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060《七浦六辺堂》

本編32

 11月3日、木曜日、文化の日。

 バラキ高文連自然科学部研究発表会。

 気象部は副部長の成沢遥香を軸に、一年生5名が加入、

 幽霊部長を除いた、8名で活動。

 頻繁にサイエンス倶楽部の助言指導を受けた。

 物理部や地学部の力も借りながらまとめた研究は、

『伊立地方の逆転層と伊立森林火災』

 放射能事故への含みを残し、

 審査員特別賞を獲得してしまった。

 最優秀賞を受賞した物理部とともに、

 高文連特別推薦で29年度の総文祭への出品が決まった。


 感激する部員を目の当たりにして、

 さすがに「辞退したい」とは言えない。

 遥香は苦虫を噛み潰したような顔をしていると、

 真の功労者、生徒会書記の先輩女子が肩を叩く。

「最優秀じゃなくて残念だったけれど、

 来年の夏までに、もっとブラッシュアップできるわよ。

 私は卒業してしまうけれど、

 必ず杜の都総文祭は見に行くわ」

「遥香、良かったね!

 次は気象予報士試験だよ。

 前回みたいに受付期間逃さないように、

 一緒に手続きしようよ。

 今度は一年生も受験するから、私達がリードしなきゃね!」

 同級生の森山博美は心から嬉しそう。

 平成28年度第2回(通算第47回)試験は、

 1月29日(日)実施、もうすぐ受付が始まる。

 今回は逃げられない、何て充実した高校生活なのかしら。

 後輩一年生の5人は涙目でハイタッチを求めて来た。



 11月12日、土曜日。

 相賀晴貴は北バラキ市サッカー・ラグビー場を後にする。

 JR原磯駅まで歩く途中のラーメン店で遅い昼食を済ませた。

 駅で電車の時刻表を確認して、東口から海を目指した。


 道に迷いうろうろしていると、

 市立図書館の前で小木津亜弥とばったり出会った。

「ここで何しているの?」

「ああ、七浦六辺堂ってこっちでいいのか?」

「ハァ? バカじゃないの。

 七浦まで歩いて行くつもりなの。

 降りるなら隣の潟平駅よ」

「そうか失敗したな。

 ところでお前はこんなところで何をしている?」

「私の地元がこんなところで悪かったわね。

 図書館から出てきたのだから分かりそうなものじゃない」

「おまえが勉強なんて、らしくないね」

「失礼ね……。ついてきなさい」

 亜弥は原磯駅に向かう。

「案内してくれるのか」

「あまり近寄らないでよね、

 誰かに見られたら誤解されるから……」


 電車の中ではいつもの快活な亜弥ではなかった。

 ポツリポツリと断片的に話をした。

「俺はサッカー審判の割当でここに来た。

 津波から再建された七浦六辺堂を一度見てみたかった。

 県北芸術祭の会場にもなっていただろう」

「私は朗読ボランティアで時々図書館に行く。

 六辺堂は崖下の何もない小さなお堂よ、入館料も必要」

 七浦に向かうタクシーにも亜弥は同乗した。


 崖下の六辺堂に着いても亜弥はずっと海を見ていた。

「あの日、何をしていたの?」

 亜弥が晴貴に尋ねる、どの日かは言うまでもない。

「もちろん、小学校にいたよ、授業中だったから」

「遥香も?」

「ああ、クラスは違ったけれど」

「他の家族とは?」

「それが、たまたまその日は伊立北部シュトゥルムの試合があって、

 アパートの大人たちはみんな応援に出かけて留守だった。

 俺とハル姉ェが最年長だったから、

 弟や近所の子供たちをまとめて帰った。

 妹は幼稚園児だったから、

 大人たちと一緒に応援に行っていた」

「じゃあ大人は誰もいなかったの?」

「留守番のお婆さんが一人だけ。

 担任の先生が付き添ってきてくれたけど、

 アパートまででお役御免」

「酷いじゃない」


「そう言うなよ、非常事態だったじゃないか……。

 どの家も部屋はぐちゃぐちゃだったから、

 みんなで独身寮の食堂に集まって、

 寮の隣の体育館は天井が落ちて危険だった。

 低学年の子供たちは泣きっぱなしだったから、

 お婆さん一人だけでも心強かった。

 暗くなる前に寮の賄いのご夫婦が来てくれて、

 明るいうちに各家庭から必要なものを持ち出して、

 プロパンガスが使えたから、

 ご近所に炊き出しをして、

 子供たちも何かしら役割を担わせて……、

 遥香がドンと構えた総大将だった。

 一斗缶で焚火をしながら親たちの帰りを待った。

 遥香を中心にひと塊になって休んだ。

 あの日はどこも大渋滞で、

 戻ってきたのは日付が変わった頃だったかな……」


 亜弥は水平線をじっと見たまま。

「私も似たようなものよ。

 お母さんが小学校に迎えに来てくれて、

 その時は泣いちゃったけど……。

 覚えているのは次の日にね、

 郵便屋さんが避難所を巡って小包を届けてくれたこと。

 受け取った肥後県のデコポンを避難所のみんなで分けて、

 美味しかった。

 後で聞いたの、どうしてあんな時に荷物が届いたのかって。

 そしたらね、地震発生直前に郵便局に到着していた、

 ゆうパックだったんだって。

 ……JRも一カ月くらいで復旧したし、

 いざとなると日本人って凄いよね」

「潟平は津波にやられたところは、根こそぎだったんだよな」

 一つの自治体が丸々壊滅的な被害を受けた、

 東北と規模は比べ物にならないが、

 津波の傷跡は、

 ニュース映像で良く見る光景と何ら変わりなかった。


 亜弥は晴貴の問い掛けには応えなかった。

「私ね、声優になりたいんだ……」

 唐突に話題を変えた。

「声優? アイドルじゃなくて」

「フンッ!

 アイドルなんて簡単になれるじゃない。

 女の子は生まれながらにアイドルの卵なの。

 私はアイドルって宣言したら、

 その子はもうアイドルなのよ。

 言った者勝ち。

 声優っていうのはね、

 声のお仕事をしていないと名乗れないの。

 アナウンサーやナレーターとも違って、

 まずアニメのお仕事をしなければ話にならない。

 生存競争も過酷よ!」


「それで朗読ボランティア?」

「良いじゃない、卒業したら専門学校に行くわ、

 両親はまだ納得していないけど」

「じゃあ、多賀冬海と仲良くしているのも、

 将来あいつが……」

「うるさい……」

 言葉に勢いがなかった。

 晴貴は口を閉ざした。


「おじいちゃんはね、漁師なの……」

 また話題が変わったようだ。

「私の事をそれはもう可愛がってくれて。

 ずっと一緒に住んでいるから、

 漁で朝早いくせに毎晩、

 幼い私におとぎ話をきかせてくれたわ……」


 潮風が心地よかった。

「……ある時、カチカチ山のお話だったかな。

 ドロ船に乗る狸に『亜弥べぇダヌキ』って名付けて、

 私が大喜びするものだから、

 それ以来どんな話でも『亜弥べぇダヌキ』が大活躍。

 桃太郎でも一寸法師でも、

 シンデレラでも白雪姫でも、

 私はすぐに飽きちゃって、

 仕方なく笑っていたけれど……」


 無意識に亜弥が晴貴の左前腕に手を掛けた。

「でも、おじいちゃんのおとぎ話は大好きだった。

 器用に声色を変えながら、物語を膨らませながら、

 眠るのが勿体ないって思うくらい。

 幸せだったのね、きっと……」


 しばらく沈黙が続いたが、

 いきなりテンションを上げた。

「私がお嫁に行くのをね、

 すっごく楽しみにしていて!

 花嫁衣装はあれがいい、これがいいって、

 もうバカみたい……」


 晴貴の左前腕を握る両手に力がこもる。

「早く帰ってこないと、

 私はお嫁に行っちゃうよ!

 う、浦島太郎じゃないんだから、

 早く竜宮城から帰ってきてよ!」


 亜弥は晴貴にしがみついたまま、

 ポロポロと涙をこぼした。

「……おじいちゃん、あれから、帰ってこないんだ……。

 ……早く帰ってきてくれないかな、おじいちゃん……」


 晴貴は亜弥の話がすべてつながっていた事を理解した。

 大泣きする亜弥をどう扱えばいいのか分からない。

 左前腕を掴まれているので動きが取れない。

 左肩に押し付けられた亜弥の頭を、

 不器用に撫でるしか出来なかった。

 泣き止むまでの間、

 こうしているしかないなと腹をくくった。


 帰りもタクシーに同乗させられた。

 亜弥が母親と連絡を取っている。

 正直に、泣いたことを報告している。

 報告するようなことなのかな?

「どぶ汁を用意しておいて、

 友達を連れて行くから」

 友達って、俺の事?


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