ!」
左手の、残ったよもぎドーナツまで晴貴の口にねじ込み、
舐められた指を晴貴のブレザーに擦りつける。
「ねぇ、冬海ぃ……あたし達って、お邪魔虫なのかな?」
「そんなことないと思うよ、亜弥ぁ……」
画材を買いに氷戸へ行く多賀冬海と、
それに同行する小木津亜弥。
ついでにいつもの映画鑑賞。
バレーボールの練習のために、
いたちかな市に行く二人と道連れになった。
亜弥と晴貴はつき合っている……、
ことになっている、はずなのだが。




