006《リオのサッカー》
番外編03
「マリオどうしたの?」
野村寿里の下校を弟が待っていた。
バラキ師恩学園中等部二年生の寿里と、
王みか小学校五年生の万里雄。
半年前に南米ブラジルのリオデジャネイロから家族で帰国した。
万里雄は無言のまま、寿里と手を繋ぐ。
言いたい事があるのに、我慢しているな、
甘えたいのに、我慢しているな。
姉には弟の感情が即座に理解できた。
「ジュリ、のどが渇いちゃった。つき合ってよ」
万里雄の手を引いて、校内の自販機コーナーに向かう。
紙パックの梅ジュースを購入した。
ブラジルでは飲んだことのない味で、最近のお気に入りだ。
弟の分のお金も投入して、購入を促す。
万里雄はしばらく商品を眺めていたが、イチゴ牛乳を購入した。
二人でサッカー場を見下ろす斜面に腰を下ろす。
一口ずつ味見したが、梅ジュースは弟の口には合わないようだ。
イチゴ牛乳を大切そうに飲み干すと、
万里雄はポツリポツリと話し出した。
「みんな、ボクのこと仲間外れにするんだ……」
寿里は頷きながら黙って聞いた。
余計なことを言わず、急かすことなく。
弟の話を静かに受け止めた。
『私はここにいるよ、万里雄と一緒にいるよ』
今伝えるのはそれだけで充分だ。
サッカー場では練習試合の準備がされていた。
対戦相手と思われるチームはまだ数人、ボール回しをしている。
逸れたボールが姉弟の目前に転がってきた。
姉が促すが、弟は首を振る。
「しょうがないな」
寿里はトコトコトコと斜面を駆け下りると、
見事なインステップキックでボールを蹴り返した。
直接ボールを受け取った相手が、驚いて姉弟に声を掛ける。
「一緒にやろうぜ」
メンバーが揃うまでのミニゲームに寿里と万里雄が参加した。
タッチ数を限定したミニゲームだったが、
二人はフリータッチが許された。
姉は途中で交替、ニコニコしながら弟を見守る。
声を掛けてくれた選手は万里雄にボールを集め続ける。
何度もゴールを決め、その度にチーム全員とハイタッチ。
ブラジル人コーチとも会話が弾む。
ウォーミングアップがてらのミニゲームが終わる頃には、
チームの全員が集まったようだ。
伊立ゾンネンプリンツジュニアユース。
最後に寿里と万里雄は全員からハイタッチを求められた。
日本人のコーチがスポーツ飲料を姉弟に振る舞ってくれた。
寿里と万里雄は帰途につく。
「あのお兄ちゃんのお名前聞いた?」
「アイガハルキ、だって」
「愛が春き?」
万里雄は手をつないだまま駆けだす。
寿里もつられて小走りに。
弟はぴょんぴょん跳ねながら姉を引っ張る。
久し振りに見る上機嫌な姿だ。
しばらく行くと万里雄の同級生数人に呼び止められた。
万里雄の緊張が寿里にも伝わる。
「野村。おまえサッカー上手だな」
万里雄はどう答えたらいいのか分からず黙り込む。
「さっき、ゾンネンプリンツと一緒だっただろう」
万里雄は頷く。
「明日の休み時間、一緒にサッカーやろう!」
きっとだぞ。必ずこいよ。俺のチームだ。
ズルイぞ、ジャンケンで決めよう……。
小学生たちは手を振って去って行った。
思いがけない誘いだった。
「あのお兄ちゃんのお陰だね」
「うん!」
万里雄はとても嬉しそうだ。
「また会えるかな?」
「うん、きっと会えるわよ」
アイガハルキって、どんな漢字を書くのかな?
私の好きな日本語『あい』と『はる』が入った名前だ。
私ももう一度、会いたいな。